④ 貴重な才能の救出
ニコラ・テスラとひとしきり談笑した後、彼に暇を告げた二人はクルマに戻った。
運転席に座ったサン・ジェルマンが、いつになく思いつめた表情をしているので、京子は気になって声を掛けた。
「ねえ、貴方、顔色悪いわよ。大丈夫?」
「ああ、心配ないよ、京子さん。もう決めたことだから。実を言うと、これから起こす私のアクションは、初めての事って訳でもないからね。」
「何をするつもりなの?」
「何でもないさ。ちょっとした歴史改ざんだよ。いや、表面上は誰も気づかない。だから誰にも迷惑はかからないはずだ。」
「貴方、まさか…。」
「そのまさかだよ。」
そう言うと彼は、すぐにコントロールパネルに向かって、次の目的地の座標の入力を始めた。
1943年1月7日22時00分。北緯40度47分西経73度57分
シルバーのビートルは直ちに上昇し、時を越えてジャンプした。
出た場所はニューヨーク、マンハッタンの街中だった。
路肩にクルマを停めると、二人はすぐさま、目の前のニューヨーカー・ホテルに入る。
いつもは何が起きても余裕しゃくしゃくのサン・ジェルマンが、エレベーターのボタンを押すのももどかしく、気が気でない様子を見せている。それは、京子にとっても極めて珍しい姿だった。
とある部屋の前にたどり着くと、彼はドアを二回、少し間を開けて三回ノックする。
するとすぐに中から扉が少しだけ開けられ、先程より年老いたテスラが顔を出した。
「ああ、キミたちか。よく来たね。入りたまえ。」
「夜遅くに申し訳ない。どうしても今夜会っておきたかったので。」
サンジェルマンがそう言うと、テスラは何か予期していたようだった。
「フィラデルフィアでの実験のことかね?」
「失敗でしたね?」
「私はまだ、実行には早すぎると言ったんだが、海軍が功を焦っていてね。」
「物体をレーダーに映らなくする技術の延長としての、実際のステルス化と瞬間移動の技術。結果は大惨事になりましたね?」
「その通りだとも。せめてあと半年待ってくれれば、もう少し安全性を高められたものを…。」
「その後、軍部ともめていますね?」
「うん、計画実行グループから追い出されたよ。」
「彼らは今夜、金の卵を産むニワトリを殺して、卵を奪うつもりです。」
「…ほう。」
「歴史上、そういうことになっているのです。」
「そうなのか。」
「今から私と一緒に来てください。」
「しかしキミは、私の見ている幻なのだろう?それに、確か歴史の改ざんは、犯罪ではなかったのかな?」
さすがは❝タイム・トラベル❞の父コラ・テスラ。痛いところを突いてくる。
「例え時間監察局に睨まれようとも、高次元人からマークされようとも、目の前で、みすみす人類史上最高の才能を持つ頭脳が奪われるのを、放ってはおけません。」
「それはありがたいが…私を買いかぶりすぎだよ。それに私ももう86歳。歳をとり過ぎたよ。」
「お言葉ですが、歳は関係ありません。お気になさっているのなら、私には若返りの技術もあります。どうか、一緒に来てください。私は貴方と共に、研究や仕事をしてみたいのです。」
京子は、こんなになりふり構わず必死なサン・ジェルマンを、初めて見た。
サン・ジェルマンの熱烈な説得が功を奏したのか、それとも天才特有の気まぐれか。ついにニコラ・テスラは重い腰を上げた。
「よかろう。そこまでキミが言うのなら、ついて行ってやろう。地獄でもどこでもいいから、ここではないどこかへ連れて行ってくれたまえ。」




