エピローグ
『エピローグ』
時が流れた。
田中美咲は遺伝カウンセラーとして、今日も完璧な遺伝子設計を提案している。佐藤恵のような「時代錯誤な人」は二度と現れず、すべてのクライアントが科学的で合理的な選択をしている。
山田健一は存在給付センターで、制度に適応した市民たちを見守っている。鈴木翔太は薬物療法により完全に治癒し、今では模範的な受給者として静かに暮らしている。働きたいなどという異常な欲求は、もう二度と口にしない。
佐々木綾は死体験ツアーのカリスマガイドとして、多くの人に「正しい死」を提供し続けている。鈴木一郎のような危険思想の持ち主は逮捕され、社会の安全が保たれている。自然死などという野蛮な考えは、完全に過去のものとなった。
高橋直美はニューエデンで、感情を完全に除去した子どもたちの研究を続けている。娘の美咲は立派な研究者に成長し、もう恐怖心に悩まされることはない。人類は理想的な進化を遂げたのだ。
中村賢治は治療により正常化され、社会に貢献する模範的な市民となった。無意味な創作活動への執着は完全に消失し、効率的で合理的な毎日を送っている。『楽園』という謎めいた原稿の記憶も、もうない。
5つの世界は、それぞれ完璧に機能している。
遺伝子選択社会では、すべての子どもが科学的に設計され、最適な人生を歩んでいる。
存在給付社会では、すべての市民が労働から解放され、平穏に暮らしている。
死の民営化社会では、すべての死が美しく管理され、苦痛や恐怖は存在しない。
感情除去社会では、すべての住民が純粋な理性だけで行動し、争いも悩みもない。
完全知識社会では、すべての謎が解明され、無意味な疑問を抱く者もいない。
それぞれの世界で、制度は完璧に機能し、異端者は治療され、秩序は永続的に保たれている。住民たちは皆、自分たちの社会こそが理想的だと信じて疑わない。
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あなたは今、この5つの物語を読み終えた。
田中美咲の「科学的判断」を支持するだろうか。
山田健一の「治療的指導」に共感するだろうか。
佐々木綾の「合理的選択」を理解するだろうか。
高橋直美の「進歩的研究」を称賛するだろうか。
中村賢治の「正常化」を喜ぶだろうか。
それとも─
佐藤恵の「自然への憧れ」に心を動かされただろうか。
鈴木翔太の「労働への願い」に共感しただろうか。
鈴木一郎の「人間らしい死への憧れ」に価値を見出しただろうか。
美咲の「恐怖という感情」に美しさを感じただろうか。
賢治の「無意味な創作」に意味を見つけただろうか。
答えは、あなたの中にある。
この物語が現実なのか幻想なのか、正しいのか間違っているのか─それを判断するのは、読者であるあなただ。
完璧に見える世界の中で、何かが失われていることに気づくのも、あなた。
効率的で合理的なシステムに疑問を抱くのも、あなた。
「別の世界線」の可能性を信じるのも、あなた。
物語は終わった。しかし、問いは続く。
あなたは今、
世界は今、
どちらの世界線を選ぼうとしているのだろうか