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第2話 婚約破棄からの流れるような処刑

「中庭へ連れていけ! 処刑だ、すぐに処刑するんだッ!」


 第一王子アレクシスが、さけぶ。

 王子の私兵隊は、8人。

 全員男性だが、コマンゾネスから見れば公園に落ちてるよさげな木の棒ぐらいの肉体しかもっておらず、拳圧のみで壁まで吹きとばせそうである。

 「連れていけ」と命令されたはいいものの、この体格差では実際に拘束して強制連行しようという胆力をもった者はいないらしく、コマンゾネスは彼らと一定の距離をたもったまましずしずと学園の中庭まで移動していった。


 王子や私兵隊、パーティーに参加していた生徒――ほぼ全員が貴族である――たちが群衆としてざわめきながらついてくる。

 コマンゾネスとしては、王子個人への思い入れが強いわけでもなかったので婚約破棄はまあいいとして、せめてここは国外追放ぐらいにしてもらってあとはどうにか生きのびようと抗弁(こうべん)をこころみる。


「婚約破棄については、承りました。しかし処刑だなどと、身におぼえのない罪で裁かれるいわれはございません。わたくしにどのような嫌疑(けんぎ)がかかっているのでしょうか」


「身におぼえがないだと!? ベネクトリックスが聖女として認定されたことを妬んでさまざまなイヤがらせをしたあげく、殺そうとまでしただろう!」


 第一王子がそう手を広げた先には、小枝のようなかぼそい少女――ベネクトリックスがいる。

 コマンゾネスが指でつまんだら折れてしまいそうな肉体である。

 いつもなら不安げに王子のかげに隠れているのだが、きょうはどうしたことか無表情でこちらを睥睨(へいげい)しており、感情が読みとれない。


「貴族の礼儀をご存じなかったようなので、教えてさしあげただけですけれど……殺そうとしたのも言いがかりでございます」


 コマンゾネスはキッパリと反論したあと、

(前半はともかく、後半については、やや身におぼえがある……!)

 と冷や汗が背なかをツツツと伝うのを感じていた。


 それというのも、ダンスの授業のときに誤ってぶつかってしまい、コマンゾネスの背筋(はいきん)尋常(じんじょう)ならぬ弾力に吹き飛んだベネクトリックスがギャグマンガよろしく壁に人型(ひとがた)の穴をあける、というイベントがあったためだ。

 ゲームでの本来の展開としては、コマンゾネスが仕置きとしてビンタしたことでそうなるのだが、徹底的にベネクトリックスとの接触を避けていたため、その「シナリオの強制力」によって別の経過で同じ結果をもたらすこととなったようである。


 ぶつかったあともギャグマンガのごとく「どんなパワーじゃーい!」とか泣き笑いしながら出てきてくれたらよかったのだが、そのあとベネクトリックスは実際に重傷を負い、その生と死のはざまで「こんなアホな死にかたはイヤだ」という強い一念によって聖女としての癒やしの力に本格的に目ざめるのである。

 つまり必須イベントであった、ということだろう。


 平民生まれであるベネクトリックスは、貴族の礼儀を知らず不用意に婚約者のいる第一王子はじめさまざまな男子にベタベタとふれていたので注意したのだが、たしかに注意した事実自体はあるし、「殺そうとした」の部分も「大ケガをさせた」については事実であるせいで、否定してはみるものの説得力がさほどないことは自分でも理解できていた。


「それだけじゃないぞ!」


 第一王子がふたたび絶叫する。


「キミには国家を転覆させようと反乱軍の暴動を指揮した内乱罪、敵国にわが国の情報を流して武力行使を実行させた外患誘致罪、国の重要施設を中の研究員ごと爆破した激発物破裂罪、地方都市の水道へ毒物を混ぜた水道毒物等混入致死罪、あらゆる重罪の容疑があるッ! 観念するんだ」


 きいてコマンゾネスはポカンと口をあけた。


「ちょっ、ちょっとお待ちください。反乱軍の暴動も、周辺国が攻めてきたことも、爆破も毒物もわたくしは近年起きたことさえ聞いたことがございません。まずは本当に事件が起きたかどうか調べさせて……」


「うるさい、うるさいッ! オマエは、死刑になるんだ。死刑になるべきなんだ!」


 明らかに惑乱(わくらん)した様子で、第一王子がさけぶ。


「アレクシスお兄さまッ!」


 そんななか、群衆をかき分けてひとりの少年が顔を出した。

 第三王子のマクシミリアンである。


「コマンゾネスさまが、コマンゾネスさまがそんなことをなさるはずがありませんッ! あの山のように隆々(りゅうりゅう)たる筋肉をご覧ください。あそこまでおのれの筋肉といちずに向き合うことのできる方が、他者を害そうなどと思うはずがありませんッ! どうか目をさましてください、お兄さまッ」

「マクシミリアンさま……」


 「筋肉と向き合える」から「他者を害さない」はいささか論理が飛躍しているように感じつつも、コマンゾネスはその少年をあたたかな目つきで見やった。

 コマンゾネスの、狩猟民族もかくやというほど発達した視力によってとらえた少年は、極度の緊張によってひどくふるえていた。

 7歳も年下で、第二次性徴もはじまっていないあどけない顔立ちの第三王子は、気も弱く、いつも厚い本を抱きながらコマンゾネスのそばにそっとたたずんでいるような男の子である。

 将来的には義弟となる立場もあったし、それ以上にコマンゾネスは、この心やさしく、きよらかな精神をもつ少年を、家族のひとりのようにかわいがっていた。

 ただ――


「とくに、あの、素人目にもわかりやすいのはやはり上腕二頭筋でしょうか。筋肉が筋繊維のかたまりであるがひと目で理解できるコブの凹凸、人間が創出(そうしゅつ)しうるあらゆる芸術をもってしてもただひとりの肉体美にはかなわないことが証明されてしまっています。また、少々マニアックですし、本日のコマンゾネスさまのすてきなお衣装では隠れてしまって見えませんが、ヒラメ筋――いわゆるふくらはぎの筋肉のひとつですね、それも個人的にはおすすめです。幾本(いくほん)もの筋肉が複雑に隆起するさまはまるで見ているだけでウットリして時間がいくらあっても足りないほど……」


 度はずれの筋肉マニアであり、すきを見せるとこのように延々筋肉話をはじめてしまう悪癖がマクシミリアンにはあった。

 いつも両手でかかえている厚い本も、実は筋肉の情報を網羅した図鑑であり、それを見ながらコマンゾネスの筋トレをながめることが彼にとっては至福のひとときなのであった。


「マ、マクシミリアンさま、いまはその話は……」

「いえッ、いまだからこそです! アレクシスお兄さまも、コマンゾネスさまの筋肉のすばらしさがわかってくださればきっと――」

「うるさい、うるさいッ!」


 コマンゾネスとマクシミリアンのやりとりを切り裂くように、第一王子アレクシスが咆哮(ほうこう)した。


「なにが筋肉だッ! ぼくは、その女が異様なまでに筋肉を鍛えつづけることが、ほんとうは、ずっとこわかったんだ。女だぞ? たとえば必要最低限、スタイルを維持するために鍛えるぐらいならわかる。だがこの女は、会うたびにデカくなっていくじゃないかッ! 『な、なんだか大きくなったね』とぼくが皮肉を言ったら、『おわかりになりますか? ここのところの鍛錬で背なかを全体的にビルドアップすることに成功しまして』などと流暢(りゅうちょう)に返されたときのぼくの気もちがわかるか!? ぼくは、もっと、女の子らしい人と結婚したいんだ。ベネクトリックスのような女の子らしい女の子とッ!」


 焦点が合っておらず、つばを飛ばしてがなり立てるさまは、第一王子がなにかよからぬもの(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)に支配でもされているような――まるで禁忌(きんき)の魔法に操られでもしているような、そんな想像を見るものに起こさせた。

 しかしその一方で――これは、第一王子が隠してきた本音でもあるのかもしれないと、コマンゾネスは悲しみとともに感じていた。


 おのれを、律しつづけてきた。

 礼儀作法も、魔法学も、歴史も、政治も、労を惜しまず学びつづけた。

 すべてを自らの血肉(けつにく)とすべく、何度だって復習して(そら)んじられるほどに机へかじりついてきた。


 おのれの能力を、魔法を、武芸を、みがきつづけてきた。

 ときには血を吐くような苦難にも()ったけれど、一国の王妃としてふさわしくあるべく、民のため、家臣のため、周囲のたいせつな人たちのためにと、決して膝を折ることはしなかった。

 くちびるから血をにじませながら、何度だって立ちあがってきた。


 しかし、そうした錬磨(れんま)とともに、いやそれ以上の熱情でもって、おのれの筋肉を育成しつづけてきたこともまた、いつわらざる事実であった……

 それはあるいは、病弱であった前世の自分――少しの運動でさえ肺をひき絞られるような呼吸困難におちいり、夕焼けにそまる校庭でかけまわる同年代の子らをただまぶしそうに、うらやむようにながめることしかできなかったあの日の自分の無念が、過剰な反動として表出(ひょうしゅつ)してしまったがための筋トレであったのかもしれない。


 日ごと大きくなっていくたくましボディに、もういいではないかと言い聞かせた夜も、一度や二度ではなかった。

 でも――やめることはできなかった。

 男も女も関係ない、「これが自分なんだ」と、しんどさからもう絶対にやめてやると思うようなハードなトレーニングのときも、筋肉痛でベッドから起きあがることさえ困難になったときも、少しののちにはまた太く発達してくれる筋肉たちが、はげましつづけてくれたから……


(わたくしは、ただ、わたくしとともにある筋肉(このこ)たちを最期まで愛する……)


 覚悟を決めながら、コマンゾネスは伏していた目をあげた。


「……せめて、わたくしの家族だけは、ご寛恕(かんじょ)くださいますよう、(せつ)にお願い申しあげます」


「ゆるすワケあるかァ! おまえの母親も、領を継いだばかりの兄も、一族郎党(いちぞくろうとう)のこさずみなごろしだァ!」


 シナリオの強制力、とでも呼ぶべきものが、あった。

 自分がどんなに努力をしても避け得なかった、いわば、運命のみちびき――

 ゲームのなかのコマンゾネスも、やはりいまの状況と同様に、エンディングにて第一王子の私兵隊の魔法銃によって八方から銃殺刑に処されてしまう――


 そのことを理解したコマンゾネスは、ひとり目を閉じた。

 その周囲には清冽(せいれつ)な空気がただよい、凛としていて、一切のよどみがない。

 そのまぶたの裏には、きびしくもやさしい母の、こんな自分を愛してくれる兄妹たちの、メイドのアンヌをはじめとした頼れる家臣の、たいせつな人たちの映像が浮かんでいる。


 ピクンと、コマンゾネスのじまんの大胸筋がはねる。

 そうねと、コマンゾネスは口のなかでそっと応える。


「撃て、撃て、殺せェェ!!」


 もはや完全に常軌(じょうき)(いっ)したようすの第一王子がさけび、亡霊のごとく半びらきの口となっている私兵隊が銃をかまえてとりかこみ、一斉に発砲した。


「コマンゾネスさまッ!」


 (いさ)めるべきか、今後のために逆らわずにおくべきか、向背(こうはい)にまどう群衆に押しやられながら、第三王子のマクシミリアンが悲痛に彼女を呼んだ。

 女性陣からあがる高い悲鳴が、その呼び声をかきみだす。


 すべてを受け入れたコマンゾネスは、深く、深く脱力し、一瞬間ごとに魔獣のごとく自分へとおそいくる銃弾に、ただひとことこうつぶやいた。


「筋肉を――解放する」


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