7.毒島巌72歳⑦
「さぁ、それでは釈明時間の終わりです! 投票結果を見てみましょう!」
アナウンサーは顔を紅潮させてこう叫んだ。人の生死が分かれる瞬間である。いつもは淡々とした国営放送のアナウンサーと言えども、興奮は隠せない。
「賛成八十七パーセント、否、十三パーセント! 死刑です!」
毒島巌は天を仰いだ。しかし、そこに恐怖の表情は見て取れなかった。
そして、結果が発表された次の瞬間、国から送られて来ていた死刑執行人三名がライフル銃を構えて毒島の前に立ちはだかった。一般人に特定されないように、フルフェイスのヘルメットといかつい制服で身を覆われている。
即日即時死刑というのは、本当だったようだ。「老害には余計な税金は使えない」という大豆生田の考えで、拘束したり留置したりはされない方針だからだ。
「十九時四十七分、死刑、執行!」
死刑執行人が構えていた銃のストッパーを外す。そして、その瞬間が、画面に映し出された。一斉に撃ち放たれた銃弾に血飛沫を上げて倒れ込む毒島の姿が。いっそ安堵したかの様な表情を浮かべて死んでいく一人の老人の姿が。
目を背ける者もあったろう。子供の目を塞いだ者もいるだろう。その瞬間を凝視した者もいるだろう。
毒島は全身から血飛沫を上げて倒れ込んだ。即死だった。血まみれのその姿は、テレビの全国放送とインターネットで映像が流れている。
視聴者は何を感じ取ったのだろうか。老害が一人いなくなって清々としたのであろうか。もしくは、この法律に対して憤慨したのであろうか。
北山アナウンサーは興奮のあまり鼻血を流していた。
「あ、あ、あ……」
声にならない声を上げている。
「あ、あ……こ、これで本日の放送を終わります。皆様、また次回の老害審判でお会いしましょう……」
そして番組は青春ドラマに切り替わった。こうして、初めての老害審判は幕を閉じたのだった。
「あずさ先輩……毒島さん、死んじゃいました……」
「頑固でぶっきらぼうだけど、そこまで悪い人じゃなかったんだけどね……」
「やりきれないっす。今日は吞んで帰りましょう。素面じゃいられないっす」
「そうね……付き合うわ……」
「いつものママのスナックで……先輩の歌聞かせてもらえますか?」
「むうりんの『自由に空を飛びたくて』ね。私の一番好きな歌だわ」
「今なんだかそんな心境っす」
「分かるわ……」
「毒島さんにも、あずさ先輩の歌声聞かせたかったっす」
「私も、毒島さんが生きていたらあの汚い部屋で祝杯をあげてもいいって思ってた」
「そうですよね……やりきれないっすよ……」
佐伯と相川は肩を落として共に市役所を出た。
プロフィールムービー作りを通じて、毒島巌という老人と正面から向き合った。そして、その暴挙の裏にある孤独と悲しみを知った。
毒島という男の本質を知った二人だからこそ、やりきれないものがあったのだ。
ふたりの目には、共に涙が浮かんでいた。たった今、自分達が深く関わった人間が死んだのである。そこには深い失望と、この老人にもっとしてあげられる事は無かったのかという後悔の念があった。