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60.密談

 男は、自宅に女を招いて密談をしていた。


励介(れいすけ)、私は行方眞さんを救えなかったわ」

「あの場合は仕方がなかった。投票結果をいじれば関わる全ての人間に箝口令を敷かねばならない。テレビ放送という特性上、それは無理だったろう。それに、君は根が真面目な人間だ。民意を操作する事を信念が許さなかった。そうだろう? だから、そう自分を責めるな、秀子(しゅうこ)……」


 親しそうにお互いを名前で呼び合う男女。傍から見たらカップルのそれにしか見えないかもしれないが、彼らの繋がりは恋愛よりも濃いものだった。


 男は佐宗励介、女は永田秀子だ。


 佐宗と永田は同期の当選組だった。初当選以来、苦楽を共にし、時には杯を交わして交流を深めており、その仲には深い繋がりがあった。表向きにはライバル議員とされていて、表立って交流する事は無かったが、内密にお互いの家を行き来する仲でもあった。それは、大豆生田も知る事の無い事実だった。


「でもね、私は悔しいのよ。老害対策法の犠牲者は増えるばかりだわ。そしてそれを仕切っているのが私が大臣をしている法務省だなんて」

「君は、何故その職を辞さない?」

「バカな事を聞かないで。全ては()()()に復讐する機会を伺っているからよ」

「そうだったな。愚問だった。すまない」

「ところで励介……改まって頼みって何なのかしら?」

「秀子、私は今度の総裁選に出ようと思う。俺の後押しと、各派閥への根回しをお願いできないか?」

「私は表では大豆生田派の議員よ。それを分かって言っているの?」

「ああ、百も承知だ。それに、他の大豆生田派の議員にも根回しをして欲しい」

「バレたら、あなた大豆生田に消されるわよ」

「俺は命を懸けて総裁選に取り組んでいる。巨悪を止めるためならば、己の命など惜しいものか」

「言ったわね」


 永田は赤ワインのグラスを手の中で揺らし、そして口に含んだ。


「私はこの時をずっと待っていたわ。大豆生田を陥れる日を。まだ新人議員だったあの頃……初めて大豆生田に犯された日から、ずっと大豆生田に復讐をする機会を狙っていた。表向きには大豆生田派の議員として。あの時からずっと大豆生田に弄ばれながら、ずっと奴を殺したいと思い、自分をも殺したいと思いながらこの時を待っていたわ。」

「あの時は……俺は君を守れなかった。その事実を知った時、奴を殺そうかと僕こそ思ったものだ。でも出来なかった……本当にすまない……」

「いいのよ。あの時はあなた、帆波さんと婚約中だったもの。高校時代の同級生である帆波さんとのね。あなたは偶然再会した帆波さんと真実の愛を育んだ。私はあなたの妻にはなれなかったけど、良いビジネスパートナーとして共に歩めるのならば本望だわ。それにね、私は身体を奪われたくらいじゃ心まで屈しない鋼の女なのよ」

「すまない……。本当にすまない、秀子」

「……帆波さん、さっき挨拶したけど元気そうね」

「ああ、元気にやっている。彼女は政治の事は何も知らない。純真無垢でいつも天真爛漫な俺のオアシスだ」

「惚気をありがとう。何よりだわ。ところで聞かせてくれる? あなたが私に頭を下げてまで総裁選で勝ちたい理由って?」


 佐宗は陸翔にまつわる全ての事を永田に話した。永田は頷きながら終始聞いていた。


「なるほどね。隣のおじいさんだったのね、中川宏さんは。それで? あなた負けたらどうするつもりなの?」

「俺は負けない。必ず勝つ。そのためにもこうして秀子に頭を下げている」

「ふっ。昔、帆波さんとの婚約前に私をフッた時もそうやって頭を下げたっけ。『君の事は、良い仲間だと思っている。女としては見られない』ってね。若かったわね、あなたも、私も。恋としてしか自分の想いを表現出来なかったのよ、あの頃は。でも今は違う。この国を変えるためのパートナーとして手を取り合える……」


 そうして、佐宗と永田は少しの間お互いを見つめ合った。


「ふふっ。あの頃の私に見せてあげたいわ、今の私達を……。ねぇ、今回の件でお礼をしてくれるなら、ひとつ頼んでもいいかしら?」

「何だ? 何でも言ってくれ」

「それなら、私が上手く立ち回ったら、ご褒美に一度抱いてくれない?」

「……っ!? そ、それは……それは出来ない、秀子……」

「ふふっ。バカね。冗談よ」


 二人の間に少し笑い声が上がった。


「ところで秀子。最近俺に接触してきた記者がいるんだが、そいつは大豆生田に関するスクープを狙っているらしい。もしも……もしも秀子にその気があるのなら、彼を紹介しようか?」

「あら、いいわね。議員の買収に加えて女性議員に対する性加害のダブルスキャンダルになったら、さすがの大豆生田も社会的に抹殺されるわね」

「分かった。ならば、これが彼の連絡先だ」


 そう言って永田にメモを渡すと、永田はニヤリと妖艶な笑みを見せた。


 そして、永田はスッと立ち上がり、後ろを向くと、ウールのコートを羽織って佐宗を振り返った。


「あなたを全力で応援するわ。大豆生田にバレないように、上手く立ち回って見せる。あなたは民慧党の次期総裁よ」


 ドアを開けて出て行こうとすると、帆波がお盆に軽食を載せて入って来る所だった。


「あら、永田さん、もうお帰りですか?」

「えぇ、用事は済んだから……」

「もっとゆっくりなさって行けば良いのに。今日は永田さんとお夕食も一緒できるかと思って、奮発してすき焼きにしたのよ?」

「あら、すき焼き、いいわね。前にも頂いたけど、帆波さんのすき焼きの割り下って最高なのよね」

「覚えていて下さったの? 嬉しい! 私、ちょっと思う所があって……」

「あら、何かしら?」

「最近、永田さんと励介さんの間に壁があるなって」

「壁?」

「だって昔はもっと沢山遊びに来てくれたじゃない?」

「そうだったかしら……」

「そうよ。三人で鍋を囲んで、励介さんと永田さんは熱心に政治について議論したりして。うふふ。懐かしいわね」

「そうね。懐かしいわ……」

「今じゃ永田さんも励介さんも大臣になっちゃって。すっかり私とは世界の違う人だわ」

「何を言ってるのよ()()()()()が」

「おいおい。そろそろいいかい? 女性諸君」


 佐宗がバツを悪そうにして話に割り込む。


「俺もいるんだがな? 女性陣のおしゃべりには邪魔だったかな?」

「うふふ。嫉妬してるの? 励介さんたら」

「今、奥様とすき焼きの話をしていたのよ」

「今日はすき焼きか? 秀子、お前も食べて行けよ」

「励介って、クールに見えて食欲優先なのよね……」

「そうなの! 励介さんたらとっても食いしん坊でね」

「じゃぁ私もご馳走になろうかしら?」

「やったぁ! じゃぁ決まりだわ! とっておきの日本酒空けちゃいましょうね」

「今日は俺の総裁選出陣の決起祝いだな!」


 そうして、三人は昔を懐かしみながら楽しい夜を過ごした。

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