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52.守りたい、小さな幸せ

 佐宗は自宅のリビングでくつろいでいた。夕方に軽く酒を飲み、そして、うたた寝をしている間に夢を見ていた。そこには、若い頃の佐宗と、恋人である帆波がいた。


「励介さーん。見て、このお花。とってもキレイなピンクのお花があるわよ」

「おっ。何だろうこの花は?」

「えっとねぇ……あ、ブーゲンビリアって書いてあるわ」

「ブーゲンビリアかぁ。素敵な名前だなぁ」

「ほら、ここに花言葉も書いてある。『あなたは魅力に満ちている』ですって」

「へー。この花、帆波にぴったりだな」

「やだもう。からかわないでよ励介さん」


 いや、君はどの花よりも魅力に満ちているよ、とは佐宗は口には出来なかった。


「こっちにも黄色の素敵な花が咲いているわ」

「これは何だろう?」

「ミモザって書いてあるわ。花言葉は『秘密の恋』ですって」

「まさに僕たちにぴったりの花じゃないか」

「うふふ、私たち、いつまでこそこそと会っていればいいのかしらね?」

「こそこそしているつもりはないけどな。来月には婚約披露パーティーだ。そうすれば世間にも認められていつでもどこへでも堂々と行けるさ」

「あなたの秘書に見守られながらのデートって、どこか窮屈だものね?」

「すまないな、帆波。あと少しでこんな窮屈な日は終わるから」

「えぇ、今更焦らないわ。だって、学生の時からずっとあなたの事が好きだったんだもの。ばったり街で再会して、そこからお付き合いが始まった時は天にも昇る気持ちだったわ」

「それは僕も同じだよ」


 佐宗と帆波は九州の同じ中学、高校の出身だった。大学入学を機に佐宗が上京してからは疎遠になっていたが、交際を始める半年前に東京の街でたまたま偶然に再会し、そこから距離が縮まっていき仲が深まって行ったのだった。


「議員の妻になると、色々と面倒な事もあると思うが……」

「あら、そんな事気にしないわ。大好きな励介さんの役に立てるんだもの。どんな事だってどんと来いよ?」

「ははは。頼もしいな。でもあんまり無理してくれるなよ。帆波はそこまで身体が丈夫じゃないんだから」

「えぇ。分かっているわ。出来る範囲で、私のペースでやらせてもらうわ」


 佐宗はつい先日自分がフッた女性の事を思い返していた。


『あなたが好き。これから同じ政治家として二人三脚で歩んでいきたいの』


 だが、佐宗には帆波という心に決めた相手がいた。それに、告白して来た相手の事を同志だとは思うが女としては見られなかった。だから、無碍にするしかなかったのだ。


「帆波……俺たち、幸せになろうな」

「え? 何ですって?」

「あ、うん……。そろそろ桜も咲く時期かなって」

「そうねぇ。桜が満開の木の下でお茶でも出来たら良いわね」

「今年はギリギリ無理でも、来年なら出来るさ」

「そうね。来年も、再来年も、その次の年も……幸せね、励介さん」

「あぁ、幸せだな」


***


 ここで佐宗は目を覚ました。


「懐かしい夢を見たものだな」


 佐宗は今しがた見ていた懐かしくも愛おしい記憶に想いを馳せていた。


「あら? あなた起きたの?」


 帆波が優しく佐宗に声を掛ける。


「あぁ、少しうたた寝してしまっていたみたいだな」

「あなたお疲れだもの。毎日忙しく動き回って……」

「心配かけるな、帆波……」

「いえ、いいのよ。ただ、あなたにはいつも正々堂々と胸を張って生きていて欲しいだけ」

「あぁ、今までもそうだし、これからもそうするつもりだよ」

「うふふ。それでこそ私が惚れた旦那様よ」


 佐宗はリクライニングチェアに座ったまま帆波の腰を抱き寄せた。


「くすぐったいわ、励介さん」

「少しだけ……こうさせて欲しい……」


 佐宗にとって帆波という存在は癒しそのものだった。常に足の引っ張り合いや騙し合い、相手を蹴落とす事しか考えていない政治の世界においては、ふと息をつく事もままならなかった。


 しかし、家庭は違う。帆波との家庭は平穏そのもので。佐宗が守りたいのは国民の安全安心だが、何よりも自分たちのこの暮らしを脅かされる事に怯えていた。


「今日の晩飯は何かな、帆波さん?」

「ジャジャーン。本日の夕ご飯はあなたの大好きなホワイトシチューとコーンサラダです!」

「おっ。やったね」


 この小さな幸せをいつまでも守りたい。そう佐宗は常日頃から思っていた。愛する相手と穏やかに食卓を囲んで何気ない会話をする幸せを。誰にも壊して欲しくはない、この当たり前の日常を。


(俺は、何があっても帆波と、そして家族や友人を、さらには国民をも守ってみせる……! そして陸翔との約束を守る。陸翔、おじいさんの仇はおじさんが取ってやるからな……!)


 そう、佐宗は堅く心に誓ったのだった。

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