39.病室にて②
「内田ちゃーーーーん。襲撃されたってマジだったんだねぇ!?」
明るく軽いノリで内田のお見舞いに来ているこの男は、関東テレビの深夜番組で人気のコメンテーターである五居剣伴だ。
「伴さーん。茶化さないで下さいよー。俺のこの有様見て分かりません? 重傷も重傷。入院一カ月の重傷ですよ」
内田と五居剣は、内田が新人の駆け出し記者だった頃からの付き合いだった。その頃から五居剣はテレビでの歯に衣着せないコメントが人気で、ワイドショーやバラエティーに引っ張りだこの売れっ子社会学者だった。
「で、どこの誰にやられたのよ?」
「やったのは五人組のチンピラでしてね。全員サングラスをしていたもんだから顔が分からない。防犯カメラも死角でね。逃走する時には着替えをしていたんじゃないかなーって」
「えー、それってチンピラに絡まれたって事?」
「違うと思うんですよ。多分、背後に大きな力が動いているんですよ」
「今狙ってるスクープの主って事?」
「そうですね」
五居剣は意地悪く笑って見せた。
「で、誰を狙ってるのよ」
内田は困惑気味に答えた。
「それ、聞いちゃいます?」
「聞くに決まってるでしょー。私と内田ちゃんの仲じゃなーい」
五居剣という人間は、喋り方がややオネエの人間だった。特に、気心知れた人間を前にすると、それがより一層強調される人間だった。
「……大豆生田賢治ですよ……」
「あら、内閣総理大臣じゃなーい」
「あなたが散々テレビで批判している大豆生田総理大臣、ね」
「やっぱり私たちって気が合うのねー。お互いの敵は大豆生田じゃなーい」
五居剣は内田の折れていない方の右手を手に取ると、ブンブンと振り回して喜んだ。
「痛いっ! 痛いっ! 傷に響く! やめてくれ伴さん!」
内田は涙目だ。
「あら、ごめんなさーい。それにしてもね、襲撃して来るだなんて大豆生田は黒だって確実よね?」
「ああ、そうだな。大豆生田の何を狙ってるかまでは話せないが……黒、だろうな」
「大体想像付くけどねー。言葉にしない方がお互いのためよね。お互い危ない橋を渡ってるわね」
「ああ、あなたも気を付けた方が良い、伴さん」
「心配ご無用よ~。私はけっこう強いのよ~」
***
五居剣が帰った直後、内田は何故か胸騒ぎがした。胸がぞわぞわとして、落ち着かないのだ。
「どうしたんだろう……何か良くない事が起きるって言うのか? 誰に? 佐伯さんに? それとも伴さんに……?」
***
五居剣伴は、帰り道である銀杏並木をまっ直ぐに歩いていた。歩道は広く、街路樹として沢山の銀杏が植えられている。紅葉はしていないが、青々とした葉が美しかった。
「良い所に建ってるわよねぇ。あの病院」
平日は仕事の車でごった返していたが、休日は車通りが少ないのがこの通りの特徴だった。
二、三台の車が行き交った後、黒のセダンが背後から近付いて来た。全体的にスモークが貼られていて、いかにも胡散臭い雰囲気の車だった。
「やぁねぇ、その筋の人の車かしら」
銀杏並木に見入って立ち止まっていた五居剣の瞳にも、その車は認識されていた。
「やたらのろのろ運転だけど、どうしたのかしら?」
その時だった。車が急加速して、五居剣の方を目がけて来た。
「──っっっ!?」
五居剣はその場から逃れようと踵を返したが、それよりも急加速していた車の速度の方が早かった。
────ドンッ!
五居剣は逃げる余裕も無くその車に撥ねられた。五居剣を轢いたその車は、急加速でバックすると、どこか遠くの方向へと走り去っていった。
「……う……ちだ……ちゃん……き……を……つけ……」
そこまで言葉を発すると、五居剣は絶命した。
五居剣の死はマスコミを大いに賑わせた。普段老害対策法を扱わない局でも、番組でも、五居剣の死を悼み彼の功績を称えた。
しかし、一方でネットではこんな声も上がっていた。
【老害対策法を批判し過ぎて政府に消されたんじゃない?】
【敵しかいないような人だったから誰かしらに殺されたんだろうな】
これら声はあながち間違ってはいなかった。何故なら、この事故を仕組んだのもまた、大豆生田賢治その人だったからだった。
大豆生田にとって、テレビという一大メディアを使って自分を批判する五居剣の存在は面白くなかった。また、番組が回を増すごとに視聴率もうなぎ上りになっているのも面白くなかった。
五居剣のコメントは、的を射たものが多かった。痛い所を突かれてばかりの大豆生田は、五居剣を生かしておく事は得策ではないと思ったのだ。
そして、今回も川田に命じて裏社会の人間とアポを取り、五居剣襲撃を行った。前回襲撃させた内田は生き残っているという噂が川田の耳にも入っていた。そのミスを逆手に、今回は安く裏社会の人間を使った。裏社会の人間側としても、リスクを冒す以上安く使われるのは心外なので、今回は車で轢殺というより確実な方法を取ったのだ。もちろん車は盗難車で、そこから足が付くような真似はしなかった。
生き残った内田を再度襲撃させる事も川田は考えたが、一度襲撃を受けた後ならば内田サイドも警戒を強めるだろうし、こちらの足が付くような事態に陥ってはまずいと深追いはしなかった。それに、「一度痛めつければ少しは静かになるだろう」とみなしていた。大豆生田も、それで納得したようだった。




