29.村松清十郎76歳⑥
弁明の終了時間を告げるアラームが鳴ると、北山アナウンサーは仰々しく天を仰いでからこう叫んだ。血走った目に加えて、手は小刻みに震えている様に見える。
「最終結果が出ました! 認定六十四パーセント、否三十六パーセント! 今回も死刑です!」
村松はその場で腰が砕けたかのように膝を折って項垂れた。
「何故……何故だ……! 何故私が死刑に……!」
テレビを観ていた安藤と小沢もまた、その場で崩れ落ち、声の限りに泣き叫んでいた。
「何で!? 何でよぉぉぉ! 何で村松さんが死刑なのよーーーー!」
小沢は狂ったように叫んで泣いていた。安藤ももう小沢を止める力が残っていなかった。
「私達の力が及ばなかった……私達の……わたしたちのせいで……? わたしたちの……せい……?」
「先輩……?」
「私たちが作ったプロフィールムービーのせいなんじゃないの?」
「え……?」
「だって、認定が増えだしたのはプロフィールムービーの後半からだもの。私たちがミスったのよ」
「そんな……」
「村松さんのいい面にばかりフォーカスしたから。買わなくていい僻みを買って、ネットの悪意は大きな塊になって村松さんを襲って来たのよ」
「そんな……先輩! 私たち、どうしたらいいんですか!?」
ふたりは錯乱状態にあったと言って良いだろう。安藤と小沢は、ふいにお互いを見つめると、何か合点がいったかのようにひとつ頷いた。そして、手を取り合って玄関の方へ歩いて行った。
その間にも、村松の死刑の準備は進み、執行の時が迫って来ていた。
村松は力なくその場にへたり込み、涙も流せずに呆然としていた。
「ああ……今日この場に家族を呼ばなくて良かった。でも、最後にみんなの笑顔が見たかった……万が一に備えてひとりで来たが……その万が一になるとは……」
死刑を執行する三人の狙撃手が村松の前に立ちはだかる。
「十九時四十二分! 死刑、執行!」
一斉に銃が解き放たれる。
村松は抵抗も出来ぬまま、血飛沫を上げてその場に潰れた。へたり込んでいた体勢は、今や横になり血を流し、目は空を見詰めて開け放たれたままだ。その表情には、悔しさや驚きと言ったものが見て取れる。
その頃、安藤と小沢はマンションの屋上にいた。ふたりとも、村松の死刑を見届ける事はしなかった。
「先輩。これでいいんですよね。きっと。村松さんの死の責任って、私たちにありますもんね」
「そうよね、小沢……。私達はとんでもない十字架を背負ってしまったわ。私はこの重荷を背負って生きていける自信が無いわ」
「人生の最期に一緒にいるのが先輩だと思いませんでしたよ」
小沢は微笑んでそう言った。安藤も微笑みを返して切なそうにこう答える。
「私だって一緒に逝くのがあんただなんて思わなかったわよ。どうせならイケメンの旦那様が良かったわ」
「あの世でイケメンの彼氏出来るでしょうか?」
「私達の魅力で神様でも口説いてみる?」
「いいですね、神様と合コンしましょう。ところで先輩、私実は誰ともお付き合いってした事無くて……」
「あら? そうなの。可愛いのに意外ね」
「だからね、キスもセックスもした事が無いんです。キスくらいは経験しておきたかったなぁ……」
「じゃぁ、最期に私とキスしてみる?」
「女同士でですか? 私のんけだけど……でも、先輩でもいいです」
「でもとは何よ。私で良かったってあの世で思わせてやるわよ」
そして、ふたりは軽く唇を合わせ、悲しい微笑みをすると手を取り合い屋上の際にある柵を超え、ふわり、と下へ落ちて行った。
どすん! ぐちゃり。
と音がして、ふたりは絶命した。
老害審判は、それに関わった人間の運命をも狂わせる。特に、事務手続きやプロフィールムービー作りを担当するために直に老人とコミュニケーションをする人間にとっては、そのストレスたるや想像を絶するレベルのものだろう。
彼女たちは特別手当欲しさに老害対策課に来たわけではなかった。高齢者福祉に関わって来た経歴を買われ、老害対策課に異動になったというだけの前途ある有能な職員だった。
今回の老害審判でも、若い命が犠牲になる事になった。安藤彩花、小沢結菜、まだまだこれから輝かしい未来が待ち受ける女性二名が儚くも命を落として行ったのだった。




