28.村松清十郎76歳⑤
ネットでは、村松の境遇を羨み、妬みから認定を押す人間が目立ってきていた。この結果はリアルタイムでテレビに反映されている。安藤と小沢はさらに焦って来ていた。
「先輩……さらに認定の数字が上がっていていて、もう四十六パーセントですよ!? 何があったんでしょうか……」
「チャットを見てみたんだけど、村松さんの経歴を羨む一団が認定を押しているようだわ」
「そんなっ……! それって村松さんが老害かどうかに関係ありますか!?」
「小沢……この審判はもはや大衆の娯楽と化しているのよ。見なさいよこのチャット。真面目に向き合っている人間なんていないんだわ」
チャットは、どんどんヒートアップして行っている。村松はそんな事は露知らず、弁明の時間を切り抜けようとしていた。
「なので、私はハラスメントをしないようにと、細心の注意を心がけていました。声を荒げるような部下を、やんわりと嗜める事もありました。現代において、ハラスメントは駆逐されるものなのです。そして、私はプライベートでも良き夫、良き父となるように常に自分を律して来ました。子供たちが悪い事をすれば叱った。しかし叩いた事などは一度も無い。愛ゆえに叱り、怒ったのです。そうして、今は子供たちは四人とも自立して私たち夫婦の元を巣立ち、七人の孫にも恵まれた。孫たちとの時間はかけがえのないものです。目に入れても痛くないとはこの事かと実感しています。なのに、今回私はこうやって老害として告発されてしまった。私の何がいけなかったのか。悪い所があるならば直します。私はまだ生きていたい。孫の晴れ姿が見たいんです……」
しかし、チャットはそんな事はお構いなしだった。
【孫の晴れ姿? あの世で見なじーさん!】
【ハラスメントしてないって思い込みでハラスメントwww】
【さすが老害。言い逃れもうまい】
【自分は悪くないって思ってる自体痛くない?】
【良く分かんないけどとにかくいい人ぶった老害って事で】
ネットの茶々入れで、認定はどんどん数字を伸ばしていた。安藤と小沢にとっても恐怖だった。自分達が関わった人間が死刑になるという現実。二人は震える手でスマホを操作しチャットを見つつ、テレビを見守った。気が付けば、二人は抱き合う形で身を寄せ合っていた。
「先輩……怖い! 怖いです! ネットの悪意が怖いです!」
「小沢、落ち着きなさい。きっと大丈夫。悪意の一団がいるならば善意の人だっているはずなのよ!」
「先輩、私は人間が怖いです。何より怖いです。無邪気な悪意が怖いです」
小沢は涙をぼろぼろと流しながら安藤にすがった。安藤は小沢の背中を撫でながら、自分の心も落ち着けようと深呼吸をしていた。
「大丈夫、大丈夫よ……! きっと誰かがこいつらの目を覚まさせてくれる。死刑は娯楽じゃないって気付かさせてくれる……」
「本当にそんな人現れてくれるでしょうか?」
「信じるしかないのよ小沢……」
「もう嫌です先輩。最後までこの審判を見届ける自信がないです!」
「見るのよ小沢! 私たちが関わった人間がどうなるのかを。そして世間の悪意を。この目に焼き付けるのよ」
そして、村松の弁明時間が終わった。最終結果を発表しようとする北山アナウンサーは、先ほどよりも目が充血しているように見えた。




