20.行政の責任は
第二回老害審判の後の首相官邸では、総理大臣の大豆生田と厚労大臣の佐宗、その他の大臣たちよる密談が行われていた。
「今回の審判では老害が通報者を名指しで批判するという事態が起きましたね」
「これは由々しき事態だろう。行政の担当が情報を漏洩したという事か?」
「M市役所に確認しました所、情報漏洩は無かったという事ですが」
「しかしあれはまずい。M市役所にも何らかのけじめを付けてもらわねば」
滝川キヨは、弁明の間に自分を告発したであろう人間の名前を口にしていた。M市役所の担当加藤は情報漏洩は一切していなかったが、政府の人間たちにとってはそれはどうでもいい事であった。
情報漏洩は無くても、少しでもヒントを与えていたかもしれない。何か匂わせてしまったかもしれない。それだけでも加藤を断罪する要素にはなっていた。
「けじめ……という事ですが、総理はこの責任問題についてどうお考えですか?」
「……ふんっ。そんなもの、消せば良いだろう」
「消す……内密にですか?」
「いや、老害対策法に追加で一文を加える。情報漏洩をした行政の担当者は、死刑にすると」
そこで佐宗が止めに入った。
「総理……いくら何でもそれはやりすぎでは? 安易な死刑は国民の反感を買いかねません!」
大豆生田は佐宗を睨みつけてすごんだ。
「貴様! 安易だと? 私は安易に死刑などとは言っておらん。ルール破りには死をもって責任を取ってもらう。ただ、それだけだ」
「しかし! 今回の件についてもM市役所の担当が情報漏洩をしたという証拠はありません!」
「黙れ! 逆に言えば情報漏洩をしていない証拠もないのだ! ああ、そうだ……。それと、老害共に対してもこの一文を加えよう。『個人の名前を出したものはその場で死刑が確定』だ。老害を告発した勇気ある若者の未来を奪うような事はしたくないからな。今の世の中はネット社会だ。滝川キヨに名前を出されたお嬢さんも、しつこい嫌がらせに困っているそうだ。可哀想に。勇気を出したのに……」
佐宗は喜多方美雪については気の毒な事をしたと思っていた。喜多方美雪はあれからスーパーマーケットの他のパートたちからも疎まれ、陰口を叩かれ、さらには見ず知らずの人間からの誹謗中傷の電話やSNSへの攻撃と言った嫌がらせに悩んでいると聞いている。
しかし、だからと言って行政の担当者の命まで奪う事には抵抗があった。しかし、ここで佐宗ひとりが反対を続けても、ここにいる他の人間のほとんどは大豆生田に買収されている輩ばかりだったのである。
「では……担当者の死刑はどういった方法で?」
老害対策法を所管している法務省の大臣である永田が大豆生田に問う。大豆生田は顎に手を置いて少し考えながらこう言った。
「あいつらの所にも審判と同じ死刑執行人を送ればいいだろう。あいつらは普段暇をしているからな。働かせろ」
佐宗は反論する気力も失っていた。この総理大臣は、人の命や精神を何だと思っているのか。こんな人間に国のトップを任せておいて良いものなのか。そしてそれに尻尾を振って着いて行く取り巻き達も一体何なのか。
佐宗の胸に空っ風が吹く。その嵐はしばらく止みそうになかった。
***
そして数日後。M市役所加藤昂平の死刑が執行された。
加藤は帰宅後すぐに死刑執行人に狙撃されて死んだ。加藤の手荷物にはラッピングされた女物の指輪があったようだ。しかし、それが誰に渡されるべきものだったのか、そんな事を気に留める者もいなかった。
しかし、その後すぐに加藤のアパートを訪れて、死体が処理されている場面に遭遇してしまった未桜にはその指輪の意味が良く分かっていた。
「昂平さん……! 私との事、本気で考えていてくれたのね……」
未桜は身体の中の水分が全て出て行ってしまうのではないかというくらい泣いた。人目も憚らず、死体処理をする政府の人間に恫喝されてもその場で泣く事をやめなかった。
「昂平さん! 昂平さんを返して!」
「うるさい! この男は老害審判においてルール違反を犯した。これは大豆生田総理直々の命で我々は動いている」
「昂平さん! 昂平さぁぁぁん!」
加藤の死は行政全体にも衝撃を与え、以後二度と老害が固有名詞を出さないように徹底したマニュアル作りが行われた。それと同時に、行政の人間が感じるストレスの度合いがさらに高まった事は言うまでも無かった。
誰もが、老害対策課に配属されたくなかった。そして、配属が決まって辞令が出たものの中には退職者も数多く出たし、既に配属になっている者の中でも退職する者が出てきていた。
退職者が多く出過ぎて人手不足になった役所に対し、大豆生田は老害対策課に配属された者にはある程度の特別手当を上乗せする事で退職者の歯止めにかかった。その采配は見事上手く行き、金が欲しいごく一部の職員は言われるがままに老害対策課に異動になった。




