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16.滝川キヨ65歳③

「さぁぁぁ、今回もやって来ました! 第二回老害審判です! 皆様こんばんは! 私が司会を務めるアナウンサーの北山慎二です!」


 やたらとテンションの高いアナウンスで、この日の老害審判の中継は始まった。アナウンサーの北山の目の下には黒い隈が出来ていて、鼻の頭の黒子は膨張しているかのように見えた。


 鼻息荒く番組をスタートさせる事は、国営放送としては珍しかった。常に中立かつ冷静な報道姿勢を貫いて来た国営放送にとって、この北山のテンションは珍しいとしか言いようがなかった。


「今日審判を受けるのは、ごく普通の主婦、滝川キヨさん六十五歳です! ああ、滝川さん、あなたはあと一歳若ければ老害として告発される事はなかったのに。惜しかったですね! 今日は見守りとしてご家族の皆さんがいらしてますよ! さぁ、始めましょう!」


 この日は、滝川キヨの家族である、夫と娘二人が同席していた。スタジオの隅で不安そうな顔をして控えている。当の本人の滝川キヨの態度は飄々としていた。まるで自分が死刑になるはずはないと思っているかのようだった。


 そうして、プロフィールムービーの放送が始まった。


***


 滝川キヨは東京近郊の県で、会社員の父と専業主婦の間に産まれた一男二女の長女だった。


 子供の頃の成績は普通であった。得意科目が特にあったわけではなく、ごく平凡な子供として成長していった。ごく平凡に成長し、ごく平凡な甘酸っぱい初恋をし、時には失恋をして落ち込み、それでもまた恋をする。そんな少女だった。


 高校卒業後は東京のデパートの販売員として就職。取引先の営業の男と恋に落ち、寿退社した。


 その後は二女に恵まれ、子供が手が掛からなくなったタイミングでスーパーマーケットへパートに出た。担当はベーカリーだ。そこで二十年という長い歳月勤め続けている。


 スーパーマーケットでの仕事は同世代に囲まれていてとても楽しく、時々若いアルバイトが入って来てその子たちからエネルギーを貰う事もまた楽しかった。


 パートの特典として店の商品が割引になる制度があり、それを利用して浮いたお金をこつこつとへそくりし、たまに友人と旅行に行く事が楽しみだった。


 趣味は編み物と料理で、休みの日に友人の家でお茶をしながら手芸をする事が好きだった。友人は多くもなく少なくもなくと言った感じだ。とりとめのないおしゃべりや夫の愚痴。そんな他愛もない会話にこの上ない幸せを感じていた。


 極平凡な普通の主婦。それが滝川キヨという人間だった。


***


 M市役所の加藤は、この中継を家で見守っていた。ただし、神妙に、ではなかった。


「はぁ……はぁ……昂平(こうへい)さぁん。来てぇぇ」

「ん……くっ……未桜(みお)っ……」

 

 二人の男女がベッドの上で絡み合っている。事もあろうか、加藤は情事に耽りながら自分の担当した老人の老害審判を見守っていた。


 加藤は自らの仕事のプレッシャーに耐えかねていた。ここの所は、毎日()()の未桜を呼び出して情事に耽っていた。


 加藤がプロフィールムービーを作りながら己と問答していたのはこの事だった。ストレス解消に友人である未桜を呼び出しセックスをする。一時の刺激と快楽が加藤のストレスを緩和させてくれるのだ。


 未桜に繋がれながらも、加藤はテレビに目を遣る。そうすると、現在の認定と否の割合のグラフが目に入った。


「認定三十八……否、六十二……」


 加藤は少し安堵した気持ちでまた未桜の方に向き直る。未桜は、友人である加藤に尽くしてくれる人間だった。未桜の気持ちも加藤は分かっていた。だが加藤は、今の段階で老害審判に加えてプライベートでも責任を背負いこむ事に耐えられそうになかった。だから、未桜とは体の繋がりだけを持っていた。


 最低だと自分でも分かっていたが、今の加藤のメンタルでは、どうしようもなかったのだ。


「昂平さぁん……ちゃんと未桜を見てっ……!」

「あ、あぁ、ごめん未桜……可愛いよ未桜……」


 そして加藤と未桜の情事は続いたし、老害審判も着々と進んでいった。

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