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15.滝川キヨ65歳②

 終業時間ぎりぎりの十六時四十五分、M市役所の電話のベルが鳴る。


「はい、M市役所老害対策課加藤です」

「あ……あの……老害審判への告発はこちらでよろしかったでしょうか?」


 加藤は初めての老害審判の対応に緊張していた。「どうか電話が鳴りませんように」と、法律が施行されてからずっと祈り続けていた。


 だが、この日、ついにそのベルが鳴った。


 話を聞くと、パート先のベテランのパワハラが酷く、老害として告発したいとの事だった。


「あーあー、ついに来ちゃったよ、この日が……」


 加藤は宙を眺めてそう呟いた。


 M市役所では人件費削減のため、全ての作業は加藤の肩にかけられていた。要はプロフィールムービー作りも、それに伴う取材行動も事務処理も、全て加藤ひとりで行うという事だ。


「ここで鳴らない電話を眺めてネットサーフィンして時間を潰してるのが心地良かったのになぁ……」


 いくらぼやいても、老害審判への依頼が来た事に変わりはない。加藤は重い腰を上げてまずは滝川キヨの住民登録を確認した。


 滝川キヨへの取材はある意味難航した。滝川キヨという人物は大層なおしゃべり好きらしく、聞かれてもいない事まで何でも話してくる性格だった。


「私みたいな善良な市民を老害として告発するだなんてねぇ。信じられる? どこの誰だか知らないけど、そいつが代わりに死刑になれば良いのよ。ねぇ、そう思うでしょう加藤さん? あ、お煎餅とお茶どうぞ」

「あ……頂きます……」


 滝川キヨは、いわゆるごく普通の家庭のごく普通の主婦だった。噂話が好きな所も、若い世代の文化にいまいち疎い所も、デジタルに慣れきっていない所も、全てが標準の主婦だった。


 ただ、通報の電話によると嫌みという名のパワハラが酷く、ねちねちと攻撃される事に耐えられなくなったとの事だった。


 若さ、電動自転車、店長との仲の良さ……そんなものにも嫉妬してしまうものが老化というものなのだろうか。滝川キヨの家は持ち家で、庭もあるこじんまりとした二階建ての木造家屋だ。平均的な家庭と比べて何ら遜色は無い生活ぶりだろう。


 夫も会社でそれなりの地位として働いていて、収入面でも困る事は無かったろう。


 ただ、くだらない嫉妬心で若い女に攻撃をした、という事だけで今回老害として死刑になる可能性があるのだ。その事実に、加藤はこの社会の世知辛さを感じていた。


「で、聞いてる!? 加藤さん!」

「……あ!? はいはい! 聞いております!」

「私の事告発したのって誰なのよー」

「えー……言えませんけど~、個人情報なので~」

「とっておきの大福あげるからさ、こそっと教えてちょうだいよこそっと!」

「ダメです。それにもうお煎餅でお腹一杯です」

「なによー、小食ねぇ。だからそんなに細くてひょろひょろってしてるのよ~?」

「すいませんね、ひょろがりで……」

「ひょろがりって何?」

「あ、いえ、何でもありません」


 滝川キヨへのインタビューは始終この調子で、結局全てのプロフィールを聞き出すのに三日間掛かった。


「つ、疲れたな。なんちゅーマシンガントーク、しかもマラソン選手より体力ある、あのばあさん……」


 しかし、加藤に休んでいる暇は無かった。老害審判の日は刻一刻と近付いていた。それまでにプロフィールムービーを作り上げなければならなかった。


「ちくしょう。何で俺ひとりがこんな目に遭わなきゃならないんだ……クソババァ……」


 そうして、加藤は連日徹夜で作業をする事になったのだった。その作業は、動画編集に慣れているわけではない加藤を大いに苦しめた。加藤は、次第にストレスを積算させていった。


「こうなったら、あいつを呼ぶか……」


 加藤にとってのストレス解消はただひとつ、()()()しか浮かばなかった。


「あいつの気持ちも分かってるけどな。俺って悪い男なのかな……」


 加藤は自分と問答していた。だが、この重責とストレスから逃れる方法はただひとつしか思い浮かんでいなかった。

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