13.野党
大豆生田賢治が率いる民慧党と対立している野党勢力があった。主に新日党、国民敬愛党、共財党だ。
しかし、前回の解散総選挙で大勝していた民慧党に対して、野党各党が集結しても全体の二割にしかならない脆弱な体制だった。
無党派議員に対しては、大豆生田はもちろん買収を試みていた。よって、かつては野党寄りの政策をうちだしていた無党派議員も、老害対策法には賛成をしていた。
親日党、国民敬愛党、共財党はそれぞれ老害対策法に対して反対を唱え、国会で大豆生田を追求するなどしていたが、全体の八割を占める与党勢力の前に、ただひれ伏すしかなかった。
佐宗励介は民慧党議員ではあったが、老害対策法には反対というスタンスであった。よって、各野党は佐宗を自党に引き込もうと躍起になった。
しかし、佐宗は首を縦には振らなかった。
佐宗が民慧党にこだわるのにはワケがある。
かつて、大豆生田政権になる前の民慧党は、教育の全面無償化や子育て世帯への手厚い保障、障害者に優しい社会作り、LGBTQへの差別禁止の方策等、国民第一を掲げる党だった。
しかし、二年と少し前の総裁選で、金にものを言わせて当選した大豆生田総裁が誕生したあたりから、風向きがおかしくなってきていた。
大豆生田には確かに行動力はあった。カリスマ性もあった。大豆生田政権が誕生してから、国防能力は確かに強くなった。無駄な税金を減らし、富裕層により高い税金を課すなどとした政策は、一般市民からの支持も高く、一年前の総選挙では与党が八割の議席を取るという大勝を収めた。
佐宗は、自らが所属する党がこのままいてはいけないと考えていた。だから、内部からこの党を改革するつもりでいた。大豆生田に目を覚ましてもらう事を第一に考えていた。自らの党が撒いた種は、自らの手で刈り取るべきだと考えていた。
今回の老害対策法で、野党は一斉に大豆生田を攻撃した。しかし、全ては多勢に無勢なのである。
それどころか、自らが老害審判にかけられる事を恐れ、野党の年が行った議員たちは沈黙した。若手がいくら頑張っても、ベテランたちがそれでは勝ち目がなかった。
国民もまた、脆弱な野党に対して何の期待もしていなかった。
事実上、今の日本は大豆生田賢治の独裁国家だった。




