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11.初取材

 出版社を退職し、フリーランスの記者になった内田は、早速行動を始めていた。手始めに選んだターゲットはI市役所の老害対策課職員である佐伯と相川だった。


 I市役所の近所にあるチェーン店系の居酒屋に二人を呼び出し、内田は待ち合わせ時間の三十分前からそこでスタンバイをしていた。


 店内は人が多く、大音量のBGMに加えて大きな話し声が反響していて、隣の席のグループの会話も聞き取れないくらいだ。内田はその店の個室を予約していて、内密に話をするには適した環境と言えた。


 約束時間の五分前に佐伯が現れた。相川は同伴しておらず、佐伯が一人で現れたのだ。


「あの……この席、内田さん? でよろしいですか?」

「ああ、佐伯さん。初めまして。この度はご足労頂きありがとうございます。フリーのジャーナリストをやっている内田です。よろしくお願いします」


 二人は席に着くと、すぐにやって来た店員に生ビールをふたつと枝豆、フライドポテトを注文した。


「今日は相川さんはどうされたんですか?」

「……。相川先輩は……あの審判の後気分が塞ぎ込んで体調が優れない日が増えて。早退が増えたかと思ったら欠勤する日が増えて来て。ここ数日は無断欠勤で僕からの連絡にも応えてくれない状態なんです。既読は付くんですけどね」

「それは心配ですね。病院にはかかられているんですか?」

「分かりません。ただ言えるのは、全てのきっかけはあの老害審判だったって事だけです」

「そうですか……」


 店員が注文した品を持ってくると、二人は儀礼的に乾杯をし、飲み食いしながら話を再開した。


「老害審判では、佐伯さんはどんな事を一番感じられましたか?」

「それは……人間の怖さですね。えぇ。そうです。人間は怖いです」

「あなたは毒島さんは死刑にならないと思ってらしたんですか?」

「えぇ。自分たちが作ったプロフィールムービーには自信がありましたし、何より毒島さんが死刑になるほどの大罪を犯したとは思えなかった。確かに毒島さんは近所では有名なクレーマーでしたが、そういう細かいトラブルは起こすけど、大それた犯罪をするような人ではなかったんです。それに、良く話をしてみれば根は優しい人でした」

「そうですか……。佐伯さんはこの法律には賛成ですか? 反対ですか?」

「僕は反対です。老人たちが可哀想とかじゃないです。こちら役所の職員のメンタルヘルスの問題でもあるんです。自分たちが関わった人があんな殺され方をするのを見て、平然としていられる人間はどれだけいるでしょうか?」

「そうですよね……。この法律に反対している人間はどれほどいると思ってらっしゃいますか?」

「この間部長と課長が話してるのを立ち聞きしてしまったんですけど、厚生労働大臣の佐宗さんはこの法律には最後まで反対していたって言ってましたよ」

「……!? ほぅ……あの佐宗さんが……」

「今をときめく人気議員の佐宗さんが反対しても、あんなにあっさりと可決された老害対策法って何なんですかね」

「なるほど……これはやはり裏がありそうだな……」

「裏? 裏って何です? 誰かがズルでもしたって言うんですか?」

「えぇ。私はそう踏んでいます。特に、この法律の発案者の大豆生田総理大臣が一番怪しいと思っています」

「もしかして大豆生田総理のスクープを取ろうとしてるんですか? ははは。それは敵が大きすぎて何で僕の所に来たのか意味が分かりませんね」

「いや、意味はありますし、来た甲斐がありましたよ」


 ふたりは改めて乾杯すると、その夜は大いに飲んだ。佐伯は足元もおぼつかないほど飲んだ。


「おっとっと。佐伯さん大丈夫ですか!? そんなに飲むから……」

らーいりょーぶれすよ(大丈夫ですよ)ー。毎日これくらいのんれ(飲んで)ますからー」

「毎日……もしかして老害審判のあの日からですか?」

きまってるら(決まってるじゃ)らいれすか(ないですか)ー。これがのまるに(飲まずに)やってられっかー! ってやつれすよ(ですよ)ー」 


 内田は佐伯にも相川にも同情の念を隠せなかった。老害対策法は、これからが人生の盛りだという若者ふたりの未来をも潰そうというのか。ひとりは酒に溺れ、ひとりは精神を病んで連絡が付かなくなっている。


「……気の毒だな……」


 内田は溜息を付いた。そしてタクシーを止めるとそれに佐伯を押し込み、自宅の住所を聞き出して、運転手にチップをはずんで送り出した。


 内田は煙草に火を付けると、やりきれない気持ちとともに攻めるべき相手を思い返して気合を入れ直した。


「まずは目指すは佐宗厚生労働大臣だな。外堀の議員から埋めていくか!」


 自分は何かに溺れている時間は無いのだ。大豆生田の弱点を見付けてスクープを取るのだ。これは自分のジャーナリスト生命も掛かっているし、成功させなければ会社を辞めた意味も無い。


「五千万円よ! 待ってろよ! 見てろ山科編集長!」


 そう、意気揚々と内田は帰路に着いて行った。

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