還章④ 戦士の里Ⅰ
草木が橙色に染まり、赤い星が沈み始める頃。
数日間歩いて、『フィンチャー領』の『戦士の里』に辿り着く。
道中、魔物に襲われはしたが、武器を抜いた頃には、既に勇者が対象を斬っていた。
こいつの強さには目を見張るものがある。負けるわけにはいかない。
戦士の里は、小さいとも、大きいとも言えない村だった。だがおそらく、多くの村人が住んでいるのだろう。
「ただいまー!」
ゴンザレスは大声をあげる。すると……。
「ゴンにいちゃん!」
「ゴンザレス!」
と、家々から子どもたちが飛び出してくる。彼らは、ゴンザレスに飛びついた。
ゴンザレスは軽々と子どもたちを持ち上げる。
「おお! お前たち、元気だったか? 良い子にしてたか? 『悪夢に立ち向かう者は皆英雄』。忘れてないだよな?」
「うん!」
「でも弟はね、昨日おねしょしてたよ」
「言うなよ~!」
思い思いに、ゴンザレスに話しかけまくる子どもたち。微笑ましい光景だ。
「そりゃあ、よかったぁ。オイラの仲間たちを紹介したくてさ、立ち寄ったんだ。とっちゃんとかっちゃんはどこだい?」
もう来るよ! と、子どもたちが指さした方向から、ゴンザレスによく似たご婦人と紳士が駆け足でやってきた。
「とっちゃん! かっちゃん!」
笑顔のゴンザレス。どうやら、親子間の仲は良いようだった。
「……ゴンザレス。おかえり」
「おや、その方たちは……王命にあった、勇者様たちだね?」
頷いたゴンザレスは、オレたちをひとりひとり紹介してくれた。
姫様の紹介で、ご婦人は何かに気がついたようだ。
「あなた……もしかして、リリスかい?」
直前まで、モジモジとしていた姫様は、真っ直ぐ背筋を伸ばした。
「は、はい! お久しぶりです、おばさま!」
「おやまぁ……貴女にも会えるなんて……。今日は、特別な日ね。皆様、今日は休んでいってください」
……休息にはちょうど良い地点だ。
オレは勇者に目配せする。奴も同じ気持ちだったのか、頷き返してくる。
「それでは、お世話になります」
王国式の敬礼を欠かさず、戦士の里へと踏み入った。
案内されたのは、ゴンザレスの実家だ。
村一番の広さを持つ家。話によると、里一番の戦士となった家族が住む家屋らしい。
先代の戦士はゴンザレスの祖父だったようで、長年、彼の家族が住んでいる。
その二階の大部屋を、勇者一行に貸してくださった。
荷物をほどき、腕を伸ばす。そしてすぐに、姫様の荷ほどきの助太刀に入る。
先ほどからずっと、頬を緩ませている彼女に問いかけた。
「そういえば、姫様の幼少期は、こちらでお世話になっていたのでしたね」
「ええ! なかなかお会いに来られなかったですから、本当に嬉しいです!」
本当に嬉しそうだ。良かった。
オレも顔が緩む。
そんな最中、階段を強く踏み上がってくる音がする。
念のため、姫様の前に立つ。
扉が開かれる。
そこには、ゴンザレスに負けじと屈強な女が立っていた。
恥ずかしげもなく腿を露わにし、紅い髪を乱雑にまとめた女性だ。
鍛え上げられた筋肉は、芸術性を感じさせる。
「おう! ゴンザレスよう! 久しぶりだな!」
「ヴァルガン!」
ゴンザレスは、ヴァルガンと呼ばれた女と抱擁を交わす。
姫様が口を両手で隠す。反対に、勇者があんぐりと口を開けた。
「みんなぁ、紹介するだ! こいつはヴァルガン。オイラの幼馴染みで、戦士の儀式で凌ぎ合ったライバルだ!」
ヴァルガンの肩を叩くゴンザレス。
一方のヴァルガンは、笑いながらため息をついた。
「『フィンチャーの地酒を交わせば敵も仲間』、とは言うけどよ。ゴンザレスには負けちまったから、オラは二番目の女だな。『ザ・ウォリアー』の称号は取られちまった」
しょんもりと、ゴンザレスは肩を落とす。
「そんなこと言うなよぉ……オイラは、お前が居なかったら、ここまで頑張れなかったよぉ……」
本当に悲しそうだった。
道中で聞いた話だが、『戦士の里』の民には姓が無いらしい。
だが、戦士の儀式を突破した者にだけは、戦士を冠する称号を名前の後ろに付ける風習があるという。
「冗談だよ! な? そんなへこむなって。ハキハキ喋るようになったって聞いたのによ、こういうところは変わってねえなあ。……あ、すまねえ御一行。ご挨拶が遅れちまった。オラはヴァルガン。よろしく頼むよ……ってオイ!? もしかしてアンタ、リリスか!?」
「リリス様だ」
訂正させる。ご婦人は許したが、そこらの奴には許さん。
こら! とオレを見る姫様。
「お、おう。すまねえ、怖えなお前……。ええと、リリス様? オラのこと、覚えてっか?」
「ええ、もちろん! 小さいころ、三人で遊んだじゃないですか! お久しぶりです、ヴァルガン様!」
「おお……おお! そうだ! あの頃は尻尾も角も小さかったのに。変わっちまうもんだなあ……あれ……」
ヴァルガンが首を傾げながら、姫様の顔を舐め回すように眺める──オレは前に出て、睨み付けた。いいぞ。オレがここで不敬罪を執行しても。
「そんなつもりはねえよ! 悪かったって、怒るなよ兄ちゃん。……いや、綺麗になったもんだなってさ」
姫様の手が、オレの背中に触れる。
「もう……大丈夫ですよ、バルムンク……」
「悪い。話に夢中になっちまった。叔母さんたちが飯用意してくれたから、呼びにきたんだ。近所も呼んで、軽い宴だとよ。ゴンザレス、手伝ってくれ」
と、ヴァルガンはそう言い残して、一階に引っ込んでいった。ゴンザレスはそれを追いかける。
ようやく、静けさが訪れる。耳鳴りが止んだ。
せっかくお世話になるのだ。何もしないと言うのは騎士の名を汚すことになる。オレも手伝おう。と、歩こうとしたのだが、違和感があった。
振り返ると、姫様はオレの裾を掴んでいる。
「姫様……?」
「あっ、いえ! 私たちも手伝いにいきましょう! ねっ?」
パタパタと、姫様も部屋を出て行ってしまった。
どうしたのだ、いったい。
腕を組んで考えようとしたが、視界の隅に二人組が映る。そういえば今の会話、この二人は珍しく静かにしていたな。
一目見ると、接吻でもするのかという距離で顔を突き合わせ、「マジか……」「ゴンって彼女いたのか」「そういうこと?」なんて、俗な話をしていた。
□ □ □
なんとも新鮮な宴だった。
郷土料理、というのだろうか。実家──ウェルバインド領と、王国領では食べられない数々の料理は、オレの舌鼓を打つ。
先ほどまで居た近所の家族たちは、既に帰宅していた。残っているのは、戦士の両親と、勇者一行のみ。
紳士は、酒とつまみをいくつか持ってきてくれていた。
「騎士様。そんなに気に入っていただけて何よりです。地酒と合わせると、もっと美味しく感じるかと」
む。酒……か。酔い潰れてしまった夜を想い出し、丁重にお断りする。
「すみません、私は酒に弱く。お気持ちだけ受け取っておきます。代わりにといってはなんですが、世界が平和になった暁には、ウェルバインド領との取引をお願いしたい」
父上の顔を思い出す。
オレと違い、父上は酒に大層強く、こういった領地特有の地酒といったものを気に入っているのだ。
正直、父上のことはどうでもいいが。領地が豊かになるのであれば、悪くないだろう。
「それは光栄です。世界を救われる日を、心より楽しみにしております。……さ、勇者様、もう一杯どうぞ」
「ありがとうございます!」
勇者は既に何杯か酒を飲んでいた。メルルも同じくらい飲んでいる。
姫様は少量を嗜んでいるようだ。両手でグラスを持ち、舌を出し、舐めるように飲んでいる。ゴンザレスは……彼の目の前には、酒瓶しか転がっていなかった。なのに、ケロリとしているのが不思議だ。
「……ねえ、ゴンザレス」
と、ご婦人が重々しく口を開いた。何やらゴンザレスに話があるようだ。
オレたちが居ていいものか分からん。
「ご婦人。私たちは上に失礼します。……いくぞ、勇者」
「んぁ? おお」
ゆっくりと立ち上がる勇者──気の抜けた返答をするな。
「ああ、いえ、騎士様。良いのです。良ければ、同席してください」
オレたちに関係がないことはなさそうだった。
ゴンザレスには、予想が付いているのかもしれない。背筋を伸ばしている。
ご婦人は告げる。
「ねえ、ゴンザレス。やっぱり、村に残ってくれないかしら……?」
と、彼女は王命に逆らったのだ。
「何を……ッ」
オレの踏み出した一歩は、勇者の上げた腕によって遮られる。
まだ何も言うな。そう言いたげな眼だった。
……良いだろう。話だけは聞いてやる。
「かっちゃん。決めただろ? 王命だって、みんなが送りだしてくれたんじゃないか」「そうだけど……! でも、やっぱり、寂しいものは寂しいのよ。それに、最近は魔物だって……」
ゴンザレスの肩は下がっていく。
「でも……。──そういえば、じっちゃんは? じっちゃんはなんて言ってんだ? また狩りにでも出ているのかい? オイラの大好きなじっちゃんが一番、王命に喜んでた! 『戦士ロイヤーの導きは、護る為に』って!」
そのときのご婦人の顔に、オレは覚えがあった。
「おとっさんは……! ……あなたが王国に向かってすぐ、戦士の里に魔物が来た。強大な魔物だったのよ。その魔物に、殺されてしまったわ。魔物がどんな目的で来たのか……それは分からないけれど」
ああ、見覚えがあったのは間違いが無かった。
あの眼は、身近な者が死んだ者の眼だ。王国騎士団の任に就いていた時、なんども見た眼と同じだった。
姫様は目を見開き、震える両手で口元を覆った。
ゴンザレスは立ち上がって、テーブルを叩く。その一撃によって食卓は砕かれた。
「嘘だぁ……じっちゃんは、先代の戦士なんだ……負けるわけが……」
左腕に装着している腕輪を、ゴンザレスは強く握る。
ゴンザレスの肩に手を置いたのは、紳士だった。
「でも、死んだんだ」
彼は、ご婦人の言葉を引き継ぐ。
「だからなんだ、ゴンザレス。残って欲しいと言ったのは。選ばれた戦士が今、村には居ないんだ。魔物も活発となっている。赤紫に染められた空の浸食が、いつこの村にまで届いてもおかしくはない。魔王を倒した頃には、もう里は無くなっているかもしれない。……勇者御一行の皆様。あなたたちに同席していただいたのは、こういった事情だからです」
言葉が喉に詰まった。先ほどのオレなら、王命に逆らうことを是としなかっただろう。 だが、知ってしまった今、声は震えるばかりで、言葉にならない。
クソッ……もし、ひと月前のオレだったら……。
勇者の腕がゆっくりと下ろされた。
彼は夫妻に向き直ると、深々と頭を下げる。
「ええ。事情は良く分かりました。話してくださり、ありがとうございます。ですが、ゴンの──ゴンザレスが考える時間も必要かと思います。いったん、持ち帰らせてください」
姫様がゴンザレスを支えようとする姿を見て、オレもそばに駆け寄った。
「ここはオレが」
「……私も共に」
ゴンザレスの顔には、深い陰りが漂っている。
オレたちは、静かに二階への階段を上がった。
背後では、勇者が階段に足を運ぶ音と、メルルが椅子を引く音が重なる。
「息子を、よろしくお願いします」
ふいに、ご婦人のか細い声が耳に届いた。
□ □ □
既に、戦士の里は静けさと暗闇に包まれていた。日付は変わっている。
オレは空気を吸いに、外に出た。
手頃な段差に座る。
夜空を見上げた。
輝く星々の中に、一際煌めく星がある。それはまるで──オレにとっての──。
「バルムンク?」
「姫様?」
彼女の声がする。振り返ると、姫様がこちらに近づいて来ていた。
慌てて立ち上がろうとすると、
「座っていてください。私も、少し夜風に当たりたかったのです」
「そうですか」
身体の力を抜き、一人分の席を空ける。
隣に姫様が座り込んだ。……仄かに香った、甘い匂い。
「……どうですか、ゴンザレスは」
「いまは、イサム様とお話しています。勇者様に救われたから、また助けて欲しい、って」
「ああ……まあ、確かに」
言葉を濁す。
王国に来た頃のゴンザレスは、あまり自分の主張をしない奴だった。何かを選ぶ時は、必ず誰かに、どうすればいいのかを聞いていた。
だが、勇者と関わるにつれ、明るく、話せる性格になっていった。
──勇者がゴンザレスに返す内容を予想できる気がする。
……戻るか。オレの力が必要かもしれん。
「姫様はゆっくりしてください。オレは先に戻ります」
立ち上がって、戻る。
戻ろうとしたが、再び、姫様に裾を捕まれていた。
「どうされました?」
彼女は上目遣いでオレを見る。
心臓を、誰かに大きく殴られたようだ。どくんと跳ねる鼓動。
彼女に聞こえていないことを祈る。
「……少し、話を聞いてください」
「は、はい」
再び座り込んだ。
姫様は、自らの尾を引き寄せて抱いた。その中に顔を埋めている。
「バルムンクって……私の幼少期についてを何処までお話したか、覚えていますか?」
何を今更。
「勿論、全てです。あなたは幼少期まで『戦士の里』で暮らしていた。その姿を、里に寄った王国の彫金師が発見した。彫金師は、あなたが胸に付けていらっしゃるそのブローチに心当たりがあり、王のもとまで連れて行く。そこであなたが、行方不明になった元王姫様のご息女であったことが判明した──そのブローチは、第二王姫様の物でしたからね──父君である国王は、血の繋がりがないと知りながらも、あなたを引き取る。そしてしばらくは、国王や王妃様、第一王姫様方と共に過ごしていた……」
これが、オレの知っている全てだ。オレが姫様と初めて出会ったのも、同時期だろう。 姫様は胸からブローチを取り外し、手の中で転がしている。
「ふふ。ありがとうございます。でも、少し情報が足りていませんよ。王様──お父様は、魔物とお母様から産み落とされた、穢れた血の私を引き取ってくださったんです。なんて寛大なお心の持ち主なのでしょうね……」
「やめてください。姫様、ご自身を卑下するようなことを言うのは。あなたはオレの──」
オレの、なんなのだろうか。
いや、護る対象だ。
「ええ。普段は言わないようにしてるのですけどね。あ、ええっと……、そう。何が言いたいかって、私はお父様たちに感謝しているんです。だから、離れるのはとても寂しい……ゴンザレスのお母様とお父様の気持ちも、分かるんです」
「そう、ですか……」
オレには、分からない話だった。父上のことが、嫌いだから。母上はオレが物心つく前に亡くなって、イゾルダがオレの母代わりをしてくれた。
だから、離れて寂しいなんて気持ちは、分からない。
でも、彼女が悲しんでいるのを見るのは、悲しくなる。
「だからね……ゴンが村を護りたいって選択したら、尊重したい」
姫様は、オレの手を握った。
強く、握った。
「────」
オレは握り返し、少しだけ力を込めた。
彼女は決意を込めた眼で、オレを見る。
「バルムンク。それと、もう一つ」
「なんでしょう?」
「これから話すのは、あなたがまだ知らないことです。……私が幼少期に『戦士の里』で過ごしていた理由──それは、ゴンのお母様に拾われたからです。第二王姫様……本当のお母様が、私を逃がしてくれた。このブローチを、私に託して。……彼女がいま、何処に居るのかは分かりません。本当の父が誰なのかも、分からないまま。ですが、私を逃がした理由……それは……」
姫様は押し黙ってしまう。
何を言いたいのか、分かる気がした。だけど、それを想像するわけにはいかなかった。
□ □ □
オレたちが部屋に戻ろうとすると、扉の前にはメルルが立っていた。
メルルは手招きをして、部屋へと入っていく。それに倣う。
聞こえてきたゴンザレスの発する声は、枯れていた。
「……オイラは、欲しかった仲間が出来た。それに、世界を救えるかもしれない。でも、手の届く範囲を、護らなきゃいけねえってのも分かってる。ねえ、イサムさん。オイラ、どうすればいいんですかね。オイラを変えてくれた、あなたの言うことなら……従えます」
だが、きっと勇者はこう言うのだろう。
「俺が言うだけなら簡単だ。でも、自分で決めて欲しい」
「…………」
ゴンザレスは、そのまま押し黙ってしまった。
オレたちに静寂が流れる。
その時、突然メルルが声を上げた。彼女は自身のこめかみを揉んでいる。
「まて、まてまて。下りてくる……神託が下りてきたぞ……これは……」
勇者は聖剣を握る。
「いつの予言だ?」
「……今、すぐだ! 眷属クラスの魔竜が二体! 外!」
勇者は飛び出した。
オレは一瞬、反応が遅れる。槍を握り、外へ──その前に、押し黙っているゴンザレスの肩を叩く。
「行くぞ! まずは、護りきらねばならないだろう」
「バルムンクさん……はい……」
オレたちは勇者を追う。
戦士の家を出るのと同時に、虚空から羽音が聞こえた。
『ギョエエエエエエエエエエエエ!!』
奇声が鼓膜に響く。
空を切り裂いた二対の双翼が、姿を見せた。魔竜だ。
奴らの口から、風属性の魔術が放たれる。
メルルは魔導書を開き、魔竜を睨んだ。
「『土礫よ。貫け』」
風魔術を、地属性の魔術で相殺した。
「神託によると、この魔竜は竜魔王に近いモノの眷属だ。トドメは勇者に! みんな、油断するなよ!」
オレは姫様の前に陣取る。
勇者は──メルルの側だ。
ゴンザレスが大斧を持ちながら、右往左往している。
勇者の檄が飛ぶ。
「ゴン! 俺のことはいい!!」
騒ぎを聞きつけたのか、家屋の灯りが点灯していく。様子を見に来た者の何人かが、顔を覗かせた。
先頭に立つのはヴァルガンだ。
「ま、魔竜!?」
ゴンザレスはすぐに行動を移し、ヴァルガンの前に立つ。
「ヴァルガンッ! 下がって!」
「ゴ、ゴンザレス……これは……」
「いいからッ!」
「『灼熱よ! 燃え盛れ!』」
メルルの放った魔術が、火蓋となった。
魔術は天にまで届くが、二対の魔竜は高速で旋回し、易々と避けてやがる。
オレたち勇者一行の弱点が一つ、露見した。
空を飛ぶ敵に対する有効な手段が、あまりにも乏しいことだ。
「聖剣を投げるか……?」
とんでもないコトを言い出す奴までいる。
魔竜共もオレたちを仕留めるため、その獰猛な牙と爪を行使するだろう。魔術は相殺されるからな。
そこを狙う──!
「姫様、ご準備を!」
「はい!」
──来た!
魔竜はオレたちの命を刈り取るため、低空姿勢に切り替えた。
オレは即座に槍を振るう。狙うは翼。仕留められなくとも、機動力を奪う!
穂先を跳ね上げるように、槍を振るう。王国式の槍術だ。
併せて、姫様の剣技が光る。
剣先と穂先は、翼を裂いた。
『ギャッ!?』
翼を傷つけられ、四枚羽となった魔竜は、不安定に飛び上がる。
即座にオレは、自身に肉体強化魔術を発動する。
対象は、肩。
勢いを付けるために駆け──そして、槍を──投擲する──!
メルルの放つ、彩りの魔術が飛び交う中、奔る銀光。
銀光は伸び続ける。天に向かって、真っ直ぐに。
永遠にも感じられるその時間に、終わりがきた。
銀光の終点、その穂先は魔竜の命を貫く。
声にもならない声を上げた魔竜の一つは、地に墜ちた。
槍の回収に向かうために駆け出す。
だが、二体目の魔竜の軌道が変更されたのを確認する。
奴の口腔に集まるのは空を揺るがす強大な風元素。命を終わらせる生命力のエネルギーは、相殺が出来ない──!
狙う先は、民家か──! 駆ける脚を反転させる。
攻撃は出来なくとも、盾にはなれるはずだ。
脚を反転した瞬間、すれ違うように勇者が疾走する。
「!?」
勇者はある程度離れた後、聖剣を背中に収め、両手を地面につけた。まるで、これから全力で走り出さんとするような構えだ。
「何を……」
「バルムンクッ! 俺を上空へ!!」
「──承知した!」
オレは再び、肩と腕に肉体強化魔術をかける──オレの中の魔力が尽きかけて、視界が白んだ。だが、こいつの前で、醜態を晒せるものか……!
「『──全ての腕よ、駆動せよ』」
走り込んでくるのは勇者。その脚がオレの腕に引っかけられる──男一人分の体重がかかり、身体が軋んだ。
全身全霊を込めて、天に届くように、打ち上げるッ!!
「行って、来いッッ!!」
勇者は大きく腕を振り上げて、跳ぶ。
高く。天高く。
彼は空中で聖剣を抜いた。
夜空に煌めく銀の剣。刃から放出された赤く輝く炎、天に描かれる紅い虹。それは朝日を思わせる。
村民と、オレたちが見上げる中、聖剣は、魔竜を両断した。
死骸は二つに分かれる。欠片のようなモノが、中空を舞う。あれは……角か。
魔竜の死骸は燃え尽き、そして灰となって散っていく。
よくやった! オレはグッと拳を握りしめる。
──待てよ? あいつ、跳んだ後のことを考えてないんじゃないか?
それがよぎった瞬間、駆け出していた。
枯渇した魔力。飢える魔力器官。軋む心臓。狭くなる視界。
クソ……。放っておけば良いものを……! だがオレは──姫様が悲しむ顔だけは、見たくないのだッ!
頭から地上へ落下する勇者。そんな状況だというのに、腕を組み、考え込んでいる様子。何かを思い付いたかのように、カッと目蓋が開かれる。
「着地は任せた!」
そう言い放ちやがった。
「間に合わん……!」
呟いた瞬間。身体が軽くなる。魔力器官が満ちる。
これは、メルルの魔力共有魔術だった。
発動するは強化魔術──! まさか、この短期間で三度以上も発動することになるとはな。オレは魔導師ではないのに──対象は、脚。
「『──脚よ、駆動せよ』」
奴が地上に激突する間際、オレは勇者をキャッチすることに成功する。勢いを抑えきれず、踏ん張った両脚のまま、地面を滑った。
長い痕が、黒煙を炊きながら地を焦がす。
抱えていた勇者が呟いた。
「お、ありがとう。でも、メルルに頼んだつもりだったんだぜ」
「ひひひ、その光景が見たくてね」
勇者を抱えたオレが見たかったのか、メルルはニヤついている。
ああ、そうかい。お呼びじゃなかったのか。
腹立たしいので、勇者を地に投げ捨てることにした。
「いてっ」
「ふん、自分で立て」
「ひでえ! ちゃんと感謝してるって!」
本物の朝日が顔を出した。
橙色の光が、村を照らす。
勇者は一体目の魔竜にトドメを刺しに行った。
「お、おい! ゴンザレス、いったいなんなんだよ!」
大声の方向を確認する。
村民がゴンザレスに詰め寄っていた。
「なんだ、って……オイラたちは、魔竜から護られたんだよ」
再び大声が聞こえる。子どもたちの泣き声。
「おい、ゴンザレス。どうした?」
ゴンザレスの肩を叩く。
「ま、魔竜が来たから、みんな不安になってるみたいで……」
「大丈夫ですか……?」
姫様がオレの背中から顔を出した。
同時に、村民が一歩引く。
ヴァルガンがそっと呟いた言葉が、オレの耳に残響した。
「思い出した。その角、前に襲ってきた魔物と同じ……」
「貴様……いま、なんと言った」
聞こえていたとは全く思わなかったのか、焦りだしやがった。
「い、いや……ごめ……」
腸が煮えくり返る。熱い。心の底にあるものが、熱によって沸騰する。
拳を握り、前方に繰り出そうと──!
止めたのは、勇者だった。
「やめろ。子どもが見てる」
下を見ると、小さき村民が、オレたちを見つめていた。その目は姫様に注がれ、涙が溜まっていく。
「こわい……こわいよ……やっぱり、悪魔なんだ……」
小さい声は徐々に大きくなっていき、同時に、泣き声へと変貌していく。
両親が、子どもを抱えて去って行く。
最後に放った呟きが、この場に響いた。
「……すまない。でも、やっぱり、怖いものは怖いんだ」
姫様の様子を確認すると、彼女は自らの角に触れる。表情は暗く、ショックを受けているようだった。
「行きましょう……姫様」
オレは姫様の背に手を添えた。
そのお身体は、小さく震えている。
まだ耳には、先ほどの言葉が残響していた。
ご覧いただき、誠にありがとうございます。
感想や評価、ご指導ご鞭撻を賜れば幸甚に存じます。