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還章④ 戦士の里Ⅰ

 草木が橙色に染まり、赤い星が沈み始める頃。


 数日間歩いて、『フィンチャー領』の『戦士の里』に辿り着く。

 道中、魔物に襲われはしたが、武器を抜いた頃には、既に勇者が対象を斬っていた。

 こいつの強さには目を見張るものがある。負けるわけにはいかない。

 戦士の里は、小さいとも、大きいとも言えない村だった。だがおそらく、多くの村人が住んでいるのだろう。


「ただいまー!」


 ゴンザレスは大声をあげる。すると……。


「ゴンにいちゃん!」

「ゴンザレス!」


 と、家々から子どもたちが飛び出してくる。彼らは、ゴンザレスに飛びついた。

 ゴンザレスは軽々と子どもたちを持ち上げる。


「おお! お前たち、元気だったか? 良い子にしてたか? 『悪夢に立ち向かう者は皆英雄』。忘れてないだよな?」

「うん!」

「でも弟はね、昨日おねしょしてたよ」

「言うなよ~!」


 思い思いに、ゴンザレスに話しかけまくる子どもたち。微笑ましい光景だ。


「そりゃあ、よかったぁ。オイラの仲間たちを紹介したくてさ、立ち寄ったんだ。とっちゃんとかっちゃんはどこだい?」


 もう来るよ! と、子どもたちが指さした方向から、ゴンザレスによく似たご婦人と紳士が駆け足でやってきた。


「とっちゃん! かっちゃん!」


 笑顔のゴンザレス。どうやら、親子間の仲は良いようだった。


「……ゴンザレス。おかえり」

「おや、その方たちは……王命にあった、勇者様たちだね?」


 頷いたゴンザレスは、オレたちをひとりひとり紹介してくれた。

 姫様の紹介で、ご婦人は何かに気がついたようだ。


「あなた……もしかして、リリスかい?」


 直前まで、モジモジとしていた姫様は、真っ直ぐ背筋を伸ばした。


「は、はい! お久しぶりです、おばさま!」

「おやまぁ……貴女にも会えるなんて……。今日は、特別な日ね。皆様、今日は休んでいってください」


 ……休息にはちょうど良い地点だ。

 オレは勇者に目配せする。奴も同じ気持ちだったのか、頷き返してくる。


「それでは、お世話になります」


 王国式の敬礼を欠かさず、戦士の里へと踏み入った。



 案内されたのは、ゴンザレスの実家だ。

 村一番の広さを持つ家。話によると、里一番の戦士となった家族が住む家屋らしい。

 先代の戦士はゴンザレスの祖父だったようで、長年、彼の家族が住んでいる。

 その二階の大部屋を、勇者一行に貸してくださった。

 荷物をほどき、腕を伸ばす。そしてすぐに、姫様の荷ほどきの助太刀に入る。


 先ほどからずっと、頬を緩ませている彼女に問いかけた。


「そういえば、姫様の幼少期は、こちらでお世話になっていたのでしたね」

「ええ! なかなかお会いに来られなかったですから、本当に嬉しいです!」


 本当に嬉しそうだ。良かった。

 オレも顔が緩む。

 そんな最中、階段を強く踏み上がってくる音がする。

 念のため、姫様の前に立つ。

 扉が開かれる。

 そこには、ゴンザレスに負けじと屈強な女が立っていた。

 恥ずかしげもなく腿を露わにし、紅い髪を乱雑にまとめた女性だ。

 鍛え上げられた筋肉は、芸術性を感じさせる。


「おう! ゴンザレスよう! 久しぶりだな!」

「ヴァルガン!」


 ゴンザレスは、ヴァルガンと呼ばれた女と抱擁を交わす。

 姫様が口を両手で隠す。反対に、勇者があんぐりと口を開けた。


「みんなぁ、紹介するだ! こいつはヴァルガン。オイラの幼馴染みで、戦士の儀式で凌ぎ合ったライバルだ!」


 ヴァルガンの肩を叩くゴンザレス。

 一方のヴァルガンは、笑いながらため息をついた。


「『フィンチャーの地酒を交わせば敵も仲間』、とは言うけどよ。ゴンザレスには負けちまったから、オラは二番目の女だな。『ザ・ウォリアー』の称号は取られちまった」


 しょんもりと、ゴンザレスは肩を落とす。


「そんなこと言うなよぉ……オイラは、お前が居なかったら、ここまで頑張れなかったよぉ……」


 本当に悲しそうだった。

 道中で聞いた話だが、『戦士の里』の民には姓が無いらしい。

 だが、戦士の儀式を突破した者にだけは、戦士を冠する称号を名前の後ろに付ける風習があるという。


「冗談だよ! な? そんなへこむなって。ハキハキ喋るようになったって聞いたのによ、こういうところは変わってねえなあ。……あ、すまねえ御一行。ご挨拶が遅れちまった。オラはヴァルガン。よろしく頼むよ……ってオイ!? もしかしてアンタ、リリスか!?」

「リリス様だ」


 訂正させる。ご婦人は許したが、そこらの奴には許さん。

 こら! とオレを見る姫様。


「お、おう。すまねえ、怖えなお前……。ええと、リリス様? オラのこと、覚えてっか?」

「ええ、もちろん! 小さいころ、三人で遊んだじゃないですか! お久しぶりです、ヴァルガン様!」

「おお……おお! そうだ! あの頃は尻尾も角も小さかったのに。変わっちまうもんだなあ……あれ……」


 ヴァルガンが首を傾げながら、姫様の顔を舐め回すように眺める──オレは前に出て、睨み付けた。いいぞ。オレがここで不敬罪を執行しても。


「そんなつもりはねえよ! 悪かったって、怒るなよ兄ちゃん。……いや、綺麗になったもんだなってさ」


 姫様の手が、オレの背中に触れる。


「もう……大丈夫ですよ、バルムンク……」

「悪い。話に夢中になっちまった。叔母さんたちが飯用意してくれたから、呼びにきたんだ。近所も呼んで、軽い宴だとよ。ゴンザレス、手伝ってくれ」


 と、ヴァルガンはそう言い残して、一階に引っ込んでいった。ゴンザレスはそれを追いかける。

 ようやく、静けさが訪れる。耳鳴りが止んだ。

 せっかくお世話になるのだ。何もしないと言うのは騎士の名を汚すことになる。オレも手伝おう。と、歩こうとしたのだが、違和感があった。

 振り返ると、姫様はオレの裾を掴んでいる。


「姫様……?」

「あっ、いえ! 私たちも手伝いにいきましょう! ねっ?」


 パタパタと、姫様も部屋を出て行ってしまった。

 どうしたのだ、いったい。

 腕を組んで考えようとしたが、視界の隅に二人組が映る。そういえば今の会話、この二人は珍しく静かにしていたな。

 一目見ると、接吻でもするのかという距離で顔を突き合わせ、「マジか……」「ゴンって彼女いたのか」「そういうこと?」なんて、俗な話をしていた。


□ □ □

 なんとも新鮮な宴だった。

 郷土料理、というのだろうか。実家──ウェルバインド領と、王国領では食べられない数々の料理は、オレの舌鼓を打つ。

 先ほどまで居た近所の家族たちは、既に帰宅していた。残っているのは、戦士の両親と、勇者一行のみ。

 紳士は、酒とつまみをいくつか持ってきてくれていた。


「騎士様。そんなに気に入っていただけて何よりです。地酒と合わせると、もっと美味しく感じるかと」


 む。酒……か。酔い潰れてしまった夜を想い出し、丁重にお断りする。


「すみません、私は酒に弱く。お気持ちだけ受け取っておきます。代わりにといってはなんですが、世界が平和になった暁には、ウェルバインド領との取引をお願いしたい」


 父上の顔を思い出す。

 オレと違い、父上は酒に大層強く、こういった領地特有の地酒といったものを気に入っているのだ。

 正直、父上のことはどうでもいいが。領地が豊かになるのであれば、悪くないだろう。


「それは光栄です。世界を救われる日を、心より楽しみにしております。……さ、勇者様、もう一杯どうぞ」

「ありがとうございます!」


 勇者は既に何杯か酒を飲んでいた。メルルも同じくらい飲んでいる。

 姫様は少量を嗜んでいるようだ。両手でグラスを持ち、舌を出し、舐めるように飲んでいる。ゴンザレスは……彼の目の前には、酒瓶しか転がっていなかった。なのに、ケロリとしているのが不思議だ。


「……ねえ、ゴンザレス」


 と、ご婦人が重々しく口を開いた。何やらゴンザレスに話があるようだ。

 オレたちが居ていいものか分からん。


「ご婦人。私たちは上に失礼します。……いくぞ、勇者」

「んぁ? おお」


 ゆっくりと立ち上がる勇者──気の抜けた返答をするな。


「ああ、いえ、騎士様。良いのです。良ければ、同席してください」


 オレたちに関係がないことはなさそうだった。


 ゴンザレスには、予想が付いているのかもしれない。背筋を伸ばしている。

 ご婦人は告げる。


「ねえ、ゴンザレス。やっぱり、村に残ってくれないかしら……?」


 と、彼女は王命に逆らったのだ。


「何を……ッ」


 オレの踏み出した一歩は、勇者の上げた腕によって遮られる。

 まだ何も言うな。そう言いたげな眼だった。

 ……良いだろう。話だけは聞いてやる。


「かっちゃん。決めただろ? 王命だって、みんなが送りだしてくれたんじゃないか」「そうだけど……! でも、やっぱり、寂しいものは寂しいのよ。それに、最近は魔物だって……」


 ゴンザレスの肩は下がっていく。


「でも……。──そういえば、じっちゃんは? じっちゃんはなんて言ってんだ? また狩りにでも出ているのかい? オイラの大好きなじっちゃんが一番、王命に喜んでた! 『戦士ロイヤーの導きは、護る為に』って!」


 そのときのご婦人の顔に、オレは覚えがあった。


「おとっさんは……! ……あなたが王国に向かってすぐ、戦士の里に魔物が来た。強大な魔物だったのよ。その魔物に、殺されてしまったわ。魔物がどんな目的で来たのか……それは分からないけれど」


 ああ、見覚えがあったのは間違いが無かった。

 あの眼は、身近な者が死んだ者の眼だ。王国騎士団の任に就いていた時、なんども見た眼と同じだった。

 姫様は目を見開き、震える両手で口元を覆った。

 ゴンザレスは立ち上がって、テーブルを叩く。その一撃によって食卓は砕かれた。


「嘘だぁ……じっちゃんは、先代の戦士なんだ……負けるわけが……」


 左腕に装着している腕輪を、ゴンザレスは強く握る。

 ゴンザレスの肩に手を置いたのは、紳士だった。


「でも、死んだんだ」


 彼は、ご婦人の言葉を引き継ぐ。


「だからなんだ、ゴンザレス。残って欲しいと言ったのは。選ばれた戦士が今、村には居ないんだ。魔物も活発となっている。赤紫に染められた空の浸食が、いつこの村にまで届いてもおかしくはない。魔王を倒した頃には、もう里は無くなっているかもしれない。……勇者御一行の皆様。あなたたちに同席していただいたのは、こういった事情だからです」


 言葉が喉に詰まった。先ほどのオレなら、王命に逆らうことを是としなかっただろう。 だが、知ってしまった今、声は震えるばかりで、言葉にならない。

 クソッ……もし、ひと月前のオレだったら……。

 勇者の腕がゆっくりと下ろされた。

 彼は夫妻に向き直ると、深々と頭を下げる。


「ええ。事情は良く分かりました。話してくださり、ありがとうございます。ですが、ゴンの──ゴンザレスが考える時間も必要かと思います。いったん、持ち帰らせてください」


 姫様がゴンザレスを支えようとする姿を見て、オレもそばに駆け寄った。


「ここはオレが」

「……私も共に」

 ゴンザレスの顔には、深い陰りが漂っている。

 オレたちは、静かに二階への階段を上がった。

 背後では、勇者が階段に足を運ぶ音と、メルルが椅子を引く音が重なる。


「息子を、よろしくお願いします」


 ふいに、ご婦人のか細い声が耳に届いた。


□ □ □

 既に、戦士の里は静けさと暗闇に包まれていた。日付は変わっている。

 オレは空気を吸いに、外に出た。

 手頃な段差に座る。

 夜空を見上げた。

 輝く星々の中に、一際煌めく星がある。それはまるで──オレにとっての──。


「バルムンク?」

「姫様?」


 彼女の声がする。振り返ると、姫様がこちらに近づいて来ていた。

 慌てて立ち上がろうとすると、


「座っていてください。私も、少し夜風に当たりたかったのです」

「そうですか」


 身体の力を抜き、一人分の席を空ける。

 隣に姫様が座り込んだ。……仄かに香った、甘い匂い。


「……どうですか、ゴンザレスは」

「いまは、イサム様とお話しています。勇者様に救われたから、また助けて欲しい、って」

「ああ……まあ、確かに」


 言葉を濁す。

 王国に来た頃のゴンザレスは、あまり自分の主張をしない奴だった。何かを選ぶ時は、必ず誰かに、どうすればいいのかを聞いていた。

 だが、勇者と関わるにつれ、明るく、話せる性格になっていった。

 ──勇者がゴンザレスに返す内容を予想できる気がする。

 ……戻るか。オレの力が必要かもしれん。


「姫様はゆっくりしてください。オレは先に戻ります」


 立ち上がって、戻る。

 戻ろうとしたが、再び、姫様に裾を捕まれていた。


「どうされました?」


 彼女は上目遣いでオレを見る。

 心臓を、誰かに大きく殴られたようだ。どくんと跳ねる鼓動。

 彼女に聞こえていないことを祈る。

「……少し、話を聞いてください」

「は、はい」


 再び座り込んだ。

 姫様は、自らの尾を引き寄せて抱いた。その中に顔を埋めている。


「バルムンクって……私の幼少期についてを何処までお話したか、覚えていますか?」


 何を今更。


「勿論、全てです。あなたは幼少期まで『戦士の里』で暮らしていた。その姿を、里に寄った王国の彫金師が発見した。彫金師は、あなたが胸に付けていらっしゃるそのブローチに心当たりがあり、王のもとまで連れて行く。そこであなたが、行方不明になった元王姫様のご息女であったことが判明した──そのブローチは、第二王姫様の物でしたからね──父君である国王は、血の繋がりがないと知りながらも、あなたを引き取る。そしてしばらくは、国王や王妃様、第一王姫様方と共に過ごしていた……」


 これが、オレの知っている全てだ。オレが姫様と初めて出会ったのも、同時期だろう。 姫様は胸からブローチを取り外し、手の中で転がしている。


「ふふ。ありがとうございます。でも、少し情報が足りていませんよ。王様──お父様は、魔物とお母様から産み落とされた、穢れた血の私を引き取ってくださったんです。なんて寛大なお心の持ち主なのでしょうね……」

「やめてください。姫様、ご自身を卑下するようなことを言うのは。あなたはオレの──」


 オレの、なんなのだろうか。

 いや、護る対象だ。


「ええ。普段は言わないようにしてるのですけどね。あ、ええっと……、そう。何が言いたいかって、私はお父様たちに感謝しているんです。だから、離れるのはとても寂しい……ゴンザレスのお母様とお父様の気持ちも、分かるんです」

「そう、ですか……」

 オレには、分からない話だった。父上のことが、嫌いだから。母上はオレが物心つく前に亡くなって、イゾルダがオレの母代わりをしてくれた。

 だから、離れて寂しいなんて気持ちは、分からない。

 でも、彼女が悲しんでいるのを見るのは、悲しくなる。


「だからね……ゴンが村を護りたいって選択したら、尊重したい」


 姫様は、オレの手を握った。

 強く、握った。


「────」


 オレは握り返し、少しだけ力を込めた。

 彼女は決意を込めた眼で、オレを見る。


「バルムンク。それと、もう一つ」

「なんでしょう?」

「これから話すのは、あなたがまだ知らないことです。……私が幼少期に『戦士の里』で過ごしていた理由──それは、ゴンのお母様に拾われたからです。第二王姫様……本当のお母様が、私を逃がしてくれた。このブローチを、私に託して。……彼女がいま、何処に居るのかは分かりません。本当の父が()()()()も、分からないまま。ですが、私を逃がした理由……それは……」


 姫様は押し黙ってしまう。

 何を言いたいのか、分かる気がした。だけど、それを想像するわけにはいかなかった。

□ □ □

 オレたちが部屋に戻ろうとすると、扉の前にはメルルが立っていた。

 メルルは手招きをして、部屋へと入っていく。それに倣う。

 聞こえてきたゴンザレスの発する声は、枯れていた。


「……オイラは、欲しかった仲間が出来た。それに、世界を救えるかもしれない。でも、手の届く範囲を、護らなきゃいけねえってのも分かってる。ねえ、イサムさん。オイラ、どうすればいいんですかね。オイラを変えてくれた、あなたの言うことなら……従えます」


 だが、きっと勇者はこう言うのだろう。


「俺が言うだけなら簡単だ。でも、自分で決めて欲しい」

「…………」


 ゴンザレスは、そのまま押し黙ってしまった。

 オレたちに静寂が流れる。

 その時、突然メルルが声を上げた。彼女は自身のこめかみを揉んでいる。


「まて、まてまて。下りてくる……神託が下りてきたぞ……これは……」


 勇者は聖剣を握る。


「いつの予言だ?」

「……今、すぐだ! 眷属クラスの魔竜が二体! 外!」


 勇者は飛び出した。

 オレは一瞬、反応が遅れる。槍を握り、外へ──その前に、押し黙っているゴンザレスの肩を叩く。


「行くぞ! まずは、護りきらねばならないだろう」

「バルムンクさん……はい……」


 オレたちは勇者を追う。



 戦士の家を出るのと同時に、虚空から羽音が聞こえた。


『ギョエエエエエエエエエエエエ!!』


 奇声が鼓膜に響く。

 空を切り裂いた二対の双翼が、姿を見せた。魔竜だ。

 奴らの口から、風属性の魔術が放たれる。

 メルルは魔導書を開き、魔竜を睨んだ。


「『土礫よ。貫け』」


 風魔術を、地属性の魔術で相殺レジストした。


「神託によると、この魔竜は竜魔王に近いモノの眷属だ。トドメは勇者に! みんな、油断するなよ!」


 オレは姫様の前に陣取る。

 勇者は──メルルの側だ。

 ゴンザレスが大斧を持ちながら、右往左往している。

 勇者の檄が飛ぶ。


「ゴン! 俺のことはいい!!」


 騒ぎを聞きつけたのか、家屋の灯りが点灯していく。様子を見に来た者の何人かが、顔を覗かせた。

 先頭に立つのはヴァルガンだ。


「ま、魔竜!?」


 ゴンザレスはすぐに行動を移し、ヴァルガンの前に立つ。


「ヴァルガンッ! 下がって!」

「ゴ、ゴンザレス……これは……」

「いいからッ!」

「『灼熱よ! 燃え盛れ!』」


 メルルの放った魔術が、火蓋となった。


 魔術は天にまで届くが、二対の魔竜は高速で旋回し、易々と避けてやがる。

 オレたち勇者一行の弱点が一つ、露見した。

 空を飛ぶ敵に対する有効な手段が、あまりにも乏しいことだ。


「聖剣を投げるか……?」


 とんでもないコトを言い出す(勇者)までいる。

 魔竜共もオレたちを仕留めるため、その獰猛な牙と爪を行使するだろう。魔術は相殺されるからな。

 そこを狙う──!


「姫様、ご準備を!」

「はい!」


 ──来た! 

 魔竜はオレたちの命を刈り取るため、低空姿勢に切り替えた。

 オレは即座に槍を振るう。狙うは翼。仕留められなくとも、機動力を奪う!

 穂先を跳ね上げるように、槍を振るう。王国式の槍術だ。

 併せて、姫様の剣技が光る。

 剣先と穂先は、翼を裂いた。


『ギャッ!?』


 翼を傷つけられ、四枚羽となった魔竜は、不安定に飛び上がる。

 即座にオレは、自身に肉体強化魔術を発動する。

 対象は、肩。

 勢いを付けるために駆け──そして、槍を──投擲する──!

 メルルの放つ、彩りの魔術が飛び交う中、奔る銀光。

 銀光は伸び続ける。天に向かって、真っ直ぐに。


 永遠にも感じられるその時間に、終わりがきた。

 銀光の終点、その穂先は魔竜の命を貫く。

 声にもならない声を上げた魔竜の一つは、地に墜ちた。

 

 槍の回収に向かうために駆け出す。

 だが、二体目の魔竜の軌道が変更されたのを確認する。

 奴の口腔に集まるのは空を揺るがす強大な風元素。命を終わらせる生命力のエネルギーは、相殺レジストが出来ない──!

 狙う先は、民家か──! 駆ける脚を反転させる。

 攻撃は出来なくとも、盾にはなれるはずだ。

 脚を反転した瞬間、すれ違うように勇者が疾走する。


「!?」


 勇者はある程度離れた後、聖剣を背中に収め、両手を地面につけた。まるで、これから全力で走り出さんとするような構えだ。


「何を……」

「バルムンクッ! 俺を上空へ!!」

「──承知した!」

 オレは再び、肩と腕に肉体強化魔術をかける──オレの中の魔力が尽きかけて、視界が白んだ。だが、こいつの前で、醜態を晒せるものか……!


「『──全てのかいなよ、駆動せよ』」


 走り込んでくるのは勇者。その脚がオレの腕に引っかけられる──男一人分の体重がかかり、身体が軋んだ。

 全身全霊を込めて、天に届くように、打ち上げるッ!!


「行って、来いッッ!!」


 勇者は大きく腕を振り上げて、跳ぶ。

 高く。天高く。

 彼は空中で聖剣を抜いた。


 夜空に煌めく銀の剣。刃から放出された赤く輝く炎、天に描かれる紅い虹。それは朝日を思わせる。


 村民と、オレたちが見上げる中、聖剣は、魔竜を両断した。

 死骸は二つに分かれる。欠片のようなモノが、中空を舞う。あれは……角か。

 魔竜の死骸は燃え尽き、そして灰となって散っていく。


 よくやった! オレはグッと拳を握りしめる。

 ──待てよ? あいつ、跳んだ後のことを考えてないんじゃないか?

 それがよぎった瞬間、駆け出していた。


 枯渇した魔力。飢える魔力器官。軋む心臓。狭くなる視界。

 クソ……。放っておけば良いものを……! だがオレは──姫様が悲しむ顔だけは、見たくないのだッ!

 頭から地上へ落下する勇者。そんな状況だというのに、腕を組み、考え込んでいる様子。何かを思い付いたかのように、カッと目蓋が開かれる。


「着地は任せた!」


 そう言い放ちやがった。


「間に合わん……!」


 呟いた瞬間。身体が軽くなる。魔力器官が満ちる。

 これは、メルルの魔力共有魔術だった。

 発動するは強化魔術──! まさか、この短期間で三度以上も発動することになるとはな。オレは魔導師ではないのに──対象は、脚。


「『──脚よ、駆動せよ』」


 奴が地上に激突する間際、オレは勇者をキャッチすることに成功する。勢いを抑えきれず、踏ん張った両脚のまま、地面を滑った。

 長い痕が、黒煙を炊きながら地を焦がす。

 抱えていた勇者が呟いた。


「お、ありがとう。でも、メルルに頼んだつもりだったんだぜ」

「ひひひ、その光景が見たくてね」


 勇者を抱えたオレが見たかったのか、メルルはニヤついている。

 ああ、そうかい。お呼びじゃなかったのか。

 腹立たしいので、勇者を地に投げ捨てることにした。


「いてっ」

「ふん、自分で立て」

「ひでえ! ちゃんと感謝してるって!」


 本物の朝日が顔を出した。

 橙色の光が、村を照らす。



 勇者は一体目の魔竜にトドメを刺しに行った。


「お、おい! ゴンザレス、いったいなんなんだよ!」


 大声の方向を確認する。

 村民がゴンザレスに詰め寄っていた。


「なんだ、って……オイラたちは、魔竜から護られたんだよ」


 再び大声が聞こえる。子どもたちの泣き声。


「おい、ゴンザレス。どうした?」


 ゴンザレスの肩を叩く。


「ま、魔竜が来たから、みんな不安になってるみたいで……」

「大丈夫ですか……?」


 姫様がオレの背中から顔を出した。

 

 同時に、村民が一歩引く。

 ヴァルガンがそっと呟いた言葉が、オレの耳に残響した。


「思い出した。その角、前に襲ってきた魔物と同じ……」

「貴様……いま、なんと言った」


 聞こえていたとは全く思わなかったのか、焦りだしやがった。


「い、いや……ごめ……」


 腸が煮えくり返る。熱い。心の底にあるものが、熱によって沸騰する。

 拳を握り、前方に繰り出そうと──!

 止めたのは、勇者だった。


「やめろ。子どもが見てる」


 下を見ると、小さき村民が、オレたちを見つめていた。その目は姫様に注がれ、涙が溜まっていく。


「こわい……こわいよ……やっぱり、悪魔なんだ……」


 小さい声は徐々に大きくなっていき、同時に、泣き声へと変貌していく。

 両親が、子どもを抱えて去って行く。

 最後に放った呟きが、この場に響いた。


「……すまない。でも、やっぱり、怖いものは怖いんだ」


 姫様の様子を確認すると、彼女は自らの角に触れる。表情は暗く、ショックを受けているようだった。


「行きましょう……姫様」


 オレは姫様の背に手を添えた。

 そのお身体は、小さく震えている。

 まだ耳には、先ほどの言葉が残響していた。


ご覧いただき、誠にありがとうございます。

感想や評価、ご指導ご鞭撻を賜れば幸甚に存じます。

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