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還章③ 出立

 オレと姫様はいま、都市門で待機をしている。

 戴剣式からひと月が経過した。

 その間の出来事は……色々なことが起きた。


 勇者が時折、理解の出来ない行動を始めて、オレたちの誰かが巻き込まれる。

 オレはやはり、勇者が怪しいと踏んで調査をするのだが、なにも問題は無かった。むしろ、全てはオレたちのための行動のようにも思えた。


 オレは何故、出会ったときからこいつに苛ついているのだろう。

 そう思いながら、隣に立っている姫様を見る。

 彼女はオレの視線に気がつき、おもむろにオレの顔を見た。咲いたのは笑顔だ。

 ふっと、口が綻ぶ。彼女が笑顔であれば、なんでもいい。


「あー! バルムンク、なに笑ってるんですか! 私の顔に何かついてます……?」


 ぺたぺたの自身の顔を触る姫様。角から頬に、鼻にと。素早く手を動かす。

 オレは心から湧き上がる嬉しさを抑えきれなかった。


「……ふふ。いいえ、姫様。何もありませんよ。あなたの行動が面白くて」


 ああ──と、細めた目蓋を開くと、目の前にあったのはぽかんとした表情だった。

 彼女はそっと、オレの頬に手を伸ばす。

 俺はそれを受け入れた。


「バルムンク……あなたやっぱり。……変わりましたね!!」


 笑顔でオレの頬を撫でてくる。なんだか、こそばゆい。


「そ、そうでしょうか?」

「そうですよ! 柔らかくなりました。前までは、イサム様のことを嫌って無視していたり、私たちが何か言っていても、常に仏頂面だったりしたでしょう? 最近は、バルムンクのほうから話しかけに行ってます。それに私、いまのほうが好きですよ!」


 好きだと。彼女にそう言われると、オレの心臓は跳ね上がる。


「や、やめてください! オレはそんな、変わったとか……そもそも、勇者のことは今でも……!」


 えへへと漏らして、一歩下がる姫様は、右脚を軸にしてその場でくるりと回転した。尾が空を回る。


「私、嬉しいんです。小さい頃から、この国を護るための鍛錬だけをしてきました。そんな私に、少ないながら友人が居てくれても、仲間は居ませんでした。仕方ないですよね、こんな見た目ですから」


 自身が、魔物と人の子だから。と言いたいのだろう。


「でも」


 回転を止めて、オレを見上げた。


「いまは寂しくないです! バルムンクも、側に居てくれますしね!」

「────」


 オレのことを変わったと言っていましたが、きっと違いますよ。


「……ええ。私はいつまでも、あなたの側にいます」


 あなたが変わったんです。それを言葉にはしないですけれどね。



「おおい!」


 クラッドの声がする。振り向くと、両肩に大きな荷物を載せたクラッドとエリーナが向かってきている。

 その後方には、同じく荷物を抱えた勇者とゴンザレス、メルルがヘロヘロの脚で走っている。鍛錬の足りない連中だ。


「エリーナさん!」


 姫様が飛び出して、エリーナの荷物を請け負った。


「なんだよぉ、バル。姫さんは率先してやってくれてんのに、おめぇは手伝ってくんねーのかよ」


 準備期間の間、リリス様は自身が王族の血であることを、勇者一行と彼ら夫婦に明かしていた。

 というのも、彼女の正体を看破していたメルルが、声量増幅魔術の暴発で全国民に言い触らしかける……そんな一大事件があったからなのだが。

 それを思い出すのは頭が痛い。またの機会としよう。


「お前、オレが手伝おうとしたらいつも怒るだろう」

「へっ、違えねえや」


 クラッドは重量のある大荷物を、オレの前に降ろした。

 その動作に無駄はなく、軽々とこなしている様子を見ると、やはりこいつも元騎士団だということが窺える。


「まだ、同期意識が抜けてねえのかもな、俺ぁ。負けてらんねえっつーな」


 走ってくる三人組の方を向きながら言う。


「オレは、今でも同期だと思っているぞ」


 というか一体何だ、同期意識って。同期であることは、変わらない事実だ。

 ……何も返答がない。


「?」


 何事かとクラッドを見ようとした時、パァン! と、大きな音。同時に背中に衝撃が走って一歩分、身体が前進する。


「うおっ!?」

「なに照れくせぇこと言ってんだぁ!?」


 クラッドに背中を叩かれていた。こいつの琴線がどこにあるのかさっぱり分からん。言い返してやろうとしたところで、


「二人とも、仲、良い、な……」


 息も絶え絶えな勇者が到着した。

 ゴンザレスとメルルもだ。ゴンザレスは平気そうだが、その他二人が今にも倒れそうな勢いだ。


「……お前たち。これから出立だというのにその体たらく、先が思いやられるぞ」

「なん、で、私、が、力、仕事、を……」


 一番息を荒くしていたのはメルルだ。彼女は荷物を降ろしたあと、魔術で土製の椅子を作り、座り込む。大きく溜息をつきやがる。


「オイラにはちょうど良い負荷だったです。『鍛え上げるモノは全て、戦士の道に続く』ですなぁ」


 勇者は肩を竦める。まだ、この国の慣用句が理解できていないようだ。


「メルルは少し体力を付けたほうがいいぞ」


 と、オレは提案した。魔導に通じている者も、体力があって損はあるまい。


「ええぇぇ? これでも、少、しは、鍛えて、るんだがな……。ま、見た目の保守目的だけど」


 メルルは息を整えながら突然、ニヤリと笑って勇者を見た。不意を突かれたのか、勇者はすぐに顔を逸らす。

 そう。こいつはたまに、横目で彼女の身体を舐め回していることがある。それは大体、当のメルルにはすぐに看破され、『なにを見ていたんだ?』と弄られるというのがこのひと月で分かった流れだ。


 女性の体つきを性的に搾取する──まるで道具のように扱うというのは、オレの主義に反する考えだ。

 上級貴族の中では、女性を道具のように扱う奴らもいて、オレはそういった連中と話すのが心底不快だった。父上はいつも、そんなオレを不思議な眼で見ていた。

 ただ、勇者に関しては不可解な点が一つある。

 客観的にだぞ? 客観的に言えば、見た目だけで言うのであれば、姫様もメルルとそうは変わらないのだ。一部分の大小はあるが、美しさという点では変わらない。


 補足だが、王国は豊かな土地だ。食事が食べられないという民は殆ど居ないと言っても良い。だから、容姿端麗な女性は多く存在している。


 このひと月で、勇者の視線を観察していた時期があった。だが、不思議な話で、奴は姫様の──他の女性に対してもだが──身体に皆目興味がないようだった。

 ということは、奴はメルルにだけ気があるということである。それほどまでに、彼女の肉体しか見ていなかった。

 姫様に邪な感情を抱かなければ、オレとしてはそれでいい。

 ……何をオレは、こんなに長々と女性の体に関して考察を並べているのだ。これではオレまでも好色家みたいじゃないか。


 オレは大きくため息をつく。

 勇者の肩に腕を回し頭を小突くメルルの傍、ゴンザレスは荷物の中身が気になっているようだ。


「イサムさん。この中はなんですか?」

「おお、そうだったな。クラッドにお願いした時、ゴンはいなかったか」


 姫様とエリーナも寄ってくる。

 エリーナの肩を寄せるクラッド。


「おうおう! これはよ、俺たち夫婦が製作した、勇者御一行の装具だ。鎧の鍛造は俺っち。革と布は、愛する妻の製作だぜ。素材はウェルバインド銀山の銀鉱石を中心として硬化反応を──って、興味無ぇか。んで、勇者様が指定した、耐氷・耐火の施しは完了している。残りのは賢者様にお願いしな」


 オレは置かれた装具に触れる。

 ……確かに、その言葉に偽りはなかった。

 鈍色の鎧は軽く、そして堅い素材で出来ている。そこらの魔物の一撃くらいでは響かないだろう。命を護るには充分、いや充分すぎる。

 クラッドとエリーナが尽力して製作したものだ。間違いはない。


 そして装具と共に支給されたのは──


「武器まで用意してくれたのか」


 長槍ランス、大斧、細剣の三本だ。


「魔導書は必要ねぇだろ? 賢者の姉ちゃん」

「ああ、要らないよ。私にはこの一冊だけで十分さ」


 メルルに用意されたのは装具だけのようだ。そして、勇者には聖剣がある。用意されたのは、姫様とゴンザレス、そしてオレのものだった。


「いいのか? クラッド。ここまでしてくれて」

「当たり前ぇだろ。世界の危機だぜ? 俺っちの装具で世界を救って貰えるなら、作り甲斐があるってもんよ。だけどよ、武器にも良いモンを使ったが、『魔器』には遠く及ばねえからな。もし、敵が『魔器』を使ってきたんなら対抗できねえ。『魔器』を手に入れたのならそれを使え。ま、聖剣があるから、やべえ奴は勇者様に任せればいいんだけどよ」

 勇者は聖剣の柄に手を添える。


「任せてくれ。俺が仲間たちを護るよ」

「逆だ。お前が居なければ竜魔王は倒せない。オレたちが勇者を護るのだ」


 つい突っ込んでしまう。

 オレは槍を手にして、その場で回してみせる。軽く、動かしやすい。


「フン。変わらず、お前のことは気に食わないが、仕事は全うしよう」


 このひと月で、オレは勇者を護ってもいいと、そう思ったのだ。


「わー! バルムンク! この剣、凄く使いやすいです!」


 姫様は早速、細剣で中空を刺すように素振りをしている。

 彼女の尾は、喜びを表すように大きく跳ねている。


「……クラッド。お前の装具は最高だ」

「だろぉ?」


 鼻を擦るクラッド。

 ゴンザレスが大斧を背中に収めながら、首を傾げる。


「あれ。バルムンクさんって、剣のイメージがあったんですけど、槍も使えるんですか?」


 ほう。よく気がついたな。


「バルは元々、槍兵なんだぜ。騎士団に入団した頃はよ、剣のクラッド、槍のバルムンクって呼ばれてたんだから」

「ゴンザレス。こいつは少なくとも、そんな大した二つ名を持っていないから真に受けるなよ」

「がははは! バレちまったな! ま、剣も用意してやりたかったんだけどよ。そっちには優秀な剣士がいるからいらんだろっつーことで」


 クラッドは勇者の背中を叩く。


「いてっ」

「前にも言ったけどよ。お前ぇ、よく装具の数とか必要な武器とか分かったよな? どんな手品を使ったんだい?」


 オレも、そこだけが不思議だった。

 ひと月前、クラッドの家では、『勇者に選ばれたからかな? 勘だよ』と言っていたが。

 勇者は眼を泳がせている。


「んなこと言われてもなぁ……な? バルムンク」


 オレに振ったのが運の尽きだな。


「いいや、こちらもずっと気になっていたんだ。答えてもらおうか」


 詰め寄ったオレたち王国騎士団同期組──ぬるりと、メルルが勇者の前に立ちはだかる。


「簡単な話だ。彼は神のギフトによって、一時的に予言者の権能を一部分、行使できたんだよ。ね?」

「ああ、その通りだ。見破られちゃったな」


 あんなに渋っていたのに軽く答えやがった。


「予言者たる私の仕事が奪われるところで、ヒヤヒヤしましたよ騎士団長殿。今はもう、予言の力を使えないんだっけね?」


 腕を組みながら、うんうんと頷く勇者。何故、他人事のような反応をする?


「ま、そういうことだよ。俺にはもう予言の力はないから、あとはこの身一つで頑張るだけさ」


 メルルに感謝を伝え、手のひらを合わせるように叩き合う勇者。

 薄々感じていたが、彼らの仲は異様なほど良い。だが、仲が悪いよりかは、良い方がいいだろう。輪が乱れて、姫様を不安にはさせたくない


 出会ってすぐの頃の、自分自身の態度が思い起こされる。

 すぐに振り払う。

 オレはまだ、奴を認められないのだ。悪く思う必要は無い。

 黙って、装具を身に付ける作業に取りかかる。


□ □ □


 クラッド夫妻と、王国騎士団に見送られながら、オレたちは国を出立した。

 丘を登る。

 先頭にオレと姫様、二列目にゴンザレスとメルル、そして最後尾に勇者だ。

 後列の三人組が、装具の良さを語り合っている中、姫様はふと、都市門の方面を振り向いていた。

 眉が垂れ下がっている。

 彼女がその表情をするときは──


「寂しいのですか? 姫様」

「えっ!? そ、その……」


 姫様は俯いて、不安げに頭部の角に触れた。


「……はい。寂しいです」

「……」


 思えば、姫様はボレアス直轄領から出たことがない。ヴァルキリーとしての任をこなしている際も、直轄領内の任がほとんどだった。考えてみると、国王の計らいだったのだろう。


「すぐに終わらせて、みんなで帰りましょう。あなたの為に……オレは全力を尽くします」


 今、伝えられる精一杯を口にした。

 姫様は俯いて、何も言わない。

 顔を隠している。どうされたんだ?


「姫様?」


 覗き込もうとしたが、顔を逸らされる。


「い、いえ! なんでもないです……はい、頑張りましょうね!」


 と、かぶりを振って言った。


「……?」


 何かしてしまったのか? オレは自分の行動を思い返す──そこで、


「おい~? バルムンク~?」


 音もなく忍び寄っていたのは、勇者だった。


「何の用だ」

「姫様を困らすんじゃないよ~このこの」


 勇者は右肘でオレの脇腹を突いてくる。鬱陶しい……。


「変なこと言わないでください! イサム様!」


 もっと言ってやってください。


「悪い悪い。さっきゴンとメルルとも話してたんだけどさ、旅路の変更を提案したくて」「? 事前に決めていただろう。なぜ突然変更をする」


 長い旅になることに備え、安全な順路を決定した。魔王城までの到着時間は、一年の予定だった。


「時間を掛けすぎるのは良くないんじゃないかと思って。当然の話だけど、危険な旅になる。時間を使えば使うほど、怪我のリスクが増える。だろ? 下手すれば、誰かが脱落しても不思議じゃない。魔王軍だって馬鹿じゃない。今は俺たちが先行しているが、いつか対策をとって、闇討ちをしてくるかもしれない……旅の間に、魔王軍は領土を広げるかもしれない。幸い、うちには予言者が居るんだ。多少の魔物が立ち塞がる程度の予言なら、倒して進もう」


 腕を組み、睨み付ける。


「その方が危険だ。物資はいずれ尽きる。常に街と村、砦を経由して進む方が安全だ」

「まあな。そうなんだけどさ、これを見てくれ」


 立ち止まって、地図を広げる勇者。

 癪だが、魔王軍が領土を広げる、という言葉には同意する。

 『ウェルバインド領』は、現魔王領に近い。いずれ、魔物の進軍があるかもしれない。 家はどうでもいいが、民は別だ。あの父上の手腕では、それを抑えきれないだろう。

 オレと姫様はタイミングを同じくして、地図を覗き込む。


「最短距離で、こう行く」


 その指が差したのは、ボレアス王国。王国に置いた指は推定魔王城──魔王領の詳細は地図に記載されていない。数ヶ月前に進軍され、一部が魔王領となってしまった『ボー領』だけが記載されている──までを、最短距離の線で伸ばす。


「んで、道中にある『戦士の里』、『ウェルバインド領』、『アリアスタ村』で補給する。補給地点で困りごとがあったら解決して、次に進む。これなら大体、四ヶ月で行けるぜ」


 ふむ……。その言い分は理に叶っている。だが。


「だが、断る。姫様を危険に晒す可能性は減らしたい。オレはお前の隣で戦う必要があるからな。不服だが」

「むっ、バルムンク! 私だって戦えますよ!?」


 姫様は頬を膨らませて抗議した。万一の可能性は潰しておきたい。

 ぽんと手のひらを打つ勇者。


「じゃあさ、バルムンク。お前、俺じゃなくて姫様専属の護衛をしろよ!」


 と、王命に逆らうことを言いやがった。

 オレはこいつの胸ぐらを掴む。


「貴様ッ! 不敬だぞ!? いくら勇者とはいえ、王命に背くなど……!」


 だが勇者は、笑って誤魔化すことも、冗句だと言うこともなく、真面目な瞳をして答えた。


「本当に護りたいものを護れ。喪ってからじゃ、遅いんだ」


 オレは思わず、目を見開いた。

 同年齢のこいつは、この世界に来て高々ひと月程度のこいつは、まるで歴戦の兵士のような気概で、ひるむこともなく、臆することもなく、そう言ったのだ。

 気圧されて、手を離す。


「俺たち以外、誰も見てないから安心しろって。それに、役割が姫様になっただけだ。王様もどうこう言わないだろ。本当に危なかったら、ゴンとメルルに助けてもらうよ」


 迷ってしまった。いや、どちらにしろこの順路だと、危険が多いことには変わりはしない。だが……。


「まあまあ、争うことなかれ。神託が下りてきたらすぐに共有するよ。イサムのことはお姉さんに任せなさい」

「メルルさん、あなた同い年でしょ」


 ケラケラと笑いながら割り込んでくるメルルに、勇者が突っ込む。


「オイラも、里のみんなに仲間たちを紹介したいなぁ」

「それ、いいじゃないですか! 私も久しぶりに会いたいです!」


 飛び上がる姫様。順路変更に肯定的な空気が流れてしまう。

 姫様が変更に乗った時点で、オレの敗北は決定していた。


「……いったんはその順路で行くことにするぞ。何か問題があればすぐに変更する。それでいいな? 勇者」

「よっしゃ」


 勇者はオレに拳を突き出した。

 オレはそれに応じず、突き出された拳をはたき、大きくため息をついた。


「バルムンク! ほら行きましょう! 護ってくれるんでしょ?」


 すでに走り出した姫様は、オレに向かって手を差し伸べる。


「ほら、待ってるぜ」


 背中を押される。

 ふっ、と……視界が晴れたようだった。


「いま行きます」


 今度こそ、成し遂げることが出来るのだろうか。

 いいや、成し遂げるのだ。

 この声は、オレの脳みそが発した声ではない。もっと奥の、心の底からの声だった。  オレは、脚を大きく踏み出した。


□ □ □


 旅に出て、初めての夜だ。

 オレは短剣で、肉を捌きながら目の前を眺めていた。

 勇者とメルルは天幕の設置をしている。

 ゴンザレスはと言うと、嬉々として焚き火を点けていた。それを後ろから覗き込んだ姫様が声をかける。


「ねえ、ゴンザレス? どうして魔術で火を点けないのですか?」

「おっ、姫様。忘れちまったんですかい? 『戦士の里』のしきたりを!」


 しきたり……と呟き、顎に手を置いた姫様は、愛らしいお顔を傾けた。

 そして、思い出したかのか、大きな声を出す。


「あっ! 『戦士ロイヤーの起こす火は、聖なる光』! 魔避けの炎ですね!」


 なんだそれは。


「姫様、なんですか? そのしきたりというのは」


 ピンと指を立てて、片眉を吊り上げた姫様はご説明された。国の宰相の真似だ。

 特徴は捉えているのだが、姫様が真似されるというのが面白くて、微笑んでしまう。


「小さい頃に教わったことなので、すっかり忘れていました! ふふふ……しきたりと言うのはですね~……」


 彼女はチラリとオレを見ながら、言葉を溜めた。

 オレは腕を組み、続きを待つ。


 刹那、

「選ばれし戦士が火を焚き、炎に照らされる者たちが踊ると、魔物が避けていくのです!」

 と、得意満面の表情で言った。


 どう考えても、踊るのは余計なのでは?

 いや、絶対に余計だ。


「オイラがお手本を見せましょう……!」


 嬉々としてゴンザレスが立ち上がる。

 姫様はそれを猫のように爛々とした目で追う。

 足でリズムを取ったゴンザレスは、踊り始めた。合わせて、姫様も踊り出す。

 思わず、オレは短剣を取り落とした。

 奇っ怪な踊りだった。いや、民族舞踊的な良さはあるが……。


「姫様……踊れるのですね……」


 手脚を乱雑に振る踊りを、姫様が……。

 膝から崩れ落ち、オレは地を叩いた。


「なんだそれ!? 面白そうだな!」


 勇者の声だ。おもむろに顔を上げると、奴も奇妙な振り付けをして踊り始めていた。

 横を向き、親指を上げたままの右腕を、顔の前で振っている。合わせて、左足一本で立ち、右脚を蹴るように繰り返して小さく跳ねている。

 【ゆー】だの【えす】だのと、意味の分からないことを言っている。

 騒ぎを聞きつけたのか、天幕からメルルが現れ、勇者の真似をした。


「バルムンクさんもどうですか!」

「一緒に踊りましょう!」


 息も絶え絶えな姫様の声が聞こえる。

 オレは地に伏したまま、初日の夜を過ごしたのだった。


ご覧いただき、誠にありがとうございます。

感想や評価、ご指導ご鞭撻を賜れば幸甚に存じます。

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