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二章 『此の先』

「なんで……なんで、そんな所にいるんだよ。俺たち、すげー頑張ったよな? やっとの思いで世界を平和にしたよな? なんで……」


 俺は、戦姫が分からなかった。

 彼女はゆっくりと、だが冷血に、口を開いた。


「そうですね。イサム様。あなたがいればそうでした」


 俺がいればって、どういうことだよ。


「私は、神に祈ったんです。イサム様が、またこの世界に来られるようにと。毎日……毎日……毎日……。でも、届いているか分からない、存在しているか分からない神に祈っても仕方がない──ふと、考えつきました。竜魔王が復活すれば、再び勇者様がこの世界にやってくるんじゃないかって」

「……じゃあ、なにか。俺に会いたいってだけで竜魔王になったっていうのか? そんな馬鹿な──」

「はい。そうです」


 戦姫は、いとも真面目な顔で言い放った。

 俺は、目眩がした。頭上と足元が揺れる。


「イサム様……私、私っ!」


 あの時の続きだ。竜魔王を倒した後、俺が最後まで聞けなかった言葉──。


「私は……あなたを愛しています」

「こんな時に、なに言ってるんだ……」


 こんな状況で、そんな姿で──。


「なにって、なんで?」


 彼女は、そう言った。

 当然だと言うように、首を傾げた。


「お前──! 竜魔王の復活で、魔物が出現した……それで、ゴンザレスが死んだんだぞ。俺たちの仲間が、死んだんだぞ!!」


 俺は、いつの間にか叫んでいた。

 気が狂いそうだった。


「なんでっ……! 竜魔王なんかに……!」

「……覚えていないんですか? 私は、竜魔王によって孕まされた元ボレアス第二王姫に産み落とされた娘です。竜魔王となるためには、竜魔王の血による『王位継承権』が必要──それを使わせてもらいました」


 かつて、竜魔四天王がそう言っていた。

 戦姫リリスは、ゆっくりと段差を降りてくる。



「『戦士の里』……馬鹿な人たちでした。竜魔四天王は、魔斧だけが目的でした。ですが、村人たちは魔斧を護るために犠牲となった。その後、我慢できずに現れた彼も馬鹿でしたね──結局、あなたを誘き出すための餌になっただけなのですから……それに、どうでもいい。あなたさえ居れば」


 いつの間にか、リリスの顔が目の前にあった。漆黒の瞳は、かつてよりずっと、深く、深く、濁っていた。

 彼女は、片腕を俺の首に回し、もう片腕を背中に回して、抱きしめてくる。


「ああ──やっと……この時が……」


 リリスは、俺の匂いを大きく嗅いだ。彼女の角が、俺の側頭部を擦る。


「……ッ!!」


 ゾクリと、蟲が背筋を這う感覚。

 彼女の腕を払って後退りする。

 リリスは、寂しそうな顔をした──が、すぐに、爬虫類じみた笑みに歪めた。


「世界の半分をあなたに差し上げます。そして、私と一緒に暮らしませんか? 魔物も人間も滅ぼして……二人だけの世界にするから」


 俺は、奥歯を噛み締めながら答える。


「断る。ゴンザレスを返せ。お前にはもう……預けてられない」

「ハァ??」


 竜魔王の首が横に傾く。


「お前は、自分の責任を投げ出して……そして仲間をも裏切ったんだ。そして、さっきの返事をしよう。俺は、その思いに応えられない。そもそも、愛される理由が分からない」


 竜魔王の表情が歪む。もう、俺の知っている彼女じゃない。

 竜魔王はゆっくりと蹲り、頭に両手を当てる。


「ギッ……違うッ……! 反転するッ……反転しちゃうッ! こんなはずじゃア……!! あんなに……、あんなに■■■、■■してくれたのにッ! もう……もう……」


 ──? なんて、言ったんだ?

 その言葉は、瓦礫が地にぶつかる音で掻き消されていた。


「なんて──」


 聞き返そうとし、遮られる。

 大気が振動を始めた。かつての竜魔王戦のように、現魔王城の壁が崩壊する。


「──じゃあ、もう……! あなたを、殺すしかないじゃないッッ……! 死体は、何も言ってこないからッッッ!!」


 ──地が躍動する。それは、星の嘆き。竜の咆哮。

 発する魔力は……先代の竜魔王を超えている!?


「くそっ……!」


 どうする……!? このままじゃあ、本当に殺される……!

 崩れた城壁が瓦礫となり、玉座を砕いた。

 キラリと光るモノが、弧を描き、俺の元へ飛んでくる。


 ──『戦士の腕輪』だ。


 ゴンザレスが肌身離さず持っていた宝物……ああ、きっと、彼の身体はもう、この世界に無いのだろう。

 腕輪には、紐飾りが括られていた。


 ──あれは、ゴンザレスの形見だ。


 竜魔王の尾が動くと同時に、俺は跳躍する。

 俺の両脚があった場所に、竜の尾が突き刺さる。

 空を飛ぶ戦士の腕輪を──掴んだ!


「……おかえり。ゴンザレス」


 腕輪を俺の腕に嵌め、着地する──同時に、竜魔王が抜剣した。


「……ッ!!」


 竜魔王の顔面が迫る。

 ああくそっ……! 相変わらず、顔面は良いな……!!

 彼女の面の良さと反対に、俺の顔は引き攣るばかり。

 既の所で、魔剣【エイリーク】の刺突を聖剣【ラーハット】の腹で受け止めた。【エイリーク】の権能が発動する。守りを貫通する真空破の射出──だが、戦士の腕輪にある効力が発揮された。


 ──自らの肉体性能に応じた、肉体硬度の向上。


 戦士は、その恵まれた躰と、それを基準に向上される肉体の硬さによって、竜魔四天王の一撃を無傷で凌いでいた。

 戦士ほどの肉体性能はないけれど、俺でも多少の効果があるはず……!

 俺たちの誰よりも身体が大きくて、笑顔が誰よりも優しかった戦士の顔が思い浮かぶ。彼が俺を護ってくれている気がした。


「アァァッッ!!」


 戦姫が叫び、呼応するように、魔剣が漆黒の波動で覆われる。


「なんだそれ……!」


 強がりの一つでも言ってやろうと思ったが、彼女の力は俺の上をいった。

 吹き飛ばされるのは俺の身体。

 間髪入れずに、竜の尾が襲いかかった。

 それは腹を貫く。


「ぐっ……!?」


 肚の中から、生命の赤が迫り上がり、吐き出される。

 いや、貫通はしていない……! 戦士の腕輪は効いている。

 反撃を──竜尾の二段目、三段目、四段目。竜尾の連撃は止まらない。


「がっ……ぶっ……」

「アアアアアア!!」


 竜魔王の攻勢は続く。

 俺は──俺の意識が──消えて──いきそうだ──。

 ふと、彼女の名前が喉から迫り上がる。


「戦……姫……」

「……ッ!」


 一瞬、攻撃が止まる──その隙を突いた男がいた。

 斬撃が尾を弾き、彼女は後方に跳躍する。

 俺を庇うように立つ男。


「バル……ムンク……?」

「バル、ムンクッッ……!!」

 声が重なる。


 騎士団長、バルムンクがそこに立っていた。

 叩きつけられていた壁から、俺は崩れ落ちる。

 大きく息を吸って、


「俺一人でって言っただろ……?」

「姫様。お久しぶりです」


 ちくしょう。スルーかよ。

 バルムンクが俺に目配せをする。

 ……今のうちに回復をしておけってことだよな。

 俺は自分の身体に回復魔術を唱える。


「……お久しぶりですね。騎士団長殿」

「散々探し回ったのですよ、私は。姫様が行方不明となってからの王国といったら──」

「私が魔王領に向かう途中で討っていれば、こんなことにはならなかったのに。騎士団長殿とあろう方が、判断を間違えましたね。声をかけるか、悩んでしまいましたよ」

「ただ一言、『付いてこい』と仰ってくだされば……姫様、私は」

「私を姫と、呼ぶなと言っている──!!」


 激昂した竜魔王は、尾を地面に叩きつけた。

 クレーターを作りながら、衝撃波が飛ぶ。


「私は、信じたくなかったのです。この眼で、そのお姿を見るまでは。だから、ここまで来た。もちろん、ゴンザレスを取り戻すという大義はありましたが」


 バルムンクは、垂れ下げた剣を構え直す。


「お父様がお待ちです」


 彼は、剣を構えた。同時に、俺の回復魔術が完了する。

 立ち上がり、バルムンクの隣に立つ。そして、勇者の剣を構える。


「……二人ならいけるかな?」

「そうかもしれんな」


 バルムンクの顔を見ると、彼も俺を見ていた。


「勝てるさ」


 どっちがそう言ったのだろう。もしかしたら、どちらもかもしれない。だが、どちらにせよ、くだんの声は轟音によって掻き消された。

 上空からの強襲だ。

 迸るは炎の柱。漆黒の炎。暗黒に灯る原初の火。

 ──黒い炎の化身。

 下品な笑い声が玉座の間に響き渡る。


「ギャーハハハハハハ!! 魔王様ァ!! 炎の児が、只今馳せ参じましたァ!!」


 黒き炎の全長は、目算で十五メートルはある。

 黒炎の竜人は、俺たちを見下した。


「嘘だろ……こんなにデカくなっちまったのかよ……」


 以前に戦った竜魔四天王は、デカくても精々十メートル程度だった。

 それぞれ、炎・水・地・風の元素属性に対応した、竜魔王の児たちだ。

 眷属とは違い、竜魔王のようにそれぞれが竜人のような姿形をしている。

 漆黒の炎の手には、魔剣【フラガラッハ】が握られていた。


「……あなたが竜魔王を継承したあと、魔物は自然復活する。──ですが、竜の児らの復活の際、竜魔王の継承権を利用して、全ての四天王を一つに集約したのですね。その黒炎……本来の元素属性から、かけ離れている」


 その通りだ。元素には炎・水・地・風の四元素……これら以外は存在しない。


 補足ではあるが、魔力とは大気に宿る元素を身体の魔力器官に取り込むことで作り出されるもの。元素を取り込まない限り、魔力は身体に積み重ならない。魔術を必要としたときに、魔力がないと使用できないのだ。

 勇者一行はそれぞれ──戦士は使えなかったけど──魔術を使用する。

 俺は、下級回復魔術と下級の攻撃魔術。

 騎士は、肉体強化魔術。

 戦姫は、上級回復魔術。

 賢者は、魔術・呪文と呼ばれるモノ全てを。

 元素と魔力は密接に紐付いている。


「存在しない元素を作り出したってことか……?」


 元の世界だって、新元素が発見されるとかしたら大騒ぎだぞ!?

 だとすれば、竜魔王となったリリスは──俺たちでは対処できない、強大な存在となってしまっているということだ。

 バルムンクが耳を寄せ、俺にささやく。


「イサム……ここはいったん退却をしよう。相手には魔器が二本。こっちは聖剣一本だ……合図をしたら、転送門まで走ってくれ」


 頷く。ここで死んだら、元も子もない。

 戦力を集めるか、竜魔王への対抗策を見つけるか……どちらにせよ、生きていなければその履行は難しい。


「竜魔王様ァ……こいつら、もうヤっちゃっていいすかァ?」


 彼女は脚を上げ、一歩を踏み込んだ。


「……ええ。勇者は私がやる。そこの雑兵を差しあげます。好きにしなさい。魔斧の力を飲み込んだあなたの力、見せてもらうわ」


 返答が耳に入るや否や、黒炎の竜人は俺たちに飛んでくる。

 熱風が唇に触れる──瞬間、バルムンクは胸元から十の宝石をばら撒いた。

 十が空に煌めく。それらは輝きを増して──砕けた。

 赤、黄赤、黄、黄緑、緑、青緑、青、青紫、紫、赤紫。色取り取りの輝きが魔王城を照らす。

 既に、俺とバルムンクは大扉に辿り着いている。蹴破って、城門へと駆けた。


「『──脚よ、駆動せよ』」


 バルムンクは自身の脚に肉体強化魔術をかけ、俺を掴む。

 疾風の如く。

 すでに俺達は魔王城の城門を飛び出していた。

 そのまま、転送門へと走る──黒炎が迫る。


 黒炎が魔剣を振り上げ、俺達が過ぎ去った地点を叩きつける。地が捲り上がり、瓦礫となって降り注ぐ。宛ら、散弾銃(ショットガン)だ。

 体勢が崩れて、空中に身を投げ出される。俺とバルムンクの視線が交差した。

 言葉は要らない──黒炎に攻撃を仕掛け、仕留められるのなら、このまま討つ……!

 バルムンクのカカトと俺のカカトを合わせ、膝を曲げて、蹴り出す……! 弾丸のように、バルムンクが黒炎に向かって飛んだ。

 瓦礫の合間を通り、避けられないものは一閃して、黒炎に辿り着く──袈裟斬りだ。続いて、着地した俺が走る。



 飛んできたモノが左眼に入って、反射的に片瞼を閉じた。



 ──血飛沫だ。

 バルムンクが振り下ろした剣は灼熱によって爛れ落ち、漆黒の炎を纏った魔剣【フラガラッハ】による返しの一閃が放たれていた。

 斬撃はバルムンクの左腕を落とし──その傷を焼く。


「……ッッ!!」

「──! 『風よ!』」


 バルムンクが地面に着地する直前に、俺は下級の風魔術を使用して方向転換を行い、バルムンクを抱え後退する。

 風魔術の出力は何故か、下がっている。


「ギャーハッハッハッハハハハハハ!!」


 黒き炎の笑い声が響く。


「ごめん、バルムンク……!」

 俺はバルムンクの回復を後回しにし、転送門へと急いだ。

 振り返ると、黒き炎は立ち尽くしている。

 まるで、見逃してやるかとでも言うように。

 ……目的は果たしたとでも、言うように。


「バルムンク! 頼む、頼むっ『治せ』『治せ』『治せ』……!」


 俺はバルムンクの肩に手を置き、下級回復魔術をかける。

 だが、漆黒の炎により灼かれ、爛れた肉のみが綺麗に再生していく──欠損した肉体を再生するには、上級を超える回復魔術でしか為し得ない。

 俺には、その術がない……それに、血を流している状態でないと、生え変わるような肉体再生は行われないのだ。つまり、俺がいまやっている回復魔術には意味がない。


 意味がなくても、やるんだ。


「イサム……もう大丈夫だ……」

「でも……!」


 血の気が引いたバルムンクはそう呟き、俺の腕に手を置いた。


「……気にするな。相手の力が想定より上だった……それに、腕はもう、戻らないだろう?」

「ッ……! クソッ!!」


 地面を殴った。自分自身の無力を呪って。

 バルムンクに肩を貸して、バルムンクは立ち上がる。


「……今後の対策を練ろう。王に、現状報告をしなきゃな。それに、オレの武器も調達したい──」


 気にするな──と、その表情で語りかけてくる。


「……ああ、分かった。行こう」


 どこで間違えたんだろう──そう、心の片隅に泥濘が噴き出す。

 此の先、俺はどうすればいいんだ。

ご覧いただき、誠にありがとうございます。

感想や評価、ご指導ご鞭撻を賜れば幸甚に存じます。

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