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一章Ⅰ 『退屈だ』

ご覧いただき、誠にありがとうございます。

感想や評価、ご指導ご鞭撻を賜れば幸甚に存じます。

□ □

 玉座の眼前、勇者が脚を大きく踏み出す。

 相対するは王──竜の魔王。


 鱗は雷光を反射し、まるで星空よぞらのように煌めく。冷酷に光る紅き眼と鋭利に伸びた牙が、その主を、戦と竜の化身だと証明する。

 そして、竜の象徴である両角に大気の魔力が集った。

 美しく、靭やかな体躯──竜尾がゆっくりと持ち上がり、筋繊維の爆発を抑え込むように、引き締まる。

 瞬間、周囲の空気が静まり返った。

 尾が空を一閃し、切り裂く。石壁が崩れ、半壊した城が揺れる。

 両断された空間は鋭利な斬撃となり、勇者の衣服を切り裂いた。

 だが、彼の歩みは止まらない。

 勇者が持つ剣、その剣身に沿うように、炎が走る。炎が螺旋状に回転するように、燃え盛る。


「責任は……果たさなきゃ」


 勇魔を決する闘いが──始まった。

□ □



 ──雷撃と炎刃が衝突し、周囲に衝撃波が発生する。


「勇者ァァァァァァ!!」


 竜の魔王は吠える。魔物の王に仇なす者──勇者を殺すために。

 猛攻を受け、膝をつく俺に向かって、右腕を構えた竜魔王が突き進む。

 奴の手には、竜魔王の血統だけが振るうことを許された、魔剣フラガラッハが握られている。

 魔以外の総てを滅ぼすための剣が、雷鳴の如く閃き、空間を裂くように疾る──!


 その斬撃が俺に吸い込まれる直前──金色の風が吹いた。

 始まりから俺と、俺たちと歩んできた偉丈夫、騎士だ。


「やらせはせん! 進め、勇者!」


 綺麗な金髪を血に染めた騎士が、魔槍ゲイボルグを振るい、魔剣の斬撃を相殺する。魔槍は踊るように振るわれ、魔剣を捌き、竜魔王の右腕を貫いた。


 だが、竜魔王が吠えて、魔槍が砕かれた。竜魔王の左腕による一撃──質量を伴ったそれは、魔槍をも砕き、騎士を打つ。彼は真横へ吹き飛ぶ。


「騎士……!」


 だが俺は、聖剣を両手で握りしめ、足下に突き刺した。

 そして、地脈に通る魔力を剣に集める為に、注ぐ。

 竜魔王を倒すための魔力を。

 

 竜魔王の右腕は、だらりとぶら下がっていた。

 騎士が振るった魔槍ゲイボルグの呪いが、奴を蝕んでいるのだろう。

 だが、竜魔王の身体はまだ、俺を殺すために躍動している。


 ──殺される!


「ひひっ! まだまだ甘いね、キミは!」


 後衛の賢者が竜魔王に掌を向けながら、俺の隙を指摘する。

 振り向くと、彼女がいつも身に付けていた首飾りがバラバラに砕け散っていた。

 ──きっと、切り札だ。


 旅の途中、賢者のことを横目で見ていたら、一瞬でバレてしまったことがあった。

 仕方がないだろう、彼女のスタイルはとても良いのだ。

 篝火に照らされた銀の髪。澄み渡る碧の瞳を細めて、白い歯をこぼす賢者。

 俺は必ず、顔を赤らめた。スケベ心で見ていたことを誤魔化すために、首飾りについて聞いたことがあるのだ。

 それは、灼けた故郷から持って来られた唯一の物だと。


「ごめん、賢者……!」


 竜魔王周辺の空中に、複数の魔術陣が展開される。そこから鎖が射出され、竜魔王の身体を締め上げる。束縛魔術だ。


 俺は瞼を閉じ、魔力を練り上げることに集中する。


     心/心臓から全身へ、血流にも似たモノが駆け上がっていく。


 これ以上、言葉にはしない。


     大気/元素から心象へ、具現化したイメージを両手に集める。


 みんなを信じている──!


「戦士さんは左を!」

「任せてください! 戦姫せんきさん!」


 俺の左右後方から、前方へと駆け抜ける二つの刃。

 戦姫と戦士だ。


 魔物特有の、筋肉が詰め込まれた巨躯を切断する音が響き渡る。

 片方の刃は、圧倒的な重量に身を任せ、鍛え上げられた膂力を全開にして引き裂いた音。

 そしてもう片方の刃は、鋭く、凛とした美しさを持っていた。繊細な技量を用いた細剣を舞わせ、優雅な軌跡を描きながら、肉を斬り落とす。

 魔斧ヘクトールと魔剣エイリークによる、力と技の二重奏。


 ──総ての魔力が、勇者の聖剣に集った。

 剣身に沿うように、炎が走る。炎が螺旋状に回転するように、燃え盛る。

 

 俺は目蓋を開けた。

 

 騎士、賢者、戦士、戦姫が、俺を護るために全力を尽くした。

 膝を崩し、前傾となった竜魔王。

 竜人の王を象徴する、黄金の大双角が差し出された──俺は、聖剣を上段に構える。


「俺は──俺たちは、責任を果たすよ。この世界を良くしてみせる」


 語気を強めて、言い放つ。


「だから、お前も──自分の責任を果たせ!」


 竜魔王の眼は、俺を一目流し、そして戦姫を貫いた。


「ハ──ハハ──ハハハハ──!!」

「何がおかしい」

「魔器ト言ウ強大ナ《《チカラ》》ニ頼リ切ッタ貴様ラニ、世界ヲ良ク出来るモノカ──! ──アア、特ニ」


 最後にこう言った。


「勇者、オ前デハナ」

「そっか……」


 俺は、勇者の証である剣を振り下ろす。

 何度も振って、練習してきた袈裟斬りを。


 竜の双角を叩き斬る。

 竜族の生命を終わらせるためには、双角を破壊するしかない。

 それは、竜人もそうであるし、純粋な竜族もそうだ。

 魔物を使役し、世界を脅かした竜魔王も──。


 竜魔王の大双角が落下する。

 竜魔王の生命が地面に堕ち、地を割ると同時に、竜魔王の肉体から炎が噴き出した。


 勇者の剣ラーハットは、聖剣だ。

 魔の生命を終わらせた時、残ったモノが呪いとならないように、復活しないように、荼毘に付す。


 ──決着だ。

 仲間たちが、灰となり霧散していく魔王の周りに集まった。

 騎士が俺の肩に手を置く。


「終わったな……」


 戦姫は祈るように手を組み、涙で濡れた瞳で俺を見つめた。


「ええ……やっと……やっと……!」


 戦士が大斧を放りだして、その場に倒れ込み、大の字になる。


「ふぅ……疲れたぁ……」

「戦士……それ、魔斧でしょ。大事にしないと駄目じゃないか」


 そう言って苦言を呈するのは賢者。豊満な胸の前で腕を組む。

 ──ああ、いつもの感じだ。


「ふはっ、わはははは!」


 俺は笑い出してしまった。

 つられて、騎士が笑い出す。続けるように賢者が、戦士が。

 そして、涙を流した戦姫が、俺に笑いかけた。


「勇者様……私、私っ!」


 俺に何かを言おうとしていた戦姫。

 瞬間、彼女の表情は、凍りついた。


「勇者様!?」


 悲鳴を上げるように叫んだ戦姫。俺に駆け寄って、右腕を取った。

 右腕には感覚は無かった。

 勇者の剣を取り落としていたことに、いま気がついた。


 俺の右腕は半透明になっていたのだ。


「勇者、お前……身体が消えていくぞ!?」


 騎士も近づいてきて、べたべたと俺の身体を触る。

 賢者は悔しそうに指先を噛む。


「……自動転移魔術か。ここまで高度な魔術を行使できるのか、神は……!」

「え!? ってことは、勇者さん……帰っちまうってことですか?」


 戦士は俺を見て、そして賢者を見て、騎士を見てから戦姫を見る。それを繰り返すもんだから、首だけが大回転していた。


「ま、そういうことなんだろうな……」


 俺は元々、現代に生きていた。

 神様──自称だけど──の導きによって、この異世界に転移し、勇者となった。

 よくあるあれだな。


「俺に出来ることは、これ以上無いみたいだ」


 戦姫が慌てふためいている。


「ま、まだですよ! これからも、私たちと一緒に、復興とか……お手伝いしてもらわないと……私だって、まだこれから……」


 感極まってしまったのか、戦姫は泣いてしまう。

 騎士がそれを見て、俯いた。


「その通りだ……オレたちにはまだ、お前が必要なのに」


 戦士と賢者が、力強く頷いた。俺も、彼女を見つめ返す。

 寂しいよ。離れたくない、俺だって。

 でも、これがきっと摂理なんだろう。俺みたいな異物が、なんとかしていい世界じゃない。

 ──だけど、想い出があった。沢山の記憶が、俺を引き留めようとした。

 それを振り払うように、大きく首を振る。


「もう少し残っていたかったけど、自分の居場所に帰らなきゃいけない」


 徐々に透けていく自分の肉体。

 ふと、頭上に鎮座する玉座へと視線を向けた。

 ──俺はそこまでの段差を、一気に駆け上がっていく。

 そして、玉座の前に立ち、腰に手を添え、背筋を伸ばし、胸を張った。

 大きく息を吸って、声を上げる。


「俺の責任は果たした!」


 仲間たちに、高らかに名乗る。


「俺の名前はイサム! 俺たちの名はきっと、永劫に残り続けるさ!」


 勇者一行は、魔王軍への情報漏洩を防ぐためか、役職名でしか呼び合えなかったんだ。

 騎士は俺を見上げながら、ふっと笑う。


「オレは……オレの名は、バルムンクだ! イサム!」


 俺に向かって、騎士──バルムンクは拳を突き出した。

 俺も拳で返す。


「おう! 今までありがとな、バルムンク!」


 鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった表情の戦士が、大声を上げた。


「オイラは、ゴンザレス! 『戦士の里』のゴンザレス!」


 俺は、戦士──ゴンザレスの顔を見て、笑ってしまった。


「へへっ……鼻水拭けよ、ゴンザレス!」


 賢者をチラリと見ると、彼女は顔をそむけていた。

 だけど、目元を指で拭って、賢者は顔を上げる。


「私はメルルだ。……なんだよ、意外?」

「まあ……そんなことはないよ、メルル」

 

 そして、俺は戦姫を見つめる。

 戦姫も、頬を濡らしながら俺を見つめて──。


「イサム……私の名前は────」


 突然、耳鳴りが襲ってきて、何も聞こえなくなって……そして、俺の視界は白く塗りつぶされた。

 五感が、消えてゆく。

 だけど、彼女の最後の言葉だけが、耳に残響する。


「……イサム様……またお会いしましょう……」


 俺は、異世界から消失した。


■ ■

 帰還してから一年後。

 俺──風間 勇が異世界で過ごした時間は、二年だった。

 意外だったのは、異世界も元の世界も、進む時間は同じだということ。

 二年間、俺は日本から消失していた。

 高校の校庭で転移して、勇者だったころの格好で同じ場所に帰還したのだ。


 未だに思い出すけど──真っ暗な校庭に転移し、呆然としてたら、巡回していた警備員さんに捕まって連行された。

 俺の口から出てくるのは異世界語なもんで、傍から見たら意味の分からない言語を振りかざす、中世チックな服を着た不審者だ。

 勇者の剣を異世界に置いて行けて本当に良かった。そこだけは安心した。剣を持ち込んでいたら、逮捕だ逮捕。

 すぐに警察が駆けつけ、事情徴収を受けることになった。だけど、彼らが俺を、行方不明になっていた元男子高校生だと気付くまで、そう時間はかからなかった。

 数分も経たずに家族と連絡がつき、再会のハグ。


 その後、即病院送りだ。

 検査は一週間程度で終わって、その間に日本語も思い出せた。今でもたまに異世界語が出てしまって、まるでお笑い芸人のネタみたいになる。

 まあ、それも歳の離れた同級生に話せる鉄板ネタになったからありがたい。


 俺は、かつて在学していた高校に転入した。

 青春時代真っ盛りの高校二年生で異世界転移し、二年が経過、そして一年が過ぎた。

 ……俺は今年で、二十歳になる。

 クラスメイトだった奴らは全員高校を卒業してしまった。

 ありがたいことに、二年前の卒業写真の右上辺りには俺が映っている。休んだ生徒用の丸抜きだな。


 教師陣は変わっていなくて、快く俺の転入を喜んでくれた。

 当時の担任は、変わらず二年を担当しており、俺を自分のクラスに転入させてくれた。

 知らん十九歳が転入してきて、十六、十七歳たちは困惑しただろうに……。ただ、彼らは俺にとても良くしてくれた。

 数学なんか忘れてしまった俺に、親切に教えてくれるもんだから、とても恥ずかしかった。本当に付いて行けない。こんなに馬鹿だったのか、俺。

 そんな歳下のクラスメイトたちと三年生に上がったのが、現在である。担任も変わっていない。

 そうして俺はいま、窓際の席で碧空あおぞらを眺めている。


 ──ああ。平和で、退屈だ。


 異世界を思い出す。

 魔王領の赤紫がかった空には、竜魔王の眷属である魔竜が飛んでいた。それは、王国領の空にまで侵食していた。

 いま、仲間たちの空は碧いのだろうか。

 ……碧空と同じ眼を持った彼女は、元気にしているのだろうか。


「風間くん。よそ見してないで、教科書の四行目を読んでください」


 ピンと指を立てて、片眉を吊り上げていた先生に指名される。

 眼鏡をかけてはいるが、なんだか背丈と雰囲気が王国の宰相に似てるんだよな。

 俺は立ち上がって、鉄板のネタをやることにした。


「【■■──!】」


 と、俺は異世界語で、下級回復魔術を唱えた。


 教室が静まった。

 やっちまったか……?

 静けさが煩く感じてくる中、最近の不良っぽい子が、


「勇くん、それ禁止っしょ。マジ勇者だわ」


 とフォローしてくれた。


 ──そうだ。


「やめてよ風間くん~」


 そんな事を言いつつも、笑いを堪えきれない子。


 ──俺は。


「静かにしたまえ!」


 委員長タイプだ。


 ──俺は、勇者だったんだ。


 先生に怒られながらも、俺は夢想する。

 いつか、この詠唱も忘れてしまうのだろうか? と。

一章『二度目の』が長く、読み辛かったため、二つに分けさせていただきました。


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― 新着の感想 ―
全体的に少し重い雰囲気を感じました。続きを楽しみにしています。
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