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2.影

 梓の後ろに憧れである『異能力者殺し』が居るのにも関わらず梓は振り返ることができなかった。圧によって梓の身体は氷のように固まり動けずにいた。


「そんな怖い顔をするな叶」

「すみません。見ない顔がいるもので」


 克典の言葉によって『異能力者殺し』叶の威圧が緩まった。それによって梓は拘束具を外されたように体が自由になったのを感じる。そして梓は急いで叶の方へと振り返りながら立ち上がる。


「今日から配属されました第六位捜査官の井上梓です!ご挨拶が…お…くれ…」


 敬礼をして元気よく挨拶する梓であったが、瞳に叶の姿を映した途端に言葉が詰まってしまった。梓だけでなく多くの人が『異能力者殺し』は3,40代くらいの克典さんのような屈強な肉体を持ったイカついおじさんをイメージするだろう。しかしそこに立っていたのは梓と年齢が変わらないように見える青年であったからだ。


「なんだ?」

「いえその、思っていたよりも若そうな容姿をしていて驚いてしまいました!」

「…」

「面白いだろ叶。こいつ思ったことすぐに口にするタイプだぞ。他の隊なら処分喰らうだろな。わはははっ!」


 叶の表情は変わっていないが梓はどことなく呆れられているように感じ、後頭部に手を当てながら苦笑する。叶は梓を気にもせず克典の方へと歩みを進めた。


「放火魔のプロフィールが分かりました」

「早いな。昨日に起きたばかりだぞ」


 叶は克典に持っていた資料を手渡した。そして梓は二人の会話に再び驚かされるのであった。異能力者の事件は証拠を掴むのが難しく、小さな事件でも解決するのに最短1ヵ月。もしくは一生かかる。科学では証明できないこと、人間には本来ならできないことを異能力者は行うのだ。当然と言えば当然。

 この辺りで昨日起きた放火事件は梓も知っていた。昨日の夜にあった住宅街の一軒家が焼失してしまったものだ。


「やっぱり火の能力者の仕業みたいです。家に家電による引火の痕跡やガソリンやライターも見つかりませんでした。あまりにも証拠が無さすぎる」

「証拠を残さないことによって逆に疑われる異能力者は可哀そうだな」


 克典も冗談を言っているがその表情は真剣だ。梓は実際の『異能力犯罪対策組織(AA)』の雰囲気に圧倒されるのと同時に、自分もようやくここまで来たという決意が固まる。


「で、どうするんだ?」

「当たり前です。今すぐ捕まえに行きます」

「だろうな」


 本来であれば異能力者1人を相手するにも入念な準備と人員を配置する。しかし、一定の条件をクリアすれば例外も存在する。

 ①第二位以上の捜査官の同行

 ②第一位以上の捜査官による命令

 

 ③()()()()()()()()()()()()()


「じゃあ井上。これを持っていけ」

「はい…?」


 克典は黒いケースを机の上に置いた。梓が開いて中身を確認すると捜査官の証明手帳、警棒、そして拳銃。


「じゃあほれ」

「わっ!?」


 ケースを手に取り立っている梓の背中を克典はポンっと押した。「おっとっと」と体制を崩しそうになりながらも移動した先は叶の隣だ。克典は二人が並んでいる姿をみてニコリと笑った。


「叶。お前の新しいバディだ」

「はい?」


 叶は目をキラキラとさせて嬉しそうな梓の表情をチラリと見た後、再び克典の方へと視線を向ける。


「今までは他の奴が俺1人で動くことに良く思っていなかったことは知っています。しかし俺は第二位捜査官になりました。問題ないはずです」

「いや第二位捜査官になったからこそだ。お前は後続を育てるという上司の責任を果たすべきだ」


 叶と克典が話し合ってる中、梓はそんなに嫌がらなくてもとショックを受けていた。梓はとてもポジティブな女性であり、容姿も優れているため昔から人気者であった。こんなに人から拒絶されたのが初めてだった。しかしポジティブだからこそ直ぐに立ち直り、二人の話し合いが終わるのを待っていた。


「お前が言いたいことは分かる。だがこれは隊長として命令だ」

「ぐっ…」


 ここにきて初めて常に一定だった叶の表情がばつが悪そうなものへと変わった。『異能力者殺し』と言えど『異能力犯罪対策組織(AA)』という組織に所属居ている以上、上司の命令は絶対なのだ。


「分かりました。とりあえず放火魔を捕まえに行きます」


 叶は不服そうにしながらも梓とのバディを承諾した。そして部屋の出口の方へと歩いて行った。克典はその様子を見ながら思春期の息子のように微笑ましい様子だ。


「早くしないと置いて行かれるぞ?」

「え、あはい!!」


 梓はスーツケースを手に取って叶を追いかけた。それと入れ替わるように1人の男が克典へと塚づく。


「いいんですか?あんなことして」

「あまり新人のころからやる気を失わせるようなことはしたくないからな。それに叶の成長にもつながる」

「それには賛成なのですが。初日から異能力者と戦わすのはどうかと思いますよ」

「あ、確かに」


 克典の言葉に部屋にいた全員がため息をつく。克典と言う男はあまり後先を考えるタイプではないことを改めてここにいるメンバーが実感したからだ。『異能力犯罪対策組織(AA)』に勤務するからには異能力者との戦闘は珍しい事ではない。だが初日から現場に出た人は井上 梓が初めてだろう。


          ◇


「待ってくださーい!」


 慌てて追いかける梓の方を振り向いたりと気にもせずに歩き続ける叶。そんな様子を梓は気にすることもなく叶の隣まで走り、そして一緒に歩き始めた。


「改めてこれからよろしくお願いします!」


 元気よく挨拶をする梓を叶は横目でみる。


(一人で動けなくなるなら第二位捜査官にならなかったのにな)


 叶はため息をつきながら心の中でぼやいた。しかし上司である克典の命令を無視することもできないため叶は割り切った。


「お前、異能力者との戦闘経験は?」

「学生時代に異能力者の講師とは何度か」

「つまり模擬戦のみか…」


 叶の表情は変わらないが僅かな声のトーンの変化を梓は感じた。あまり人の気持ちを察することができない梓でも叶の考えていることは何となく分かった。これから異能力者と戦うことになる。つまりそれは命を落としても何ら不思議ではない場所に行くと言う事だ。今の叶は梓に対して「初めての異能力者との戦闘で心配してくれている」それとも「足でまといが付いてくることの鬱陶しさ」どちらなのだろうか。


「罪を犯す異能力者と対峙した場合にお前がとるべき行動を言ってみろ」

「無力化して捕縛する。もしくは逃走です」

「そうだ。奴らは常識では考えられない異能力を持つだけでなく、身体能力も人間を凌駕する。捜査官として戦うことも大事だが、強い奴から逃げ延びて生き残ることも立派な任務だ」


「強い奴から逃げ延びて生き残ることも立派な任務だ」という叶の言葉に梓は驚いた。『異能力者殺し』という二つ名もつくような叶。梓は「死んでも異能力者を捕まえろ」と言われると思っており、それであれば従うつもりでもいた。


「だが一つだけ言っておく」

「何ですか?」

「生かして捕まえることを考えなくていい。戦うと決めたなら()()()()だけ考えろ」


 叶から初めて会った時と同じ圧が出ていた。梓はただうなずくことしかできなかった。原則として異能力者も人間であるため、逮捕されたあと裁判を経て刑が決まる。たとえ殺人を行っていたとしても。


(この人は今まで異能力者を何人捕まえて、何人を殺してきたんだろう…)


 梓は叶が多くの異能力者の屍の上に立っているような幻覚が見えた。


 

 



 


 



 


 

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