授けられた力、築き上げた力
騒然とした広場に響く群衆のざわめきは、冷たい夜風に乗ってカインの心に刺さるようだった。自分が覚醒者としての力を失っていないことが、ついに人々の目の前に露わになってしまった――。誰もが彼に向ける視線は、かつての尊敬の念を失い、恐怖と疑念に満ちていた。
そんな時、突然広場の空気が一変した。周囲の喧騒が止まり、静寂が訪れる。人々の視線が一斉に広場の入り口へ向けられた。
「道を開けろ」
冷たく鋭い声が響き渡る。その声の主は、王国騎士団団長の、レイナだった。彼女の鋭い眼差しが群衆を見据え、腰には彼女が誇る一振りの剣が吊るされている。鋼のように冷ややかな表情を浮かべた彼女が一歩踏み出すと、群衆は自然と道を開けていった。
「レ、レイナ様だ…」
その名前が広場中に囁かれると、人々の不安げな視線はカインからレイナへと移り変わった。彼女の冷静さと剣技の凄まじさを知らぬ者はいない。誰もが一歩後退し、騒ぎ立てる者は一人もいなくなった。
「ここで何があった?」
レイナはザイルスとカインの間に割って入り、その冷たい視線をカインに向けた。カインは彼女の鋭い眼差しに一瞬たじろいだが、すぐに口を閉ざし、何も言わなかった。
ザイルスは少し後退しながら、微笑を浮かべていた。
「ただ少し確認していただけです。覚醒者の力がまだ残っている者がいるかもしれないとね」
彼の言葉は挑発的だったが、レイナはそれに反応せず、ただ静かに頷いた。
「この場は私が預かる。ザイルス、今後の行動は慎むべきだ。誰であろうと、王都での騒動を引き起こすことは許されない」
レイナの静かな命令に、ザイルスは軽く肩をすくめると、一礼してその場を立ち去った。彼の後ろ姿が消えた瞬間、広場は再び静寂に包まれた。
「解散しろ。ここでの騒ぎは終わりだ」
レイナの短い言葉に、群衆も徐々に散っていった。恐怖と興味が混ざり合った視線はカインを追い続けていたが、誰一人としてレイナの命令に逆らう者はいなかった。
広場に残されたのは、カインとレイナの二人だけだった。カインは彼女の姿を見て、ほっとしたような表情を浮かべた。しかし、次の瞬間、レイナの目が鋭くカインを射抜く。
「騎士団の方で話を聞かせてもらおうか、カイン。ついて来い」
彼女の声は冷静だったが、拒否することなどできない圧力が込められていた。カインは無言のまま頷き、彼女の後を追って広場を後にした。
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レイナとカインが静かに詰め所へと向かう間、カインは彼女の背中を見つめながら、頭の中で思考を巡らせていた。彼女は覚醒者ではない。だが、カインはかつての戦いで、覚醒者としての力とレイナの剣技を何度も見比べたことがあった。
かつて、魔王の脅威が世界を覆い尽くそうとしていた時、神々から授けられた力を持つ者たちが現れた。彼らは「覚醒者」と呼ばれ、体内に眠る潜在能力を極限まで引き出すことで、常人を遥かに超えた力を手にした。覚醒者の体には、力を覚醒した証として神秘的な紋様が刻まれ、それが彼らの力の源とされていた。
覚醒者は、通常の人間が扱えない強力な魔法を使いこなし、剣技や体術もまた常識を超えるものとなった。彼らは神からの祝福を受けた存在であり、その力は戦場において圧倒的な優位性をもたらした。魔王との戦いの中で、彼らはまさに人類の最後の砦であり、救世主と称えられた。
しかし、魔王が倒され、その脅威が去った時、覚醒者たちの力は徐々に消え失せ、元の人間へと戻っていった。神々がその役目を終えたと判断したからか、覚醒者の力は一時的なものであり、その使命を全うした後には無用となった。
だが、レイナは違った。彼女は覚醒者ではなく、神から授かった力を持たない。しかし、彼女の剣技は覚醒者に匹敵するほどのものだった。
彼女が生まれ持った才能と、その後の鍛錬によって磨き上げられた剣技――それは彼女のアイデンティティだった。特に彼女の一撃必殺の居合斬りは、その場にいる誰もが目で追えないほどの速度と正確さを誇り、覚醒者と同じく戦場を支配する力を持っていた。
カインは、かつて覚醒者として戦いの最前線に立っていた自分が、彼女の一閃を目にした時のことを思い出す。敵を瞬時に切り伏せるその技は、覚醒者でさえも一瞬で命を奪われる危険を感じさせるものだった。魔力を込めた剣が放つ一閃は、まさに雷のように鋭く、彼女が繰り出す攻撃は、まさに一撃で決着をつけるためのものだった。
覚醒者の力は神々から授けられた一時的なものだったが、レイナの強さは彼女自身が築き上げたものだ。その違いが、カインの目には強く映っていた。
覚醒者達の力が失われていく中でも、レイナの強さは揺るぎない。彼女は誰かの力に依存することなく、自らの信念と努力でその強さを手に入れた。
そして、それは自分の現在の境遇に似たものがあるとカインは考えていた。覚醒者としての力が残り続ける自分と同じように、彼女もまた魔王を倒しうるほどの力を今もなお、持ち続けている。
しかし、騎士団長として国に仕える彼女と覚醒者になるまで民間で魔物退治をしていただけのカインでは立場がまるで違う。彼女がカインの味方になってくれるのか、はたまた敵対することになるのか。
騎士団詰め所へ向かう間、レイナの無言の背中は、何も語ってはくれない。




