さらなる力
カインが前線へ向かおうと準備を進めていると、扉の外から重々しい足音が近づいてきた。足音はカインの部屋の前で止まり、すぐにノック音が響く。現れたのはザイルスだった。彼は無骨な鎧姿で、眉間にしわを寄せたまま、カインに鋭い視線を向けていた。
「カイン、上層部からお前への待機命令が出ている。前線に向かうな、と」
その言葉にカインは眉をひそめた。
「待機命令だと? 今、前線は危機に瀕している。俺が行かなければ誰が救うんだ?」
「それは上層部が判断することだ。お前にはその命令に従う義務がある」
ザイルスは冷たく言い放った。
カインの怒りは静かに燃え上がり始めた。いつもだ、いつも上層部は自分の利益ばかりを優先し、現実の危機から目をそらしている。命をかけて戦っているのは彼らではないというのに、どうして彼らの命令に従わなければならないのか。
「彼らはただ、自分たちの保身を図っているだけだ。俺が何もしなければ、リリスや仲間たちはどうなる? 俺の力を見せつけるために他国へ派遣したくせに、今度は命令を盾に俺を縛ろうとするのか?」
「カイン、これは命令だ。従わなければ叛逆とみなされるぞ」
カインはザイルスの言葉に一瞬ためらいを感じたが、すぐにその迷いは消え去った。彼には守るべきものがある。それを忘れてはならない。彼はザイルスの肩を振り払うと、冷静な声で言い放った。
「俺は仲間たちを見殺しにはできない。叛逆とみなされようが構わない。俺は行く」
ザイルスは何か言おうとしたが、カインは彼を無視して部屋を後にした。前線に向かうための準備を整えなければならない。彼の頭の中にはリリスや討伐隊の顔が浮かんでいた。彼らを守るため、全力で戦う覚悟は既に固まっている。
外へ出て厩舎に向かおうとすると、カインの背後から静かな足音が響いた。振り返ると、そこに立っていたのはアイシスだった。彼女は冷ややかな視線を投げかけ、微笑んでいた。
「行くんでしょ、前線に」
「ああ。急ぎじゃないなら話はまた今度にしてくれ」
カインが会話を切り上げようとするとアイシスはカインを制止した。
「ちょうどその話をしに来たんだ。馬で行こうとしてるようだから、覚醒者の力を使うようアドバイスしてあげようと思って」
「俺の能力は戦闘以外では役に立たないぞ」
カインは覚醒者としての能力で高速移動をする神速の脚というものを持っているが、神速の脚は長距離の移動には不向きだということを説明した。通常の短距離での加速には有効だが、長時間の高速移動となるとその限界がある。それが彼の知る範囲での力だった。
アイシスは彼の言葉に首を振った。
「研究室で見た君への神の力の影響は、尋常ではなかった。普通の覚醒者でもああはならないだろう。君が魔王を倒した英雄だと言っても限度がある。おそらく、魔王との戦いの時よりさらに君の覚醒者としての力は強力になっていると私は考える。今の君なら、今までの限界を超えられるかもしれない」
カインは訝しげに彼女を見つめた。
「どうすればいいと?」
「試してみてくれ。まずは覚醒者の紋様に意識を集中させるんだ」
アイシスの言葉に従い、カインは自身の紋様に意識を集中させた。腕に絡みつくような覚醒者の紋様が、まるで呼応するかのように輝き始める。光は徐々に強さを増し、その輝きとともに紋様が徐々に伸び始め、カインの首元から覗くほどまで侵食する。それに伴ってカインは体の内から力が溢れ出していくのを感じた。
「これは……」
「やはり、君の力は以前よりも強くなっているようだ。今なら神速の脚を使って、前線まで一気に移動できたりしないか?」
アイシスの楽しげに満ちた声に、カインは息を呑んだ。彼女が言う通り、今の自分は以前とは違う。覚醒者の力が限界を超え、さらに成長しているのを実感する。
「試してみる価値はありそうだ」
カインは決意を固めると、アイシスに短く頷き、地面にしっかりと足をつけた。
「紋様が形を変えるのは始めてみたが……興味深いな。帰ってきたらじっくり調べさせてくれ」
相変わらずのアイシスに苦笑したカインは、紋様に意識を集中させながら神速の脚を使おうする。すると、覚醒者の紋様がさらに強く光り輝き、次の瞬間、カインは地面を蹴り、一瞬で周囲の景色が流れ去るのを感じた。
風を切る音が耳に響く。カインの速度は以前同様目にも止まらぬ速度を出し始める。しかし、今までは維持できなかった時間が過ぎても体は軽く、疲労感も感じない。アイシスの言葉は正しかったのだ。彼の力は確実に強化されていた。
「リリス、待っていろ……!」
カインは心の中で叫びながら、前線へ向かってさらに速度を上げた。彼の目指す先には、仲間たちを守るための戦いが待っているのだ。




