研究室にて
カインは、アイシスが持つ研究室へと足を踏み入れた。古代の神々に関する文献や難解な魔道具が所狭しと並べられているその空間は、神秘的な雰囲気に包まれていた。棚には、巻物や本がぎっしりと詰まっており、床にはあらゆる実験器具が散らばっている。カインはその混沌とした空間に不安な気持ちを抱きつつも、同時に好奇心も揺さぶられていた。
「ここが私の研究室です」
アイシスはカインに背を向けて立ち、棚からいくつかの資料を引き抜く。
よく見るとそれはだいぶ古びていながらも丁寧な装丁がされているのがわかり、表紙も少し豪華な感じがする。
資料というより古めかしい魔法書のようにも見えた。魔法書は魔法の習得や発動を補助してくれる道具だが、彼女はこれから魔法でも使うのだろうか。
「神々の痕跡を探るために、これを使います。貴方にも一度見てもらったほうがいいでしょう。魔物の死骸に残る神の残滓を」
彼女がそう言って机に置いた魔法書は、古代の文字で書かれていた。カインがそのページに目を通しても、理解できないほどの複雑な文言だった。
カインが机の上で開かれた魔法書を見ていると、アイシスは無造作に上着を脱ぎ、薄手のラフな格好に変えた。カインは一瞬目をそらすが、彼女はまるで気にも留めない。
「……薄着すぎじゃないか?」
カインはつい声に出してしまう。
「え? あぁ、研究に集中していると服装なんてどうでもよくなるので。さ、実験を始めましょう」
アイシスは、自分が今していることに夢中になり、カインの反応など気にも留めず、魔物の死骸に向かって特殊な魔法をかけ始めた。
すると淡い光が死骸の傷口から立ち上り、空中に赤色の粉塵がきらきらと舞い上がる。それは、カインが今まで見たことのない種類の魔法のように見えた。
「これが、神々の力が絡んでいる証拠です。この魔法は、神の存在を感じるとかいう宗教儀式を改良して、神の存在や力を視覚的に表すという魔法に落とし込んでみたものです」
「それって……もしかしなくても相当すごいことやってるんじゃないのか?」
カインはより彼女の謎が深まった、と思いながらもその浮かび上がる光にに目を凝らした。
「別に、聞いて感じるほど大したことではありません」
アイシスは事もなげに言い、その間も自分のペースでどんどん説明を続け、今度はカインに近づいてきた。
「では、次は貴方に使ってみましょう」
アイシスはまた魔法書を片手にカインに手をかざした。
「ちょ…大丈夫なのかそれ…?」
「心配いりません。この魔法はさっき説明した通りのことしかできない完全に無害な魔法なので」
慌てて尋ねるとアイシスは安心させるように言ったが、カインはいまいち信じきれない。しかし、そうしている間にアイシスは呪文を唱え始めてしまった。
カインが諦め、心配そうな顔で見守っていると、突然目の前が爆発したかのように強烈な光で覆われる。
「おい!これのどこが無害なんだ!」
カインが腕で顔を守るように覆い、一歩後ずさる。撃ての間から周りの状況を素早く確認すると、青く輝く粒子が部屋全体に吹き荒れていた。
「これは視覚的なものだけで実体はないから安心してください。覚醒者の力は現代の神々に授けられたもの。その繋がりの強さが表れているんでしょう」
アイシスは眩しそうに手をかざしながらも冷静に説明する。
「そして、この魔法はざっくりとだけれど神の種類も見分けられます。古代の神々の存在や力は赤く、現代の神々は青く。ほらよく見てみてください」
アイシスは部屋の隅の方を指差す。カインはその先を視線で追い、目を凝らした。
「二つの光が混ざり合って紫がかっているでしょう。あなたが声が聞こえた、と言っていたのは本当に古代の神々の干渉だった」
アイシスは笑いながら教えくれる。
「なるほど……というかなんか楽しそうだな」
「私もこんなの初めて見ましたから!こんなの神話に言う新旧の神々がぶつかり合った場所でしか起き得ません!」
カインは少し疲れたような顔で興奮した様子のアイシスを見やる。
少しするとアイシスは落ち着きを取り戻し、本棚へ向かったかと思うと難解な研究書をいくつかカインに渡してきた。
「そうだ。これとかこれも読んでみるといいですよ。理解するのは難しいかもしれないけれど、あなたも少しは勉強したほうがよいでしょう」
「いや、これはさすがに……」
カインは苦笑しながら、手にした本の重さに少し怯えた。
アイシスは相変わらず自分の世界に没頭している。彼女のマイペースさと難解な魔法研究に振り回されるカインだったが、同時に彼女の知識と技術に圧倒され、神々の力についての理解が深まっていくのを感じた。




