不可解な痕跡
翌朝、隊の主要なメンバーを集めた会議で、リリスは昨日の状況について自身の考えを共有していた。彼女の瞳は鋭く、この状況に異様な何かを感じ取っていたようだ。
「昨日の魔物の襲撃、やはり妙だわ」
彼女は低い声で呟くように言い、何かを考えるように視線を巡らせた。カインは彼女の言葉を受け止め、少し眉を寄せてうなずいた。
「確かに、予測していたよりもはるかに手前で魔物の群れが現れた。しかも、散発的に少数と接敵したわけでもなく、あの規模の集団で……」
リリスは頷き、昨日の光景を思い返す。まるで津波のように我先にと押し寄せる魔物の群れを。
「このまま討伐を続けるのは危険かもしれない。一度、原因を調査するべきだと思うの」
リリスの提案に、カインは少し考えた後、同意を示した。討伐そのものは確かに重要だが、原因を突き止めずに進んでしまえば、より大きな危機に繋がる可能性もある。カインの任務は討伐だけではなく、魔王軍の残党による脅威の全容を把握し、その根を絶つことでもあった。
「そうだな。まずはこの地域を調査しよう。予測地点よりも早い段階での出現には、何か原因があるはずだ」
カインは指示を隊に伝え、討伐を一時中断し、調査に専念することに決定した。隊員たちは多少の困惑を見せたものの、カインの指示に従い、周囲の捜索に移行した。
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カインとリリスは討伐隊を連れ、魔物が現れた地点からさらに奥へと調査を進めた。山林の景色はどこまでも単調で、しかし、異様な不気味さが漂っていた。
「リリス、魔法でこの周囲一体を調べられるか?」
カインが慎重に尋ねると、リリスは魔法の感知能力を使い、手を空に翳した。魔力が空気を振動させ、見えない力が周囲を包み込むように広がっていく。
「周囲に私達以外の生き物の気配は感じられないわ。でも、空間の魔力に何か乱れのようなものを感じる……」
リリスの顔には不安が浮かんでいた。彼女が知る限り、このような違和感を経験したことはない。しかも、魔力の波動が不規則で、何かが異常に作用しているようだった。
その時、前方にいた隊員の一人が声を上げた。
「隊長! こちらに変なものがあります!」
カインとリリスはその声に急いで駆け寄ると、隊員が指差した先に目を向けた。そこには、半ば朽ち果てた魔物の死骸があった。しかし、その姿は異様だった。体の部位が異常に損傷しており、まるで何かに貪り喰らわれたかのように思える。
「これは……一体どういうことだ?」
カインは死骸に近づき、慎重に調べ始めた。傷跡は通常の戦闘で受けたものとは明らかに異なっていた。魔物の共食いにしても、爪や牙で切られた形跡ではなく、何か別の力が作用したようだった。
「これは、ただの戦闘の結果ではない……何か普通じゃない力が働いているみたいだ……」
リリスもまた、死骸を見つめながら考え込んだ。その時、ふと彼女の脳裏にある可能性が浮かび上がった。
「もしかして……魔物達はこのナニカから逃げてきて、私達と鉢合わせた?」
その言葉に、カインの表情が硬くなる。もしその考えが正しいとすれば、魔物の群れより脅威度の高い別の存在がいるということだ。事態は単なる魔物討伐以上の問題となる。
「まだ確証はないけれど、この魔物がこうなった原因が、自然のものではないことは確かだわ」
カインは黙って考え込んだ後、隊員たちに再び調査を進めるよう指示を出した。討伐隊は更に奥へと進み、いくつかの地点で同様の異様な死骸を発見した。そのすべてが異常な損傷を受けており、戦闘によるものではなく、まるで何か異質な力によって破壊されたかのようだった。
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「リリス、これは本当にまずい状況かもしれない」
カインは静かに言った。彼らの見つけた死骸は単なる予兆に過ぎないかもしれないが、それでも放置できるものではなかった。見えない何かがこの周辺にいる。それが、魔物の異常な行動と密接に関係しているとしたら——カインは、その考えに不安を抱かざるを得なかった。
「原因が何か分からない限り、先に進むのは危険だ。だが、この異常を報告する必要もある」
リリスは頷き、隊の帰還を提案した。
「そうね、一度、拠点に戻って作戦を再考するべきだわ。このまま突き進むのは、無謀すぎる」
カインも同意し、討伐隊に撤退の指示を出した。彼らは慎重に進軍を戻しながら、次なる一手を考えていた。




