変わりブランコ
「夏のホラー2024」投稿作品です!
「か~わって」
夜の公園、一人でブランコを揺らしていると後ろから女の子の声がした。気配のなく急に声をかけられ、ビクリと肩を震わしながら、歩はハッと後ろを振り向く。
そこには小学生くらいの白いワンピースを着た女の子が一人、歩の背後に立っていた。
「あ、あ、」
明らかに怪しい少女と相対して歩の口から言葉が出なくなる。
「か~わって」
再び同じセリフを少女に吐かれ歩は跳ね上がるようにブランコから立ち上がる。ブランコがキィキィと音を鳴らして揺れる。
「ありがとう」
と可愛らしい笑顔を向けて少女はブランコに手をかけて座る。
途端に歩の体から力が抜ける。貧血に似た症状が歩に起こり、目の前が真っ暗になる。
そして次に歩が目を覚ました時、歩はブランコに座っていた。夜であったはずの公園は太陽に照らされ明るくなっていた。
ゆらゆらと揺れるブランコ、先程まで着いていたはずの足がプランと中に浮いている。しかも、それだけじゃない、着ていたはずである学校の制服は白いワンピースになっていた。
「私、変わってる……」
漏れ出た声音もより幼い声色に変わっている。鏡がないからハッキリと分からないが、あの背後に立った少女の姿に変わっていた。
――噂は本当だった。
夜に公園のブランコに乗っていると変わり番ん子の順番待ちをしている人物に背後から声を掛けられる。
その人物とブランコを交代すると気付けば体が入れ替わっているという事だった。
入れ替わったはずであれば、歩の体の中には逆にこの体の持ち主である少女の心が入っているはずである。しかし、歩の姿はもうなくどこかへ消えてしまっていた。
それでも歩に不安はなかった。体が何処へいこうがもう構わなかった。彼女の目的は達成出来た。彼女が彼女でなくなったのであればそれで良かった。
ブランコからおりた歩はすぐに走り出した。急に小さくなった体格での移動は想像以上に頼りなく、自分の小学時代はこれ程動きずらかったのかと思う。
これは彼女の心に不安をもたらす。この体で大丈夫か、目的は達成できるだろうか、と。
目的地へと真っ直ぐ向かっていた歩は途中にあるコンビニに立ち寄った。
何度も何度も訪れた事のある、嫌な思い出の場であり安寧の場であった場所。
歩がコンビニに入ると、小学生の少女が一人で入店して来た事に店員は少し眉を潜めたが、すぐに気にならなくなったのか少女の姿になった歩から目を離した。
それを察した歩はドリンクコーナーへ向かい扉を開ける。
――あいつが好む酒が下の段で良かった。
と、小さくなった体になった内心でそう思いながら歩はそっと酒の缶を一つ手に持った。そして日用品のエリアで見かけた商品も持つと、別の客が出ていくのと一緒に後ろから付いて出て行った。
万引きした事に罪悪感を覚えたが、これからしようとする事に比べれば一般的にはマシな事のように思えた。
このコンビニまで来てしまえば目的地まであと少しであった。
見慣れたボロいアパートの階段を登り、204号室の扉の前までいく。呼び鈴が手の届かない位置にある為、歩は力の限りにドアを叩いた。
「ごめんください!」
と、叫びながら。
すると、ドアの奥からドスドスと重たい足音が聞こえてくる。
「何だ! 誰だ⁉」
と、苛立った声がドア越しから聞こえてくると思えば鍵が開く音に次いで扉が開いた。
「あ? なんだお前?」
脂ぎった丸々太った髭面が訝し気に歩を見下ろす。
「あの、歩ちゃんに頼まれてこれを」
「アイツから?」
疑いの目を向けたまま、歩の手に持った酒の缶を見る。
「ちっ、こんなガキに頼み事しやがって、帰ったらお仕置きしてやらねえとな」
その顔は酷く醜く歪でいる。その下卑た笑いに歩は身震いする。
――私が妹を守らないと……
「あっ」と歩は酒の缶を落とす。するとコロコロと転がり足に当たった。
「おい、何してやがる」
舌打ちしながら男は酒の缶を拾おうと屈む。少女の体になった歩の丁度真ん前に無防備になった男の首が差し出された。
歩はコンビニから万引きしたもう一つの商品であるハサミをその小さな両手に掴んで男の首に目掛けて振り下ろした。
絶叫する男の背中に回り歩は何度もハサミを振り下ろした。
ピクピクと痙攣して白目を剥いた男を見て歩は立ち上がる。
「バイバイ、お父さん」
と、一言残して赤く染まったワンピースを翻して歩はその場から去って行った。
「か~わって」
ブランコに乗った少年に向かって歩は言う。
前の体がどうなったかはもう分からない。
だが必要とする人間にこの体は流転していくのだった。
読んでいただきありがとうございます!今回のお話は「好む」「変わり番子」「流転」の三つの単語から書きました!