選手達の帰還
その日、全国大会に向けた特別強化合宿を終えた代表選手達が、聖バスティアーナ学園に帰ってきた。
午後の授業を終え、帰還する彼女らを学校を挙げて迎え入れようと待ち構える生徒や教師達の元へと。
どの選手達も自信に満ち溢れ、そのオーラは既に優勝を約束されたと見る者に確信を抱かせ――などという事は一切無い。
だが、やれる事は精一杯やったという満足気で晴れやかなその表情は、合宿の成功と成果を予感させるに十分ではあった。
バスから降りた十二人の選手は自分達を取り囲む熱狂に一瞬驚いた様子を見せ、だがそちらに軽く手を振ると今降りたバスへと振り返る。
「それでは全国大会で!」
「「「「「全国大会で!!」」」」」
車内から手を振るメイド達を乗せたバスがロゼメアリー学園へ向けて走り去るのを見送った代表選手達は、出迎えてくれた学園のみんなへと振り返り、そして――
「「「「「ただいまっ!!」」」」」
「お疲れさまでした。合宿はいかがでしたか?」
学園長室、帰還の挨拶を終えたマキエ先生と担当教員達に白砂学園長が優しく声を掛けた。
「実りあるものになったかと思います。間違いなくあの子達は日本中を大いに驚かせ、沸かせる事になるでしょう」
その自信ありげなマキエ先生の宣言、そして教員達の表情に大いに興味をそそられた学園長は、
「それでは早速聞かせていただけますか」
そしてそれから小一時間、学園長室は大いに沸き、そして驚きに満ちる事になった。
「お帰りノア」
「ただいまライム、何だかすっごく久し振りな気がするよー」
ノアの屈託ない笑顔につられ、ライムもまた笑顔レベルが上昇する。
「『気がする』じゃなくって実際に久し振りなんだって。まったくノアは相変わらずちょっとずれてるんだから」
「ええー? その反応はちょっとヒドくない?」
そしてここからライムが一番気になっていたこの話題に。
「で? 合宿はどうだった? 私がいなくて寂しかった? それとも私の事なんて完全に忘れてアカリと楽しくやってた?」
ライム自身は寂しかった、を通り越して脱力感と戦う毎日だった。初めのうちはまだよかったが、日を重ねるうちにそれを実感するようになる。『心にぽっかり穴が空く』状態とはこの事だったかと。
そして不安になる。
嘗て見てきた気弱なノアを思い出せば、自分がいなくて寂しく感じていないだろうか、困っていないだろうかと。
最近の一人立ち著しいノアを思い出せば、新しい仲間達と楽しく過ごすうちに自分の事などすっかり忘れてしまっているのではないかと。
だから心の不安を笑顔で覆い隠し、いつもの冗談のように軽い雰囲気を出せるように精一杯頑張ってノアに聞いてみた。自分の心をぶつけてみた。
そして返ってきたノアの答えは――
「ありがとうライム! やっぱりライムは私の一番の親友だよ!! 心のお姉ちゃんだよ!!」
「え?」
以外な程のテンションの高さに、一瞬心が追い付かない。
そしてノアの言葉は続く。
「私ね、合宿でどれだけ頑張っても全然上手くいかなくって、それで凄く悩んでて……もしかしてもうダメなんじゃないかって、すっごく不安になってて……そんな時にエリカ先輩にアドバイスしてもらったんだ」
「師匠、に?」
話の意外な展開に思わず訊き返したライム、その脳裏には合宿前にエリカ師匠と交わした会話が――
(ああ、そういえば……)
「それでね、エリカ先輩が言ってたんだ。ライムが私の事をお願いしてたって。それに私なんかよりライムの方がずっと悩んでずっと努力してるって。それと比べたら私の頑張りなんてまだまだ全然だって」
「エリカ師匠、私の事そんなふうに……」
自分の頑張りを師匠がちゃんと見ていてくれたという事に胸が熱くなる。
「それでね、ライムの『げんぷーを信じて』って伝言を伝えてくれて。それからその意味をエリカ先輩に教えてもらって。それで私、それを乗り越える事が出来たんだよ!」
「そっか……」
伝わってたんだ。師匠にも、そして……ノアにも。
「だからありがとうライム! 大好きだよー!!」
最後はストレートな言葉と一緒に抱きついてきた。
そんなノアに気付かれないようにそっと涙をぬぐいながら、声を震わせないように慎重に――
「まったくもう、ノアはいつまで経っても私がいないとダメなんだから。私だっていつまでもノアのお姉ちゃんじゃいられないんだからねっ」
「あはは……ライムお姉ちゃーん」
むしろ救われたのは自分なんだよと、心の中でそう繰り返しながら……
「カナカナおかえりー!」
「ただいまマイカ」
マイカはカナタの様子に、意味ありげな笑顔で言葉を紡ぐ。
「うむ。短い合宿じゃったが、しっかり成長してきたようじゃな」
冗談めかしたその口調ではあったが、それは紛れもなくマイカの本心だった。
どことなくオドオドとした感じは鳴りを潜め、小さな、だがはっきりと自信を感じさせるその雰囲気は、出発前のカナタにはなかったものだ。
(成長、か……)
目標を達成したのか、困難を乗り越えたのか、自分の心の置き場を見つけたのか。
何れにしても、この合宿はカナタにとって素晴らしいものとなったようだ。
そしてそれは同時に――
(差、つけられちゃったな)
学校の代表に選ばれた事だけじゃない。
それに相応しい自分になろうと努力し、納得できる成果を上げて帰ってきたこと。
それはとても素晴らしい事で、羨ましい事で、そして――
「聞かせて。合宿でどんな事があって、どんな事をしてきたのか、さ」
そして自分も一緒にそこを目指す。彼女の隣に建ち続ける為に!
十二人のメイド達を乗せたバスがロゼメアリー学園に到着した。
こちらでも生徒達の盛大な出迎えがあり、三人のロゼリア達を筆頭に選手達が感謝を述べ、そして全国大会での活躍を全校生徒の前で約束した。
「ただいま、マックスローズ号」
出迎えが解散すると、三年生の江見川カミエは一人校舎裏にある厩舎の馬房に向かい、相棒に声を掛けた。
「ぶるるるる」
嬉しそうな仕草で応えたのは、明るい栗毛の綺麗な馬だった。
その馬――マックスローズ号は馬房から頭を出し、カミエに顔を摺り寄せる。
「久し振りに会えたのが嬉しいのですねマックスローズ号。ええ、私ももちろん嬉しく思っているのですよ」
カミエは馬術部に所属しており、一年生の頃からマックスローズ号を馬術競技の相棒としている。
毎日のようにマックスローズ号と顔を合わせ言葉を交わし、そして騎乗してきた。
なので当然合宿中においても一人の時間はほぼ必ずマックスローズ号の事を気に掛けていた。
そんなマックスローズ号に今日やっと再会を果たしたのである。
「あら? 少々足元が荒れているのですね。メイド魔法【ボロ除去@清掃】」
発動したメイド魔法により馬房内のボロがボロ箱に移動すると同時に藁の汚れも除去され、マックスローズ号はカミエに礼を言うように軽く嘶いた。
それからカミエはブラシを片手に馬房に入ると優しくブラッシングを始め、人馬共に幸せな時間を過ごしたのだった。
二年生の篝火アヤナは、自動二輪部に所属している。
これは、プロのレーシングドライバーである父親の影響が大きい。
サーキットで車を動かす父親を見て育ったアヤナは、子供の頃からレース場でカートや小型バイクの運転に慣れ親しみ、そんな娘の姿を嬉しく感じた父親もまた、積極的にアヤナへの運転の機会を用意したのである。
このまま成長すれば将来は女性レーシングドライバーになるかと思われたアヤナだったが、ここでちょっとした運命のいたずらが起きる。ある日、ふと目にしたテレビ番組で執事やメイドの持つ運転技術が紹介されていたのだ。
中でもアヤナが感動したのは、可愛いメイド服を着たメイドさんが大型バイクに跨り、プロレーサーと壮絶なデッドヒートを繰り広げる姿。
そしてこの時、アヤナの夢は世界最速のメイドとなったのである。
「ああ、やはりこうしている時が一番落ち着くな」
部室の片隅で自らのマシンのメンテナンスを行い、留守中に状態が変化していないか確認する。ブレーキを握った感触、エンジン音、サスペンションの沈み具合、そしてオイルの焼ける匂い。
アクセルを回せばエンジンは軽く吹け上がり、その音にアヤナは満足げに頷くとエンジンの火を落とした。
全国大会は固定の競技に加え、毎年ランダムで一種類の追加競技が行われる。
その追加競技が発表されるのは開催の一週間前と決まっており、それが全国大会の勝敗を左右する要因となる事もあって多くの話題を呼んでいる。
そして合宿から戻った翌日こそが大会の一週間前、追加競技発表の日である。
その日、今年の追加競技は大会初日に行うバイクレースであると発表された。
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