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汚部屋のラジカセ

作者: 彩葉

 片付け下手の両親に頼まれた俺は、断捨離を決行するべくわざわざ有給を使って実家へと帰省した。

正直面倒くさい以外の何物でもないが、一足早い夏休みだと思う事としよう。


「じゃ、頼んだぞ。書類とか大事そうな物は捨てんなよ」


「わーってるって」


「私の服とか鞄は捨てないでね。明らかなゴミだけ捨てるのよ」


「わーったっての!」


「あ、あと荷物や来客の予定は無いから、誰か来ても開けちゃダメよ。こんな汚い部屋、見せられないんだから」


「俺は小学生か! いーから早く行けって!」


 空き箱やら空き瓶すら中々捨てられない母がいては片付かないという事で、父が提案したのは夫婦水入らずの一泊旅行である。

一人息子に片付けを押し付けて温泉とはいいご身分だ。

せいぜいツヤツヤになって帰ってくるがいい。


 両親の背中を押して家から追い出した俺は、やれやれとスマホを取り出した。


「あ、もしもし春夫(はるお)? 今親が出掛けた。もう来て良いぞ」


──おー。今コンビニだからすぐ行くわ。


 プツリと通話を切り、俺は「さて」とタオルを首に巻いた。

誰が一人でやるか、こんな大仕事。


 両親には助っ人を呼ぶ事は言っていない。

そんな事を言おうもんなら「みっともない所を人に見せるなんて」と怒られるのは目に見えているからだ。


 ちなみに春夫は大学時代の友人で、とにかく気の良い奴である。

人ん家の片付けを酒付きの一宿一飯で引き受けるなんて、少なくとも俺には真似出来ない。




「うーっす。お邪魔しまーす」


 十分程でやって来た春夫を招き入れ、本格的な片付けに取り掛かる。

あまりにもぐちゃぐちゃに物が積み重なった部屋の惨状に、春夫は腹を抱えて笑った。


「やっべーな、これ。テレビで見る汚部屋じゃん!」


「うるせ。俺もここまでとは思わなかったっつーの」


 流石に生ゴミなどはないが、とにかく散らかっている。

脱ぎ捨てられた服に新聞チラシ、使いかけのポケットテイッシュ──

俺達はそれぞれ足場を広げるべく作業を分担した。


「とりあえず俺は服とか布系集めるわ」


「んじゃ俺は明らかにゴミなヤツを袋に入れてくな」


 黙々と──とまではいかないものの、言葉少なに作業を進めていく。

早くも服の山を築き上げた俺は、今度は紙類をまとめ始めた。


 しばらくガサゴソと陣地を広げていると、春夫が「おぉ」と変な声を上げた。


「なんだ、虫でも出たか?」


「いや、なんか凄ぇレトロなモンが出た」


 よいしょと荷物の中から引き出されたのは、横幅が四、五十センチ程の黒灰色のラジカセであった。

シンプルでゴツいデザインだ。

絵に描いたような「昭和アイテム」感というか──初めて見るのに懐かしさが凄い。

春夫も物珍しげな目を向けている。


「古そうだな。親父さんのか?」


「さぁ……でも俺、今までこんなのが家にあるなんて知らなかったけどなー」


「ご両親の部屋だし、偶々知らなかっただけじゃね?」


 音出るかなー、とボタンを操作する春夫につられ、俺も作業の手を止めてラジカセを覗き込んだ。

少し位休んだってバチは当たらないだろう。


「これカセットテープも聞けるんだな。上の列が録音とか再生ボタンで、下の列がラジオとか音量関係のボタンぽい」


「へー、カセットとか少し前に流行ったらしいけど、俺は馴染みねぇなぁ」


 音楽なんてスマホありゃいくらでも聴けるし。

ラジオもちゃんと聞いた記憶は皆無と言って良い。


 だが春夫はレトロ趣味に興味があるのか、チャンネルとやらを合わせようと右手でダイヤルをグリグリ回し始めた。

左手でニュッと伸ばされるアンテナがチープなSFっぽくて少し可笑しかったが、特に魅力は感じられない。


──ザザ、ザザザ……──


「おぉ」


「わ、音出た!」


 雑音の酷さはともかく使える事が分かり、俺達の目と耳はラジカセに集中する。


──ガガ……に……ザザザ──


──ザザ、ガガガ……だがザザ……の──


 雑音に混じって男の声が小さく聞こえ出し、ダイヤルを回す春夫の手が僅かに止まる。


「んー、上手く合わねぇなぁ」


「この部屋電波悪ぃのか? ニュースかな。音楽が聞きてぇなぁ」


 悪戦苦闘しながらも、どうにか声が比較的よく聞こえるダイヤルの角度を見付けたらしい。

ついでとばかりにアンテナをチラチラと動かした瞬間、鮮明な音声がラジカセから放たれた。


──思ったより道が混んでるし、宿に着くのは二時間後って所だな。


──うーん、寝ちゃいそうだわ。


──おいおい、人に運転させておいて寝る奴があるか。


「は? 親父!?」


 聞こえてきたのは俺の両親の声だった。

思わぬ音声に固まる俺につられて驚いたのか、春夫は即座にダイヤルを動かした。


──ザザ、あーあ、もうダメになっちゃった。ガガガ……新しいの用意しないと……ザザ──


──あーあ、ザザ……つまんないのー。


 知らない男の呟きだ。

誰だと思う間もなく鈍い音が二回聞こえた所でダイヤルが回される。

どうしたのかと顔を上げると、春夫の顔色が酷く悪い事に気が付いた。

ついでに言うと汗も凄い。


「うわ、春夫。どうしたんだよ一体」


──うわ、春夫。ザザ、どうしたんだよ一体、ザザッ……


「は?」


──ガガ……は?


「え、え?」


──何? ザザ──


 ラジカセから聞こえてきた俺達の声。

訳が分からずポカンとするも、動きは春夫の方が早かった。


 カチリ。


 電源を落とした春夫は暫く険しい顔で考え込むと、何を思ったのかラジカセをひっくり返して電池カバーを外しだした。


「お、おい春夫?」


「……なぁ、これはどういう事だ?」


 そこにはぽっかりと大きな穴が空いており、電池が入っていなかった。


「はぁ!? 電池もねぇのになんで音が……」


「それに加えてさっきの声。どうなってんだ?」


 電池カバーを戻す春夫の指が小刻みに震えている。


「も、もしかして盗聴器って奴か? でもまさかそんな……」


 俺の両親、又はそのどちらかがヤバい奴説。

嫌な考えに震えが走るが、春夫は俺とは違う意味で恐怖を感じたらしい。


「これ、とりあえず部屋から出しとこうぜ。気味悪ぃ」


 言うが早いか、春夫はラジカセを玄関の靴箱の前に移動させてしまった。

異論はない。


 まるで通夜のような重苦しい空気の中、俺達は最速で片付けをこなしていった。

とにかく早く終わらせて、あのラジカセをゴミに出してしまいたかったのだ。




「……はぁ、やれば出来るもんだな」


「最初は明日までに終わるか心配だったってのにな」


 時刻は深夜零時。

途中で食事や風呂を挟んだりしたものの、ほぼ休まず作業を続けた結果、両親の部屋は見違える程スッキリと片付いた。


 服の山を畳む春夫を横目に、俺はタオルや下着、靴下なんかを洗濯カゴまで持っていく。

流石に親の下着を友人に任せるのは気が引けるしな。


「あれ?」


 何となく気になって玄関を覗いた俺は、ラジカセが消えていた事に気が付いて目を疑った。


「なぁ春夫。ラジカセどっかに動かした?」


「は? 動かしてねぇけど、何で?」


「玄関にねぇんだよ」


 怪訝な顔で玄関にやってくる春夫に「ほら」とラジカセがある筈の場所を指し示す。

俺も春夫も軽口は叩くが変なイタズラはしない性格だ。

それを互いに分かっているからこそ、嫌な沈黙が訪れた。


「……どうする? ぶっちゃけお前ん家、怖いんだけど」


「俺もだよ、クソッ」


 実家が怖いなんて事、そうそう無いだろう。

酒でも飲んで朝を待つか、家を出てどこかで暇を潰すか──


 少し悩んだ末、俺達は二十四時間営業の漫画喫茶に逃げる事にした。

貴重品を持ち、戸締まりをしっかりして外に出る。

玄関の灯りや道沿いの街灯が心許ない光を放つ以外、光源はない。

不安を煽る暗い夜道だ。


 さて行こうかとガレージを横切った瞬間、俺はふと自分の車の中に目をやってしまった。


「……マジ?」


「どうした?」


 足を止めた俺に倣い、春夫も車を覗き込む。

運転席にはあの黒灰色のラジカセが置いてあった。


「「……」」


 俺達は無言で漫画喫茶へと直行し、朝一番に実家へと戻った。

本当はそのまま帰りたかったのだが、車を置いていく訳にもいかないのだから仕方ない。

最後まで付き合ってくれた友人に感謝である。


 あいにくこの日は燃えるゴミの日だったけれど、気にしてる余裕はない。

ラジカセはそのままごみ捨て場に出して忘れる事にした。

部屋の整理整頓は予定の六、七割しか終えられなかったけど、もう知らん。


 こうして両親の汚部屋の片付けは慌ただしく幕を閉じたのだった。




 さて、その当時では本当に不気味で怖いと思った体験でも、喉元過ぎれば「不思議だなぁ」程度の出来事となる。


「そういやお前、うちの両親が盗聴してるかもって話、誰にも言わなかったよな。ありがとな」


 やっぱ良い奴。

改めて礼を告げると、春夫は曖昧な反応で顔を顰めた。


「……お前、気付いてなかったんか」


「? 何が」


「ご両親らしい会話の後に聞こえた男の声……後ろで苦しそうな女の泣き声が聞こえたろ。『痛い、助けて』って」


「はぁ!?」


 男の声と雑音に気を取られていて気付かなかった。

確かあの後すぐに鈍い音が聞こえたんだったか──

嫌な想像をしてしまい、背中を冷たい汗が流れる。


「それにあのラジカセから俺等の声が聞こえた時も、俺等じゃない声が聞こえてただろーがよ」


 そうだったか?

もはやどんな事を話したかすらよく覚えてない俺に、春夫は呆れた様子で「気付かなかったんなら別に良いけど」肩を竦めた。


「ずっと雑音の中に女の啜り泣きみたいのも聞こえてたし、ありゃあ絶対ただの盗聴音を拾った音声じゃねぇよ」



 小さく唇をわなつかせる春夫に返す言葉が見つからない。

結局、俺達が聞いた音声はなんだったのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんも解決しないしわからない実録感がいいです! 実家という身近で安心出来る場所の怪異! こういうの大好きです。
[一言] さらに、があったのですね! 何もないのなら、事情は探らない方がいいのでしょうね。読ませていただきありがとうございました!
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