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ギルマスの素顔




「そうよ〜。仕事前に飲ませたのもこれ何だけど……余りの不味さと量の多さにほぼ気絶しちゃうのがね〜」




「気絶……」




 あの液体の音の後に訪れた静寂はそう言う事だったのか…とミディは心の中でニーゼンに合掌した。


 確かに気絶すればその分症状は出ないだろうが……


 ゲーネンに味見しても良いかと断りをいれ、恐る恐る指先につけたその液体をぴろりと舌で舐め取る。




「──ッ!?ぶえっへぇッ!?にっがしっぶッ!!まっずい!!!!」




「はい、お口直し〜」




 これを予期していたであろうゲーネンがそっとコップに入れた飲み物を目の前に出すと、ひったくるが如き速さでそれを急ぎ口へと運ぶ。


 例えようも無く不味い薬の味に脳みそがチカチカしながら、なんとか喉奥へと洗い流した。




「不味いわよね〜。私もそう思いながら作ったんだけど〜」




「副ギルドマスターが作ったんですか!?」




「ゲーネンで良いわよ〜。私もミロディアさんと同じ木属性なんだけど……〝放出系〟だからそんなに細かい調節が出来ないからこんなのしか作ってあげられなくて……」




 そのゲーネンの言葉にハッとした。


 何故ギルドマスターが自分を……別の部署に志望していたミディをわざわざ【秘書】に選んだのかが。


 そしてあんなに辛そうにしながらも、事細かく説明し、朝会った時のように弱っていたのは──




「以前も【秘書】に選んだ子もいたんだけど……あの症状のせいでろくに説明が出来なかったのよ〜。それを挽回するんだっーってあの薬飲みながら資料まとめて覚えたせいで無理が祟ったのね。体力が落ちたせいであの症状、マスクで分からなかったと思うけど酷いクマなのよ」




「……」




 ふと目線をそのジョッキに並々と入った液体に移す。


 気付きはしなかった。妙にくしゃみの度にメモが取りやすいと感じた筈だ。


 あれは事前に自分の症状を把握して、ここまでを説明しきる──と言うのを練習してあったのだ。


 あんな……好んで飲みたくもない物を飲み続けてまで。




「…ゲーネンさん、私の趣味で作ってる果実水ジュースがあるんですが……魔道調合室でも作っても良いですか?ここなら──〝その薬も美味しく作れそう〟です」




「…!ええ!良いわよ〜!その果実水ジュース、私も飲んで見たいわ〜!」




「是非!それじゃあ早速この薬の元になってる物、見せて下さい!本気で美味しいの作ってみせます!!」







「毎度あり〜」




「すみませーん、あたしもこのジュース一つぅ」




「はいはいお嬢さん、少しお待ち下さいね〜」




 街の中の角、木陰にひっそりと開かれた出店にちらほらと人が並ぶ。


 果実を搾った、美味しいジュースの出店。


 最近開かれたにも関わらず、顔立ちの良い色男が店長という事もあって人は尽きる事は無い。




「あ、あったあった。〝最近流行りの水色のジュース〟、お兄さんこれ一つ下さーい」




「ええ、こんなのが流行りなの…?毒々しいこれが…?」




「ははは、見た目だけだよ。喉からスッキリするよ、はいどうぞお二方」




「…あ、美味しい……でもなんか…んん?気のせいかな?…まぁ美味しいから良いや」




「ねー、美味しいよねー。しかもこの後のご飯とお酒がめちゃめちゃ美味しいんだよ!食べに行こう!」




「本当に…!?行こう行こう!」




 片手にその水色の飲み物を持った二人の女性はそんな事やわ口にしながら、近くにあった酒場へと向かう。


 また来るであろうお客の為に、とある木材を加工して作られた半透明な入れ物を用意しながら、柔和な顔の男は小さく呟いた。




「……〝染み渡るまで〟、もう少し…かな……」




 表情に貼り付けた、柔らかな笑みの向こうに怪しい光を灯して。








「うー。んぁー、じ、じごどが……(要約:仕事が)」




「あっ!やっぱりベットから抜け出してるわ〜!」




「本当だ…あんなずびずびと苦しそうにしながら机に向かっていずってるなんて……えっ、ていうか本当にニーゼンさん?」




【魔道調合室】から帰って来た二人は「絶対に起きたら無理して仕事をしようとしてる筈〜」とゲーネンの予想通り、鼻からつぅ、と液体を垂らしそうになってるギルドマスターのニーゼンを目撃した。


 マスクをしていない、〝素顔のニーゼン〟の姿を。


 さらりとした、宝石のように透き通ったグリーンの髪は重力によって下がり、いつも付けているゴーグルの代わりに目を隠し、イカついマスクがあった顔は童顔。


 いつも通りのギルドマスター用であろう黒いコートを着ているものの、鼻炎で弱ったその姿は童顔も相まって見た目以上に幼い。




(うわ、いじめたい)




「それじゃあお薬を飲んでその大好きなお仕事しちゃいましょうか〜。はぁい、ついさっき出来たばっかりのこのお薬〜」




「イヤイヤ、今はイヤぁ〜!」




 被虐心ひぎゃくしんがふつふつと湧いて来たミディを尻目しりめに、たぽんと小瓶に揺れる薄緑の液体を右手に携えてゲーネンがじりじりとその園児と化したギルドマスターに近寄る。


 ニーゼンの小さな体格も相まってこの一場面はとても危ないように見えるがどちらも成人、合法である。




(…この気持ちは一体…ッは!これがセレナの言っていたおねショタ…!)




「さぁ〜お薬飲みましょうね〜」




「イヤーッ、ほご、もごごごご…ご?」




(やはり容赦無いのねゲーネンさん!だが私は止めな…げふんげふん止める事は出来なぁああい!!…私はゲーネンさんのいち部下でもあるのでー!)




 自分の何とも言えない気持ちに気付きながら、ずりずりと床を擦って逃げるのもお構い無しにゲーネンがむんずとほおを掴み、開けた小瓶を口へと突っ込んだ。


 流れるような動作に連動するように小瓶の中の液体がこぽこぽと、嫌がるニーゼンの体内へ入っていく。


 ふと、ニーゼンのバタめいていた両手足がぴたりと止まり、静かにその液体を飲み干して一言呟いた。




「美味い…だと!?」




「あっ、良かったー。ニーゼンさんにも美味しい言って貰えたー」




「効果はどう?ミロディアさんが改良した鼻炎薬の効果は?」




 その感想にほっと胸を撫で下ろしつつ、あの弱体モード終了かとミディはその気持ちをそっと胸に閉まった。


 やがて、ふんすふんすと鼻息を鳴らすニーゼンの声が聞こえる。




「鼻が通るぅ!鼻水が止まってるぅ!頭痛もしないぃ!!よぉぉっし!!……あれ?」




 起き上がったと思った途端、何かにつまずいたようにぱたむとその場に倒れるニーゼン。


 ターコイズブルーの髪から覗かせる空色の目をぱちくりとさせると、目の前にある自身の左手、そして手足が痺れて力が入らない事に気付いた。




「ほんとだ仕事しようとしてる」




「ね?だから〝アルラウネの花粉〟混ぜて良かったでしょ?」




「〝アルラウネの花粉〟って…麻痺薬になる奴ぢゃないかろうちていれる」




 しびしびとした感覚が徐々に口元にも来て舌ったらずな口調になりながら、何故だとゲーネンへとジト目を送った。


 もちろんそうした理由があるゲーネンはにっこりとした笑顔をしながらずい、と伏せる彼に近付く。




「寝 て な さ い」




「…ひゃい」




 体調崩している癖に働こうとするいつもより更に小さなギルドマスターに、笑顔による圧力が彼の目元を潤ませた。




(こっわ)




 一瞬彼女の背後にドラゴンのようなモノが見えたような気がしたミディは震えながら運ばれてくギルドマスターを黙って見つめ、改めてゲーネンさんを怒らせるべからず、と心に強く刻み混んだ。


 そんなこんなで鼻炎に苦しむニーゼンの薬を改良しつつ、忙しい【秘書】の仕事を務めて数週間の日数が経った。


 今日は待ちに待った給料日、輝かしく豊富なその【ベッセル】という腕時計型の魔道具に浮かぶ金額にニマニマと笑みを浮かべながら休日、お買い物をする為に友人でありルームメイト兼同僚のセレナと共に街へ足を運ぶ。




「……んふふふ…んふー」




「キモいからやめな」




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