辛(つら)そう…でも助かる…
…
「失礼します!……おお、予想よりもすっきりしてる」
広めの一室に大きめの机と椅子。その目の前に客人用の四角いテーブルと対面して話せるようなソファが二つ。
どっさりと書類があると思っていた、ギルドマスターの部屋は存外すっきりと整頓されてされており、うー、と眉をひそめ、少し苦しそうなギルドマスターことニーゼンが相変わらずのゴツいマスクをして椅子に腰をかけていた。
今日は仕事の説明やらやる業務やらを教えてもらう事になっている。
ギルドの制服に、鮮やかな紫色の髪をお気に入りの銀色のバレッタで留めた、ミディの元気の良い挨拶の後にぽそりと呟いた声はニーゼンには届いていない。
「ぐす、いらっしゃいミロディアさん。元気なようで何よりだよ。……ぐす」
「ギ、ギルドマスターは相変わらず苦しそうですね。大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。普段は僕の事はニーゼンで構わないよ。会議とかお偉いさん達がいる時だけで……ふぇ、…ふぇ……ふぇ〜……出なかった」
(少し可愛い……)
しょぼんとするニーゼンの様子にそんな事を思いつつ、説明を再び聞く為に意識を切り替えるべく、そっと懐のメモ帳を取り出す。
するとそこから飛び出すのは怒涛の説明だった。
「それじゃあ【秘書】の仕事を説明するけど…お、既に準備済みだね。えと、基本的にやってもらうのは僕の書類の〜〜を〜〜して〜〜──」
「わわわ」
「ッぷしッ!!…うー、ごめんね。えと、次は…依頼なんだけど〜〜とかがあったら〜〜して──ッぷしッ!!」
(メモが間に合わなそうなのにくしゃみのおかげで間に合っている…!)
必死に手を動かして慌てていたが、所々で挟まれるくしゃみという待ち時間のおかげでしっかりとメモが取れていた。
内容としてはギルドマスター宛ての書類の選別、高難度依頼の処理、そして……
「う〜〜ずび。後は〝僕の薬の調合〟を手伝ってくれると助かるかな?」
「く、薬の調合…ですか?」
「そう。僕のアレルギーである魔素アレルギーの薬は手作りでね。副ギルドマスターに頼んで作ってもらってるんだけど流石に忙しくなるこの時期に頼みっきりなのは無理だからさ」
「ええ!?手作りの物を私が!?無理です無理です!!」
ギルドマスターの言葉にミディは目を大きくさせながら両手を目の前で左右にぱたぱたと振った。
ミディの反応は最もである。
魔素アレルギーという初めて聞いた症状の薬を作るなど、一般人であったミディが携わるのはお門違い……の筈だが?
「ッぷしょっ!うー、大丈夫大丈夫。副ギルドマスターと同じ【木属性】の君なら問題ないと思うよ。それが君を【秘書】に選んだ一番の理由でもあるんだ」
「え?副ギルドマスターも【木属性】何ですか?それが薬とどういう──」
「まぁ見た方が早いよ。着いてきて」
「ああ、待って下さい!」
つかつかと意外と足の速いニーゼンの後ろを追って行くと、たどり着いたのは一つの古ぼけた部屋。
部屋名は書いてあるにはあるのだが掠れて読めない。
ぎぃ、とした古めかしい音が開けたドアから響くと、「ちょっと待っててね、今明かりを点けるから」とニーゼンが暗闇に閉ざされた空間へ躊躇うことも無く足を踏み入れた。
つかつかとニーゼンが部屋に入って数秒、ふわりとした照明が部屋の全貌をミディの眼前に映す。
「……!これは…!?」
「ようこそ【魔道調合室】へ。さぁ、中に」
にこにことニーゼンが手招きするミディの眼はその彼異常に煌めいていた。
その場に広がっていたのは──机の上に広がる無数の魔道具達であったのだ。
煙を燻らしながらゆっくりと左右に揺れる鈍色と翡翠色に彩られた透明な容器の中の振り子。
ぽこぽこと心地よい音を出しながら白いふわふわとした輪を作る三つ首の艶々した空色の置き物……等々。
初めて見る、〝自身が好きな魔道具と言う〟物が所狭しと並べられた空間に胸が思わず高鳴った。
「へぇえええ!?なっ、何ですかこの夢のような空間はッ!!!!」
「おお〜良い反応するね。ここは父が趣味で昔作った魔道研究場でね。僕の薬作りに丁度良いので利用させて貰ってるんだ。あ、その輪っかに触ると危ないよ」
「ひう」
ふわふわと漂いながら落下する白い輪っかに触ろうと伸ばしていた手を思わず引っ込める。するとどうだろうか。
かきん。
その白い靄のような輪っかがテーブルに触れたその瞬間、一気に凍り付き、硬い音を響かせては砕けて消えた。
ニーゼンの注意が無ければ……と自身の指を見て寒気を覚える。
あまりの幻想的な光景に見惚れて気が緩んだ証拠だ。
(危なかった…ニーゼンさんの声が無かったら……でも最高だなぁこの空間……)
「今日から早速…なんて事はしないから安心して。今日は場所案内しただけだからさ。ギルドの案内も兼ねて他の職場も見てみようか、【秘書】って役割上どんなのかのは知らなきゃいけないからさ」
「…ッ!っは、はい!」
…
活気のある街の入り口に一人の男が居た。
大きな荷物、そしてサングラスで目元を隠しているが美形であり、その姿は人の目に止まる。
持ち前の気さくな話術で難なく宿を取り、どすん、と背中の大きな荷物を下ろして一息着く。
行商人としてこの街に来たが男の目的は別にあった。
「やっと着いたか…目的の場所に」
す、と荷物から一つの写真を取り出しては男はそう呟いた。
写真を持ったまま、窓辺からその目的の方向を見渡す。
ため息にも似た吐息を吐いてその写真をテーブルに置いた。
そして……荷物から自身の武器である〝巨大な銃〟を取り出して小さく呟いた。
「英雄の生まれし場所、ギルド…〝パルクオラ支部〟…か」
…