こーほー
…
「いらっしゃい。ようこそギルド、パルクオラ支部へ。私は副ギルドマスターのゲーネン、遥々《はるばる》遠い所から良く来てくれたわ」
目的の建物へ着くと、青色を基準とした、このギルドの制服を来たウェーブのかかったエメラルドグリーンの髪が美しい女性が彼女達二人を歓迎の言葉で労う。
物優しげな口調と笑みに、二人は頭を下げて答えた。
「よ、よ、よ、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします……落ち着けよ、ミディ」
コツリ、と右隣りにいるミディを肘で小突くがその顔は強張ったままだ。
そんな頭を下げた二人を気づかせるように小さく手を鳴らして女性は口を開いた。
「顔上げて大丈夫よ〜?荷物は寮に置いて来たわね?それじゃあ先に来ている新しい職員達と一緒に説明するから着いてきてちょうだい」
「はひっ」
「はい……うーんダメだこりゃ」
…
「あんた緊張しすぎ。結局説明の時もガッチガチだったじゃん」
「……だってぇ、これからあの人達と一緒に働くって考えたら自然と身体が……」
ベッドへ突っ伏しながら答えるミディにそう呆れ顔で上着を脱ぐセレナ。
説明を終え、寮へと戻って来た二人は同じ部屋へと割り振られていた。いわゆる相部屋という物である。
「そのあがり症、治んないねー。あんなにご飯の時は緩み切ってるのに」
「うるさい。八方美人には分かんない悩みよこんちくそ」
「はいはい、ミディも早く着替えな」
「ふぶっ」
そんな突っ伏したミディの頭にぽいと投げられて被さるは今セレナが着替えているギルドの制服である。
このギルドのトレードマークである深い青色と水色のラインが入ったスーツ。
ギルド内は役割りに合わせたそれぞれ違う制服だが、ギルド外なら腕章だけを付ける事だけ義務付けられており、私服を着て仕事する事も可能という比較的自由な規則がある。
スカート、またはパンツも可。これは役割りによって動きにくさも考慮されてだ。
なお二人ともスラックスタイプのパンツを選んである。
ギルドの説明を受けた二人はこれからこの制服に着替えて持ち場へと向かうのだ。
「……おのれ、イケメン。脱いでもイケメンか」
「あたしは女よミディ」
自身の身体を恨めしそうに見る友人に、セレナはあっけらかんとした答えにますます溜息が深くなるだけだった。
…
「や、君が秘書になってくれる人か。僕がここのギルドマスターのニーゼン、よろしくね」
「………えっ」
こー、ほー。
くぐもった声で、身体中に黒い装甲を着けた背の低い人がぴこぴこと手を振った。
いや、そこでは無い。気になる点は色々あるのだが、まず第一に目に入ったのはその顔下半分を覆う〝イカツイマスク〟であった。
マスク端から後ろへ伸びる半透明なチューブ、左右に取り付けられた四角く細長いカートリッジのような物。
中央には通気口だろうか、開閉する事を表すような四角い線が入っていた。
(待って、この人が……本当に……)
「──ぶえっきし…ッ。…あ、ごめんね?僕、魔素アレルギーでくしゃみが止まらなくって」
「彼が貴女の上司のギルドマスターよ」
拝啓お母さん、私の上司は鼻炎のようです。
うー、とくしゃみの余韻に小さく唸る上司を不安に思いつつ、同時に少し可愛いと心の中でミディは呟いた。
と、それと同時に自身が先程言われたギルドの〝役割〟に意識が戻される。
「…ッは!いやあのギルドマスターの【秘書】ってどう言う事ですか!?てっきり【補助員】や【医療班】だと思ってたんですけど……」
ギルドに配属される人達は大まかに四つに分類される。
ギルドに来る人々の事務処理をする【受付】。
依頼を受けられずに残った猛獣や、魔物の戦闘に向かう【戦闘員】。
ギルド内の様々なサービス、戦闘員の手助けなどを行う【補助員】。
そして怪我を負った雇われギルド員などを治療する【医療班】の四種だ。
だがミディが副ギルドマスターのゲーネンから言い渡されたのは【秘書】、つまりはギルドマスターの手伝いという事だった。
「その言葉の通りよ?ミロディア・レプレアイリス、成績優秀、運動神経も良く、このギルドに志願した理由は過去に命を救って貰った〝英雄〟のように人の役に立ちたい……【秘書】になるには十分過ぎる程の理由よ」
「…いやあの…志願した理由はそう何ですけど…改めて言葉に出されると恥ずかしいと言うか……じゃなくて!そんな重要な役職に私なんかが──」
「もちろん給料はその分他よりも多いわよ。はいコレ」
ぴらり、とゲーネンから受け渡されるのは一枚の紙。
受け取って見るとどうやらお給料の事が書いた書類らしい。役職別のお給料の金額が記載されている。
そこの欄にある【秘書】の金額にミディは目をぱちくりさせては顔を近づけた。
「え、待って数字が一つ二つ三つぅうッ!?……」
他の役職とは倍以上の金額。声を裏返させる程のその金額はミディの些細な悩みを消し飛ばす。
追撃をかけるように、ゲーネンは未だ書類に釘付けになるミディに言葉を付け加えた。
「保険も残業もちゃんと降りるわよ〜。備品として最新の通信魔道具〝ベッセル〟も配布されるわ」
「やります」
即答である。魔道具集めを趣味とする彼女はその言葉が決め手となり、条件反射のように秘書の仕事を受ける事を肯定したのだった。
…
「あっはっはっ!!それで!?【秘書】の配属を了承したっての!?あっはっはっはっ!」
腹を抱え、けらけらと大声で笑うセレナだが、当の本人であるミディはかぁ…と、顔を紅くして声を張り上げて反論を試みるものの、ベッドのシーツをばんばんと耐えるように叩いたままだ。
「もー!そんなに笑わないでよ!!」
「だって…ぷっくく……あんなに希望してた【医療班】目指して勉強してきたのに……魔道具一つでコロッと…ぶふっ…ダメだ想像しちゃって耐えられん……!」
「だってあの〝ベッセル〟の最新だよ!?最新と言えば通信意外にも様々な機能が盛り込まれた魔道具好きには堪らない──」
「ひー、分かった分かったってミディ。ほらさっさと着替えてご飯でも行こう」
「──もしかしたら人間国宝のぶふっ」
火がついたのか早口で捲し立てるミディに着替えの衣類をぶん投げてセレナは黙らせた。
窓から外を見れば時刻は陽も落ちている夕暮れ。セレナは自身が来るまで待っていてくれたのだと気付く。
せこせこと仕事着の制服から普段着に着替え、寮の食堂へと向かうのだった。
「あ、このサラダ美味しそう」
「あたしこっちの肉盛りにした〜。で?どうだったの、ギルマスは?まだ直に会った事が無いから凄く気になるんだけど……!」
「ええと…その……こーほーしてた」
「……こー…ほ?」
そんな会話を食堂していた裏で、話題の人物が大きなくしゃみをしていたのは誰も知らない。
「ぶえっくしッ!…ふぁ〜…っは!もうこんな時間!」
…