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旅立ち




「ぶはーッ…あ゛ーっ…はーっ…あ゛ーっ……疲れた……何とか間に合った……」




 定期便である大きな船のへりへ身体を預け、荒い息を整える女性。


 お気に入りのジーンズは汗で張り付き動きを阻害し、乾いていた白いシャツも同様で少し気持ち悪い。


 艶やかな紫色の髪は急いだ影響で少し崩れ、玉のような汗が数滴、ほおうなじを伝う。


 首元がもふもふとした皮のジャケットを羽織った、動きやすそうな軽装、折った髪を留める銀灰のバレッタがその言葉にうなずくように太陽光を反射した。




「折角試験に合格したのに初日からやらかす所だった……ぬぐぅ…!…優雅に乗船しようと思ったのに…!」




 なぜ、彼女がこんなにも汗をかき、息をあげているのかというのは……こんな数十分前の出来事のせいだ。




──




「さぁ行くぞー!〝英雄の生まれし場所〟の一つ!私の勤務場所となるギルド〝パルクオラ支部〟へー!」




「お若いの、そのパルクオラ行きの船、もうすぐで出港しちまうよ」




 意気揚々と歩く紫の髪の女性に、散歩途中の老人がそう声をかけた。


 老人が指差すその先には汽笛を鳴らし、今にも出港をすらかのような船が一つ。


 もう一度汽笛が鳴る時、それがあの船の出港の合図だというのは知っている。


 そしてあの船は──彼女が乗る予定の船だった。




「はうあっ!?おじさん!ありがとっ!!待ってぇぇ!!その船乗りまぁあああああす!!!」




「気いつけてな〜……うん?…良い花の香りだ……」




──




「くぅー、やっぱりご飯をゆっくり食べすぎたんだなぁ……お母さんの料理が美味しすぎるせいだ…私は悪くない……多分」




 うん、きっとそうだ、と彼女は小さく息を零す。


 だがその彼女の脳裏と舌には今朝方に食した、母親の絶品の料理の味がまざまざと残っており、その証拠に油断すればよだれが溢れそうでもあった。




「あー!居た居た。滑り込みちゃん」




 そんな疲れた彼女の元へ来るのは一人の男性だった。


 白いワイシャツに、ベージュのパンツと言ったシンプルな服装。


 柔和にゅうわな笑顔に似合う、少し長い茶髪のウェーブの髪とは裏腹に、その捲り上げた白い腕はそこまで細くは無く、誰が見ても美形のたぐいだろう。




「うわ…めんどくさそ……何ですか失礼な」




「ああ、気分を害したなら謝るよごめんね。僕は行商人のウィル、ウィル・トラディメイトだ。もの凄い勢いで来るのを見かけてね、良かったらこの飲み物でもどうだい?」




 どすん、と傍らに置いた茶色のバックパックから綺麗な水色をした瓶を彼、ウィルは取り出した。


 あの水色……最近流行りの〝フルーツジュース〟だろうか。


 そんな事を一瞬だけ思ったが……




「いや、いいっす。自前のがあるんで……んっく…」




 小遣いをはたいて買った、ポケットが沢山付いたボディバックのはじくくり付けていた水筒を取り外し、程良く冷えた手製の飲料を口へ流し込む。


 残念ながら〝自分で作った方〟のが美味い。そんな事を思いながら差し出された瓶をやんわりと断った。




「ああ、それは残念。何か必要な物があったらたずねてくれ。船内で小さな店を開いてるからさ」




「はぁーい。ありがとござまーす」




 にこにことはに噛むウィルに対して気怠げに彼女は再び水筒に口付けて言葉を返す。


 だーれが行くか、と彼女は心の中でそう思いながら冷えた飲み物を味わった。


 やがて姿が見えなくなった所でぼそりと口を開く。




「……滑り込みちゃんとか失礼な事言われてだーれが行くかぁ。どーせ〝大した物〟売ってないでしょ」




 心地良い舟風と共に消える彼女の声。


 今手にしている〝温めたり、冷たく出来る水筒〟のような〝魔道具〟は売っていないだろうと。


 まぁ、そんな物は高額で趣味のそれを買う為にせこせこ働くのだが。


──と、流れゆく水をじとーっと見つめる彼女にまたもや声がかかった。




「あー居た居た〝滑り込みちゃん〟」




「誰が滑り込みちゃ──!……なんだ脳筋か」




 またもや呼ばれた不名誉ふめいよなあだ名にぐるると威嚇いかくするように振り返った彼女だが、その見慣れたヘソだし褐色女性に興醒きょうざめしたように呟いた。




「誰が脳筋よ誰が」




 ひたいに血管を浮かばせながら、片頬をひくつかせるヘソだし女性は禁句タブーから起こる怒りを抑えながら答えた。


 青いノースリーブ、タイトな黒いハーフパンツを履いた、太過ぎず、引き締まった肉体美を惜しげもなくさらけ出す、水色のショートカットをしたこの女性はセレナ。


 一応友人、そしてこれから──〝職場の同僚となる女性〟である。




「で、何の用よ」




「あたしと同じ部屋よ〝ミディ〟。さっさとその荷物おいて船内でも少し見てまわろう」




「ああ、そうなの。良かった、知らない人と相部屋じゃなくて」




 船内の部屋の人が馴染みの顔だった事に、彼女、ミロディアは安渡した。


 ミディとは彼女の愛称である。




「ほら、荷物持ってやるよ。おー、軽っ。女子にしては荷物少ないよなぁお前」




 かたわらに置いてあったミディのバッグをひょいと肩に担いでセレナは笑った。


 男だったならさぞかしモテるだろう彼女はこういうさらりとした紳士的な一面が心を掴むらしく、その整った容姿、女性にしては高い身長と身体能力で性別関係無く人々をとりこにしていた。




「さんきゅー。ああ、そういえば聞いてよさっき変な男がさー」




「変な男ぉ?どれどれどんな──」




 彼女達の出会いの物語は……また今度。


 船が目指すは〝英雄が生まれし場所〟の一つ、パルクオラ。


 彼女の物語が──今、幕を開ける。




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