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過ぎ去るものたちへ  作者: 有瀬快
巡始動編
9/27

00:07.37

2166年4月。


「ついに来た」


巡は目の前にあるものを見上げながら呟いた。


過徒は相変わらずその秘密主義を守り抜いていた。その徹底ぶりはすごかった。


家を去る日の早朝、家の前に一台の車がやってきた。窓はなく、外から内部の様子を見ることはできなかった。


荷物は事前に送っているので持ち物は鞄一つだけだ。それを背負って車に乗り込む。叔父と叔母は平日の朝早くにもかかわらず、見送ってくれた。それを目に焼き付ける間もなく、扉は勝手にしまってしまった。そこは暗闇だった。運転席と後部座席の間は壁で仕切られていており、窓もないため、差し込む光はない。だが、中は案外広く、座り心地も良かった。前日緊張してあまり眠れず、睡眠不足なこともあって、眠りに落ちるのはそう難しいことではなかった。


車が停まった。降車すると、車はすぐにどこかに走り去ってしまった。

眼前に広がるは一つの巨大な建物。大きさは60メートルくらいだろうか。

東京や神奈川にはこれくらいの建物はたくさんある。それなのに、異様にこの建物は大きく感じた。何よりも窓が一つもないのがその異様さを際立たせていた。


ここはどこだろうか。それなりに長い間、車に揺られていたので東京からは離れた場所なのだろう。周りは森で覆われていることが確認できる。埼玉か群馬、あるいは栃木だろうか。目印になるような山すらも見えない。ポケットから携帯電話を取り出す。画面の左上には圏外の表記がある。恐らく、何かしらの妨害電波を流しているのだろう。政府としてはこの場所を知られるわけにはいかない。いわば、ここは過徒のタマゴが集まっている場所だ。監視の目は光っているだろうが、もしも留徒がここを占領したら……。考えたくもない。


自分以外にも人はいるはずだが、周りには誰もいない。日や時間を分けて送迎を行っているのだろうか。人との交流を最低限どころかゼロにしようとしているかのようだ。


鞄を背負い、その建物に向かって足を進めた。だんだんと建物が大きくなっていく。霊が出ると噂の廃墟にでも向かっている気分だ。ひっきりなしに分泌される唾を何度も飲み込んで巡は進んでいく。


入口を抜けても大理石な受付や豪華なロビーがあるわけではなかった。そこには無機質な空間が広がっており、ただ先の方に扉があっただけだ。その近くに行くと、上向きの矢印のマークがついたボタンがあった。エレベーターだ。


ボタンを押して、しばらくすると扉が開いた。乗り込むと、何か違和感を覚えた。すぐにはその正体に気が付かなかった。だが、しばらくして理解した。ボタンがないのだ。普通なら扉の付近に階数分のボタンがあるはずだが、そこにボタンはなかった。その代わりに何かをスキャンするような装置が取りつかれてあった。


瞬時に何をするべきか分かった。鞄を肩から降ろし、中を探る。クリアファイルから一枚のカードを取り出した。合格通知を受け取った後に家に届いた書類と同封されていたカードだ。「1301」と書かれている。部屋の階数と番号を記るしているのだろう。カードをスキャンするとエレベーターの扉は閉まって、動き始めた。今、何階にいるかを表す液晶すらもないため、遅いのか早いのかも分からない。だが、そんなささいなことを考えている暇にエレベーターは動きを止めた。案外、早かったのかもしれない。


エレベーターから降りると一本道の廊下とその先に「1301」の表札を掲げられた一つの扉があるのが見えた。他の部屋に通じる廊下も扉もない。これも恐らく他の候補生との接触を断絶するための措置なのだろう。あのエレベーターは各階にではなく、各部屋に乗客を送り届けているのだ。自分以外の部屋を見ることすら許さない。自分以外の過徒の候補生もこの建物のどこかにいるはず。だが、自分以外の人がいるような気配は一切しなかった。聞こえるのは自分の足音と背中の鞄の擦れる音のみ。


足を進め、扉の前に立つ。ここに入れば、誕生日を、異能が発現する日を迎えるまでは基本的に出ることはできない。


「なるんだ。」


そう。ついに始まるのだ。

扉に手をかける。


「俺は盾の過徒になる……! そのためならどんな苦難も乗り越える!」


そうして、巡は部屋の中に足を踏み入れた。



◆◆◆◆



「あー! いっそもう殺してくれ!!」

2ヵ月前のことを思い出しながら、光の灯っていない目でそう叫ぶ。

だが、それも空しく、物の少ないこの部屋に反射して響くだけだった。


「はぁ……」


溜息をついて、もう少しだけ横になったあと、巡はベッドから起き上がった。

そして、今日の課題を提出するために椅子に座り、パソコンの画面に向かう。



次話は1/27 23:00に更新されます。

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