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3、会議室のハグ


寂しい、寂しい、寂しい、寂しい。

土曜日の夜は無性に寂しくなる。暗くなってきて明日も1人なのかと思うと、何とも言えない感情が湧き上がり寂しい気持ちが私を満たす。だからお酒を飲む。様々な感情が体から溢れ出さないように全てを飲み込む為にお酒で流す。


「働いて、お金を貰って、生きる為にお金を消費して、また働いて、お金を貰って、またお金を…。生きるってなんなんだろ。そもそも生きる価値なんて…。大人になったらもっとたくさん楽しい事ができるようになるって思ってたのに…。」


いや、やめよう。これ以上考えるとダメだ。負のスパイラルに陥るぞ。今はとにかく寂しさの解消法を考えるぞ。

もういっそ仕事を辞めて何か好きな事をして暮らすか。無駄に人がたくさんいる土地だからその中で1人なのが寂しいだけで、誰もいない田舎にいけば誰もいないから寂しさも紛れるんじゃないか?


「私、好きな事ってなんだっけ?」


昔は、カラオケが好きだった。皆で行って楽しくてはしゃいで騒いで。でも働き始めて皆と時間が合わなくて、それからは1人で行ったりもしたっけ?どうして行かなくなったんだろう。それにもっとたくさん好きな事があったのに今、何も思い付かない。


そしてコップに入っていたお酒を一気に飲み干した。昔は1人でお酒を飲むの楽しかったのに。考える時間が増えれば増える程ネガティブな思考に陥っていく。


「分かんない。どうしてこんなに寂しいんだろう。」


冷蔵庫から新しいお酒を取り出してまたコップに注ぐ。シュワシュワと弾ける炭酸の泡が綺麗で、泣きそうになるのを堪えてまたグッと飲み干す。

そういえば新聞に紛れて手紙が来ていたなとなるべくコタツから出ずに探る。

どうやらもう5年以上連絡を取っていない友達からの手紙だった。ハサミで封筒を開けて取り出すと中から手紙と写真が出てきた。


お久しぶりです。いきなりですが結婚しました。結婚式はせず家族写真だけで済ませました。

最近、連絡出来てないけど元気?またゆっくり会ってお茶したいな!


「結婚したんだ…お祝い送らないと…。」


おめでたいと素直に思う反面、何となくモヤモヤとした影のようなものが私を包んでいく。心におめでとうという気持ち以外の感情がある自分に怒りを覚えながらそんな自分を憎みきれない。

とにかくノートパソコンを立ち上げてネットでお祝いの品を探し始める。結婚のお祝いには何がいいだろうか?30分程悩むが結局、1番最初のページに戻ってきてしまう。


「嵩張らないしカタログギフトにしよう。」


ネット上で手続きを終えて1週間以内には届くようにしておく。


「もう寝よう。眠ってしまおう。」


その日は夢を見た。黒川君が見知らぬ可愛い女性と結婚する夢だった。結婚式で私は笑顔で拍手をして1人でとぼとぼ歩いて帰った。


日曜日、昨日の洗濯物を全てたたみ終えてクローゼットへしまう。物の住所を決めるとは上手く言ったものだ。元々、片付けは不得意ではないがより楽に部屋を綺麗に保てるようになった。


「お弁当でも買いに行こうかな。」


とふと思い立ち前に後輩のユミちゃんが言っていたお弁当屋さんへ行く。魚が美味しいと噂の弁当屋さんは14時でも並んでいて少しびっくりしたが他のお客さんと同じように私も並ぶ。寒い中じっと20分程待ち注文を終える。その間ずっと後ろのカップルは楽しそうにお話をしている。


「たっくんは何にする?」

「んーどうだろう…。まみちゃんは?」

「私は魚かハンバーグで迷い中。」

「ふっはは。全然違うジャンルじゃん。じゃあどっちも頼んでメインのおかず半分ずつしようか。」

「優しい!ありがとう。早く順番来ないかな?」

「きっともうすぐだよ。」


可愛い。このやり取りは本当に可愛いし羨ましい。


「さば味噌煮弁当のお客様!」


「はい!」


可愛らしい女性の店員さんから受け取り帰る。途中コンビニに寄りネットショッピングのダンボールを受け取る。間違えてコンビニ受け取りにしてしまっていたそれは大きくて重く家に帰るのも一苦労だった。


「ハア、ハア、ただいま。」


すっかりお弁当は冷えてしまったがレンジで温めなおして口に運ぶ、後輩の言う通り美味しいし色鮮やかな野菜が入っていて目にも美味しい。


「内側から綺麗になってる気がする。」


少し野菜を摂っただけでこんな気持ちになる私も大概だと思うが実際、野菜をたくさん食べているという後輩の肌は綺麗なので野菜は重要なのだろう。


月曜日、朝一番で会議、新しい企画が通って一安心。会議の終わりに課長から呼び出され次の主任は君だと笑顔で肩を叩かれる。嬉しい反面、肩こりが酷くなっている気がする。そういえば珍しく黒川君はお休みしていた。


火曜日、黒川君がマスクをして出勤してきた。どうやら風邪をひいたらしく時折、咳込む姿が可哀想だった。のど飴を渡したり早く帰るように促し体調を気遣う教育係の彼女はどうやら黒川君に対して…いや私には関係ない。


水曜日、この日は一日中パソコンの前に座りっぱなしだった。後輩がミスをしたのを取り返す為に朝から終電ギリギリまで書類を作り直した。後輩が課長に怒られ泣く姿が可哀想で悲しくて早くミスを忘れさせてあげたくて頑張った。後輩も頑張ってくれて何とか明朝までという期日に間に合った。泣く後輩に私は、全く気にしなくていい次頑張ればそれでいい、としか言えず、もっといい言葉を送ってあげれば良かったとベッドに入って後悔した。


木曜日は何事も無く定時に終わったのでジムへ。プールで泳ぎその後初めてサウナに入った。じっとりと汗をかき、シャワーを終えて鏡の前で化粧をしていると隣に制服の女の子が座って髪を乾かし始めた。昔、使っていたドラッグストアに売っているアウトバストリートメントの香りが懐かしく、帰りに寄ったドラッグストアでふと思い立ち同じものをカゴに入れた。


金曜日、今日も比較的落ち着いて仕事ができた。昼休みの前に後輩が、この前嬉しかったです。お口に合うか分かりませんがどうぞ召し上がってください。とハガキ位のピンク色の箱に入ったクッキーをくれた。気を遣わせて申し訳ない反面、嬉しかったという言葉で今日も生きていけるとしみじみと食べながら喜びを噛み締めていた。


「晴香さん、探しましたよ!今日もしますか?」


今日はわざわざ会議室を借りて昼食を食べていた。きっと彼の優しさを拒めなくて甘えてしまうと反省して逃げたのにわざわざ探してくれたのか。


「あ、えっとごめんね。」


黒川君は秘密をバラされたくなくてここまでしてくれるだけ。ネクタイを胸ポケットに入れて社員証を首から下げている。上下する胸を見ると走って探してくれたようだ。そんな事さえ私を喜ばせる。


「ええ!じゃあどうぞ!」


腕を広げて爽やかな笑顔の黒川君におずおずと抱きつく。やはりしっかりした筋肉に今日は何故か甘い匂いがする。洗剤を変えたのかもしれない。


「晴香さんは本当に凄いです。田原さんもとっても感謝してましたよ。」


田原さんというのはミスをした後輩だ。そっか嬉しいな。


「そう。ありがとう。田原さんといえば。」


体を離してクッキーの話をしようと思ったが人から貰ったものをいきなりあげるのは失礼な気がして言いかけてやめてしまう。


「晴香さん?」


そこでたまたまポケット入っていたガムを渡す。


「これ良かったらどうぞ。」


「え、ああ。ありがとうございます。」


黒川君はガムを受け取るとパクッと食べ始めた。素直な子だなぁ。ふふっと笑ってしまう。


「晴香さん、笑っててください。俺はその笑顔が好きです。」


と柔らかく微笑んだ。


「えっ。」


「あっ。じゃあ行きます!午後からも頑張りましょうね!」


黒川君は慌てて会議室から出て行った。私は後輩が昼休みは終わりましたよと言いに来てくれるまで驚き立ち尽くしていた。



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