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「桜並木」「サイコロ」「擬人化」

――桜の木下には死体が埋まっている。

 小説の冒頭の一文だったか。僕の好きな冒頭ランキングの中でも三本の指に入る名シーンだろう。他の二つは文句なく「メロスは激怒した」と「我輩は猫である」だろう。これらほど、鮮烈に頭の中に残る冒頭はない。

 もう少し指を増やしたのなら「おい地獄さ行ぐんだで」も入れたい所だ。

 なんて本編も読んだ事もない奴が偉そうにランク付けするのは失礼だろうか。

 文学に関して全くのにわか坊主だ。

 ただ、そんな僕でも知っているという事実が、これらの冒頭が有名であるかを表しているとも言える。つまり、このランキングは間違っていないのかもしれない。

 そもそも誰に向けて何のためのランキングなのかという話な訳だが。

 自分にとってもどうでもいい事なので、明日にでもランキングの順位が変動していてもおかしくない。そもそも、ランク付けをしていた事すら忘れていそうだ。

 文学に関してにわかなのだから、冒頭にだって大した拘りもない。

 ただ、桜並木で作られた何百メートルと続くピンクのアーチの下を歩いていたら、ふとそんな冒頭があった事を思い出しただけだ。

 この桜一つ一つに死体が埋まっていると思うと寒気がしない事もないが、そんなオカルト信じるつもりは毛頭ない。一体、どんな思考をしていたら桜の木の下に死体が埋まっているなんて発想に辿り着けるのだろうか?

 凡人には計り知れない考えがあるのかもしれない。

「ん?」

 薄っすらと、遠目に桜の樹を抱きしめている人間がいるのが見えた。

 花見に来た酔っ払いか?

 立ち上がれなくなって、桜の樹に寄りかかっているのだろうか。せっかくの花見とはいえ、いくらなんでも昼間からそれは飲み過ぎだろう。

「て、制服?」

 酔っ払いだと思って近づいた人物は学生服を着た少女だった。

 まさか、花見の席で無理やり飲まされて放置されたんじゃないだろうか。

「おい、大丈夫か?」

 少女に声を掛けると

「はい?」

 と、何ともないケロッとした顔をこちらに向けた。

「一体、何が大丈夫なんでしょうか?」

 ハッキリとした口調で話す少女。特に気分が悪そうだとか、そういった様子は一切ないように見える。

「いや、木に寄りかかってたから気分が悪いのかと思って……」

「寄りかかって? いやまぁ、確かに寄りかかってはいましたけども、これは、正しくは抱擁です。優しく抱きしめていたんです」

「えっと……それは?」

「分からないのであれば、それでいいです。私は大丈夫ですので」

「あ、そう……?」

 結構な拒絶だ。こいつ、絶対、学校に友達いないタイプだ。

 しかし、何をしているのかは非常に気になって仕方がない。

「何です? そんなジッと見ないでくださいよ」

「何をしているのか気になってな」

「見て分からないアナタに、何を言っても伝わりませんよ……まぁいいです。私達の邪魔はしないでくださいよ?」

「私達って?」

「…………」

 気になる事を話し、少女はまた無言で桜の木を抱きしめた。

「…………」

 分からない。ただ木に抱きついているようにしか見えない。

 十分、二十分と時間が経っても少女は桜の木から離れようとしない。

 いい加減、自分でもなぜこんなおかしな少女を観察しているのか分からなくなってきた。

――帰ろうか。

 そんな事が頭に過ぎり掛けた時、少女が木から離れた。

「お」

 突然動いたので、思わず声が出てしまった。

「ん、」

 声に反応したのか少女もこちらに気づく。

「何です。まだ居たんですか。暇ですね」

「まぁ……」

 常に刺々しい雰囲気を隠さない子だ。

「それじゃあ、私は次に行きますので」

「次って?」

 少女は答えずにゴソゴソと懐からサイコロを取り出して地面に向かって投げた。

出た目は4。

 もう、こちらを見向きもせず、少女は歩き出し、すぐに止まった。

「次はアナタですか」

――アナタ

 少女が呼びかけたのは僕にではなく、桜の木にであった。

「今、桜の木に話しかけたか?」

「はぁ……まだ、ついて来ていたんですね……。そんなに気になりますか。私のしていることが」

 そんな奇行を目の前でされれば、僕でなくても気になる。

「……桜の木の下には死体が埋まっているんです」

 少女はボソリとそんな事を呟いた。

「私がしている事は、アナタには分からないです――誰にも分からないんです……」

 そう言い残して少女は、また桜の木を抱きしめた。

「…………」

――桜の木の下には死体が埋まっている。

 それが彼女のしている奇行の理由。

 小説の冒頭の言葉を、都市伝説のような世迷言を彼女は信じているというのだろうか?

 だとしても、だ。

 それが桜の木を抱きしめるのと何か関係あるのだろうか?

 桜の木の下を掘り起こして都市伝説が本当であるか確かめるというのなら、迷惑行為ではあるが、まだ理解が出来る。

 一体、彼女は何がしたいのだろうか?

 桜の木をアナタと呼び抱きしめ、まるで人のように扱って……いや、それこそが、彼女がしたい事なのか。

 桜の木を人に見立て、抱擁する事が彼女のしたい事?

 下に埋められている死体への彼女なりの供養という事なのかもしれない。

だとして、サイコロは何だったのだろうか?

「どうも、よく分からないな」

 詳細が見えてこない。だからこそ興味は尽きない。

 土が服に付く事も厭わずに、その場に座り込んで彼女を待つ。

――暇ですね。

 本当にその通りだと思う。




 数十分後。

「…………」

 少女はドン引きしているようであった。

不審と畏怖の感情が渦巻いているのがよく分かる目をしている。

 そりゃ今日初めて会った男がずっと付き纏っていたら恐怖だろう。

「何でまだ居るんですか……」

 恐る恐ると言った様子だ。そんなに怖がらなくてもいいのに。

「供養は終わったのか?」

「供養……?」

 頭の上に疑問符が出そうな程、分かりやすく首を傾げている。

「あれ、供養じゃないのか。下に埋まっている死体の」

「……いえ、これは供養とは、また違います」

 また違う? という事は、似た別の何か?

「じゃあ、何を?」

「……話しているんです。桜の養分になった人達の美しい魂と」

 話している?

「桜の木が美しいのは、桜の木の下に埋められた人の魂が美しいからです。私は、そんな人達に話を聞いて貰っているんです。分かってくれましたか」

「いや、あんまり」

「でしょうね、誰にも分からないんですよ……」

 俯きがちに背を向けようとする少女。

「その桜の木の人はどんな話をしてくれたんだ?」

 顔を上げた少女の目は大きく見開いていた。

「え、信じるんですか?」

「まぁ、信じるというか、だって事実なんだろ? 俺には無理だろうけど、お前が聞こえているんなら、それが本当じゃないのか?」

「そ、そうですけど……」

「それとも、嘘なのか? え? それじゃあ、今までの桜の木の声を聞いているフリをしているだけの演技だったの?」

 それなら、完全に踊らされた。ここで待っていた時間を返して欲しい。

「嘘じゃないです!」

 必死に嘘ではない事を主張する。大きな声も出せるんだな、この子。

「確かに私には聞こえるんです。この桜の木の下には、中道さんという女性がいます。とても綺麗な人で優しい人です。高校での悩みを話したら、大丈夫だって温かく慰めてくれました。その前には、石川さんというお爺ちゃんです。少し厳しい方でしたが、本気で私のためを思って話してくれていたんです」

 そこにいる。彼女彼らはそこにいると、彼女は伝えてくる。

「生まれた時から桜の木から声が聞こえるのか?」

 木から離れないまま少女に聞く。

「四年前の春からです。桜の木の下に死体が埋まっている事を知って、桜が美しい理由を悟った時に桜の木を抱きしめたんです。そしたら、声が聞こえてきて、人の温もりを感じたんです。その時から春になるとここで話をしにくるんです」

「何で春に限定するんだ?」

 花見シーズンに関係なく桜の木はここにある。いつでも話せるはずだ。

「桜が散るのは、魂が全て養分となったからなんです。だから桜が散った後は皆、成仏した後なわけです。また、だからまた桜が咲くまで私は待たないといけないんですよ」

 その理論でいくと、毎年埋まっている人物が変わるわけだが、本当ならば猟奇殺人事件なのだが。きっと、そうはならないように出来ているのだろう。

「さて、では私は次の所へ向かうので……」

 また懐からゴソゴソと少女はサイコロを取り出した。

「それは何の意味があるんだ?」

「次に行く桜の木を決めているんです。花見シーズンの間に全ての桜の木は周れませんから、出た目の数だけ進んでいるんです。その年を逃したら二度と会えないので、会う人は全て運任せです」

 そう言いながら振ったサイコロの目は二。つまり二つ先の桜の木だという事だろう。

 アバウトな決め方である。

「それでは、もう私が何をしていたのかを話したので、もう満足でしょう」

「お前、春以外にも話し相手が欲しくないか?」

「はい?」

「花見シーズンしか話し相手がいないのは寂しいだろ? 俺が話し相手になってやるよ」

「何で私に話し相手がいないのが前提なんですか……まぁ、アナタが成りたいって言うのなら、私の事を少しは理解してくれているようなのでいいですが……」

「そ、ありがと」

「で、でも今は桜の木の方が優先ですので」

 そう言うと少女はさっさとすぐそこにある次の木に向かっていった。

「ん……」

 彼女に習って綺麗な人だという中道さんの木に抱きついてみる――が何も聞こえない。

「やっぱり、俺には聞こえないか……」

 きっと才能がないのだろう。

――桜の木の下には死体が埋まっている。

 その言葉を聞いたとき、僕は特に何も思わなかった。

 僕に限らず多くの人がそうだろう。

 しかし、彼女はそうでなかった。

 彼女はその一つの文から、桜を擬人化させ、人の声が聞こえるまでに成長させた。

 発想の違い。

 そして――その発想が生まれる環境の違い。

 彼女が聞こえているというのであれば、本当に聞こえているのだろう。

 それは嘘ではない。

 だとして、それが聞こえるようになった原因があるはずだ。

 それを知ってやっと僕は彼女の才能に触れられるのだろう。

今も彼女は静かに桜の木を抱きしめている。

一体、今、少女は誰とどんな会話をしているのだろうか。

僕が見えない世界で何を見ているのだろうか。


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