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「鉄棒」「夏休み」「変態」

 夏の日射を深く被った野球帽で防御するも、暑さまではガード仕切れず、玉の汗をかいた小学低学年くらいの少年が公園に遊びに来ていた。

 ジワジワ、ジワジワ――とけたたましく響く蝉の鳴き声に包まれた公園内で少年は何かを探すようにウロウロと辺りを見渡すように散策をしていた。

 木の周りをグルリと回ると、その木にくっ付いていた茶色の何かをそっと引き剥がし、手の平に乗せた。

 少年の手の上に乗せられているのは蝉の抜け殻であった。少年は見つけた蝉の抜け殻を今までに見つけたのであろう沢山の抜け殻が入ったビニール袋に粗雑に放りこんだ。

 ビニールの中は苦手な人が見れば卒倒しそうな程におぞましい光景であり、中にある抜け殻の多くはボロボロとなり、下の方に溜まったモノは原型を留めていなかった。

 どうやら集める事が目的であり、コレクションをするつもりはないようであった。

 少年はある程度、公園内に並ぶ木を探すと、遊具の周囲を探し始めた。

 夏休みの間に探しているだけあって、どこに蝉の抜け殻があるのかを知っているようであった。

 滑り台からブランコを見て回ると、その次に、様々の高さが並ぶ鉄棒を少年は高さの低い順番に蝉の抜け殻を探し始めた。

 少年は夢中になりながら探し、一番高い鉄棒の柱に蝉の抜け殻を見つけそれを、いつものようにそっと取り外すと手に持った袋の中にその抜け殻を大勢の中へとぶち込んだ。

「蝉の抜け殻か……俺も子供の頃によく集めた気がするな……。今となっては全く意味不明な収集活動に思えるけど……」

 少年が一生懸命ジャンプしても届かない程高い鉄棒の上からけだるい口調の話し声が聞こえてきた。

 少年が上を向くと20代後半くらいスーツ姿の男が鉄棒に跨って座っているのだった。

「まぁ、虫がモチーフの仮面ライダーがカッコよく見えるなら、蝉の抜け殻も少年の心の目で見れば同じようにカッコよく映るのかも」

 ブツブツと独り言を話すスーツ姿は、この場所ではある意味TPOを弁えていないと言える格好をしていた。

「こんにちは!」

 無邪気というのは裏返せば怖いもの知らずとも言えるのかもしれない。少年はそんな鉄棒の上に乗った怪しいスーツの男に向かって元気に挨拶するのだった。

「こんにちは。元気な挨拶で偉いね」

 少年はニコッとして男のその言葉を受け取る。

――元気に挨拶をしよう。

 そんなよくある小学校での教育を少年はただ純粋に従ったのであろう。それに、確かによく知らない人について行ってはいけないと教えられても、知らない人に話しかけてはいけないと教わらない。

 何が怪しく不審で危険なのかをまだ理解出来ていない少年に取って、鉄棒の上にいる男は、遊具で遊んでいる気さくな大人に見えのかもしれない。

「これ!」

 少年は沢山集めた蝉の抜け殻を男に見せる。

「よく見つけたね」

「うん!」

 聞きたい言葉を聞けた少年は満足そうに頷く。

「おじさんは鉄棒の上で何してるの?」

「何してるか……何で俺は鉄棒に登ってるんだろう……? 久しぶりに家から出たのに……」

 男は自分の行動に疑問を感じているようであった。

「こんな所で何してんだろう俺は……本当は会社の面接に行く予定だったのに。童心にでも戻りたかったのか……ここに来たらいつもこの鉄棒に登ってたからなぁ……」

 溜息を吐く男。少年に話しているようで、ほとんど独り言であった。

「?」

 少年は何を言っているのか分からないように首を傾げていた。

 男がジッと少年が集めた蝉の抜け殻を見つめていると、少年は男が欲しがっていると思ったのか一つ取り出して男に向けて手を伸ばした。

「何? くれるの?」

 勘違いからの行動ではあるが、少年の優しさを無下にも出来ない男も鉄棒の上から手を伸ばし、少年からのプレゼントを受け取る。

「ありがと」

 お礼を言われた少年は、無邪気に白い歯を見せる。

 受け取った抜け殻の足は二本程折れて消えていたが、下に押し込められたやつよりはマシに思えた。

「君みたいな年頃が懐かしくて羨ましいな。大人になんてなりたくなかった。そうやって蝉の抜け殻を集めるだけで楽しいと感じられるんだから幸せなんだろうね」

 マジマジと抜け殻を見つめながら男は情けない心情を吐露する。

「知ってる? 蝉って、大人になるまでに10年以上も土の中で生活してるんだって」

「へぇ」

 興味があるのかないのか曖昧な相槌だが、男は構わずに話しを続ける。

「俺も似た感じなんだよ。暗い部屋の中で十年近く引きこもっているんだから」

「ニートなの?」

 蝉の抜け殻を集めるという、活発にアウトドアな遊びをしている小学生でも男を正しく表す言葉を知っているようであった。

「そうだね。自分に難があってね。こうして自分を変えようと外へ出たんだけど。この公園から、足が前に進まないんだ……どうしたもんかね」

「そこから降りれば?」

 真っ当な意見が少年から述べられる。

「お尻も痛くなってきたからそうしようかな。先にこれ返すよ」

 そう言って、先ほど貰った蝉の抜け殻を少年に返すと、ゆっくりと鉄棒から降りた。

「さて、どうしようかな。面接にはもう間に合わないだろうし……家に帰りたくもない……」

 鉄棒から降りた後も男は、その場で立ち往生していた。

「蝉と自分は似てるって言ったけど……蝉はちゃんと外へ出ても蝉社会の役に立とうと必死になってるっていうのに……蝉以下だな俺は……。何年経とうが、大人になろうが、外へ出ようが、何も変わらないんだから……」

「おじさん、これ!」

 男が返したと思っていた蝉の抜け殻を少年は、再び男に渡そうとする。

「え、あぁ。ありがと……?」

 たぶん、鉄棒から降りるために渡されたと少年は思ったのだろう。男は困惑しながらも、その抜け殻を再び受け取った。

「ねえ知ってるおじさん! それから蝉が生まれるんだよ!」

 自慢するように知識をひけらかす少年であったが、蝉の抜け殻から蝉が生まれるのではないし、男がそれを蝉の抜け殻と呼んで話していた事も、蝉についての話をしていたのも聞いていなかったのだろうか。

「そうなんだ」

 しかし、男はそれについて得に意に介することもなく少年の話しに優しく微笑んだ。

「そうだよ!」

 元気な少年である。ゲームやスマホが普及した時代の中でも蝉の抜け殻を集めているだけの事はあるようだ。

「じゃあね! おじさん!」

 急にバイバイと手を振ると少年は走ってどこかに行ってしまう。男に興味がなくなったのだろうか。アクティビティな少年であった。

「…………」

 取り残された男は渡された蝉の抜け殻を眺める。

「蝉は殻を破って始めて蝉になるねえ……」

 少年の言葉を男は斜めな見方でとらえたようであった。

「確かにそうかもね……」

 ポケットに手を入れると男は携帯を取り出し、おもむろにどこかへ電話をかけるのだった。




「――って話があるのよ」

 酒瓶が多く並ぶ薄暗い店内で、高過ぎず低すぎない話し声が聞こえていた。

「ま、要するに自分の殻を破る事が大事って事よ。やりたい事はちゃんとやらないと後悔するわよ。気づくのが遅くてアタシは人生一杯損しちゃったから」

 話の先には、気弱そうな若いスーツの男がいた。

「うん……そうだよねママ」

「じゃあママはその時に、変態に変態したってか! 蝉だけに!」

 顔を赤くした中年の男が酔っ払いながら大きな声でチャチャをいれる。

「ムカつく事を上手いように言ってんじゃないわよ!」

 ハハハ! と、その突っ込みで店内に笑いが生まれる。

 その笑いの中心にいるのは、ママと呼ばれた公園の鉄棒に登っていた男の面影があるニューハーフの姿であった。

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