危険な月曜日 3
「夕凪、大変だよ」
事務室前から急ぎ足で戻った寮。真っ先に夕凪達の部屋の前へと行き、声をかける
「ほへ? どったの?」
返ってきたのは緊迫感のかけらもない声。気がぬけるなぁ
「入るけど良い?」
「いいわよ」
了解の合図を得てドアを開けると、夕凪はタンクトップ姿でベットに寝そびり、かきのたねをボリボリ食べていた
ウィィィイーン
継続的な機械音が部屋に響く。音が出ている場所を探ると、どうやら夕凪のお腹に巻かれた妙な機械から出ているらしい
「な、何やってるの?」
「ぶるぶるシェイパー。ウエストをキュッと引き締めるのよ」
夕凪は起き上がり、両手でキュッと自分のウエストを締めた
「十分締まってると思うけど……」
「そうかしら?」
夕凪は機械を外し、ぐいっとタンクトップを捲り上げて、スラリとしたお腹を晒し……い、いやお腹どころか胸の下部まで!?
「ち、ちょっと!」
「ん? ありゃ下チチ、サービスしちゃった」
失敗しちゃったと、照れ臭そうに舌を出す夕凪……って言うか
「絶対わざとでしょ!」
「ばれた?」
「き、君ねぇ!」
「それでどうしたの?」
夕凪は急に真面目な声と顔になる。切り替えの早さは相変わらず凄い
「…………なんか納得いかないけど」
僕はさっき見た事務員の特徴や感じた事を話す
「ふ〜ん」
「あの事務員、普通じゃない。あれはきっと僕と同等か、それ以上の身体能力を有していると思う」
「美里と同じ? それは凄いわね」
なんか興味がなさそう
「け、結構大変な事だと思うんだけど……」
「どうして?」
「どうしてって……多分あの人、傭兵か軍の経験者だよ? そんな人が事務員なんて……」
「普通じゃないわね。でもそんな正体不明の人間を、急に学院へ入れる事が出来る人って限られているわよね」
「え? ……三条院」
「三条院なら私達に一声あるでしょ? 他にも三条院と同じぐらい影響力がある家があるじゃない。例えば千鶴の嫁ぎ先である藤原財閥とか……ね」
藤原財閥。戦前は鉄や銅の鉱山を多く持ち、輸出により築いた小さな財閥だった
しかし、戦争が始まり重工業へシフトチェンジをした藤原家。
武器や船などを大量に生産し、輸出で得たコネクションを使ってそれらを世界中に売り捌き、莫大な財をなす
死の商人であり、日本の裏切り者とも呼ばれている藤原財閥は、江戸時代から地道に、だが確実に大きくなっていった三条院とは犬猿の仲であった
「その藤原財閥の人と千鶴さんが?」
「みたいね。なんか和解するような事があったんでないの?」
「…………」
「何の為に事務員を入れたのか知らないけど、所詮あたし達は雇われ者。余計な事に首突っ込まない方が無難よん」
冷たい……とは思わない。決められた仕事をし、余計な事をしないのが正しいSPの在り方だ
「……でも夕凪の予想だよね、それって」
「ま、ね」
「仮にそうだとしても、僕らは三条院から雇われている。
会社や三条院からの指示がない限り、彼はランクBの警戒対象として、引き続き調査し、怪しい動きを見せたら速やかに排除する」
それが僕の仕事だ
「そういう所、男らしいわよね。……よっし、それじゃ夕凪ちゃん情報。
彼の名前は益川 信也。九年前、中東で傭兵として戦争に参加。その時、行方不明となり、一昨年死亡認定されたわ。
だけど彼は死んでなどいなく、中東のスラムでちょっぴりヤバイ工事の用心棒兼、工事長をして馬鹿稼ぎしていた頃、私達の商売敵である警備会社、魔女の鉄槌……欧米か! そこの社長と運命的な出会いをし、入社したとかしないとか」
「………………」
「どったの? アホみたいな顔をして」
「な、な、な」
「なんて可愛い夕凪ちゃん」
「何でそんな事、知ってるのさ!?」
「美里が教えてくれたんじゃない。銀色の髪で傭兵経験者。目は鋭く、だけど女に話し掛ける時には優しげになる。おまけにキザペド野郎」
「キザとペドは言ってないよ」
「この世界じゃ有名よ。知らない美里が勉強不足ね」
そう言って夕凪は立ち上がり、タンクトップを脱ぎ……!?
「何で脱ぐのさ!?」
「お風呂入るの。千鶴もそろそろ出るだろうし」
千鶴さん、お風呂に入ってたのか
「一緒に入る? 今なら千鶴とドッキリ鉢合わせするかもよ?」
「あのねぇ……僕は部屋に戻るよ」
目の前でどんどん脱いでゆく夕凪から視線を逸らし、ドアの前へと向かう
そして僕がドアを開け、廊下へ出た時、珍しく夕凪が心配した声を出した
「気をつけてね、美里。益川は……」
「……判ってるよ」
彼は危険な男だ
「美里みたいな女がモロタイプだから!」
ドターン!
「な、なに今の音……美里さん!?」
「お、お姉様!? 大丈夫ですか!!」
廊下で盛大にコケた僕を、他の部屋の子や一階にいた子達が慌てて見に来てくれた
「だ、大丈夫です。お騒がせしてしまってごめんなさい」
めくれたスカートの裾を素早く直し、華麗に立ち上がって、優雅に微笑む
因みにこの辺の仕草は現役のモデル仕込みだからね。僕の人格とは関係ないよ
「ああ、お姉様……お転びになる姿もお美しい」
「大丈夫なのね、美里さんこの廊下、大理石で出来ているから危ないのよね。木で作ればいいのに」
心配してくれる皆にお礼を言って、自分の部屋へ戻る
「…………夕凪のバカ」
いっつも変な事、言うんだから
「ふぅ……」
僕もお風呂入ろう