危険な月曜日 2
「判りました、お願いします」
放課後。寮に戻った僕は、真っ先に会社へ携帯で報告する
内容は毎日の定期報告と、新しく入った事務員の事だ
会社の方も事務員が入った事は確認していたけど、身元が掴めていないらしい
僕らの会社は国家に認められた組織。警察や探偵並の調査力を誇る
その僕らにも掴めないと言う事は、普通じゃないって事だ
「こちらでも一度直接確認してみます」
「うむ。宜しく頼む」
電話ごしに渋く響くモノトーンの声。僕らの上司である佐久間さんだ
佐久間さんは優秀な管理官で、この人の深い知識やコネクション。 時には冷酷だとも思える冷静な判断力には、何度も助けられている
ただ……
「ところで先日私が送った水玉パンティは使ってくれたかな?」
変態だ
「それでは定期報告を終了します」
「待ちたまえ! まだパンティ報告が終わっていないぞ!! これは極めて重要な報告であり」
通話終了のボタンを押してついでに電源も切る
「……まったく」
何を考えて生きてるんだろ
「さて……と」
時計の短針は、まだ四時の所。時間も少しあるし事務員の顔でも見に行こうかな
「……よし、行こう!」
掛け声と共に部屋の隅へ行き、そこにある人が五人ぐらい入りそうな大きいクローゼットを開けた
クローゼットの中にはカモフラージュ用の服が二十着と、いくつかの収納ケースが収められている
その中で下着が入っているケースを開けると、当然、女性用の下着が沢山詰まって、何となく気まずくなってしまう
そんな来まずい下着の束を避け、底に隠してあるアレを一枚取り出す
「……あった。ふふ」
トランクス!
僕は、いそいそとスカートの中から下着を脱いで、トランクスに履き変える
「やっぱり下着だけは慣れない……」
慣れたくないけどさ
体育がある日は念のため、朝から必ず履ておかないといけない。それがとても憂鬱
ため息混じりにパンツを洗濯籠に入れ、ゲンナリしながら後ろ髪を特殊なゴムで縛る
このゴムは伸縮性に優れていて、最短十センチから、最長二メートルまで長さを変化させる事が出来る。
しかも、かなり丈夫で、止血や捕縛等にも使えるのだ
「銃は……」
必要ないか。後は一応夕凪に一声かけて行こう
自分の部屋を出て千鶴さん達の部屋の前へ行き、ドアを叩く
「なにさ?」
やる気なさ気な声。ノックの仕方で僕だと判る為か、ドアを開けようともしない
「ちょっと事務員を見て来ます」
「あ〜いってらっは〜い」
「……夕凪」
「なにさ?」
「ピザは食べ過ぎると太るよ?」
「うぐっ! ごほ、ごほ」
「本当に食べてたんだね」
チーズの匂いが微かにしたから、もしかしてとは思ったけど
「い、良いじゃない! 我慢してたんだから!!」
「はは、そうだね」
この学院は、買い物に関してとても厳しい
生徒にはポイントカードが与えられ、そのポイントを使って買い物をするのだけれど、使い切ってしまうと来月まで何も買えなくなってしまう
ただ、日用品や食材はとても安いし、服なんかも十着ぐらい買える。
だが娯楽品と指定された物は高く、ピザなんかは、お米三十キロと同じポイントだ
「美里も後で食べる? 中々イケるわよ」
「ありがとう。僕の事は気にしないで、ゆっくり食べてなよ」
「ちぇ。千鶴も要らないって言うし、付き合い悪いなぁ。あ、事務室行くんなら棚の奥に隠してある酒取って来て」
「……は?」
「あのオバハン、いっつも晩酌してるのよね〜。隠してるつもりだろうけど見え見えだっての」
「…………はぁ」
さっさと行こう
「聞いてる? いいちこよいいちこ。ピザにはいいちこ。中国には四千年。あちょ〜」
意味の判らない事を言っている夕凪は無視し、僕は事務室へ向かった
部活がないこの学院。四時を過ぎると、校舎出入口は戸締まりされる
その中で唯一開いているのが、職員用の正面口。
入口の横にある六畳程の警備室に、僕の知っている女性警備員さんの姿があった
「こんにちは、田宮さん」
「お、美里ちゃん! もしかして美里ちゃんも新しく入った事務員がお目当てかい? いや〜もう引っ切り無しよ〜」
田宮さんは、ふくよかな体を揺らしながらカラカラと笑った
「はい。はしたないとは思うのですが、どのような方がいらっしゃったのか気になってしまって……」
「いや、見て損は無いよ。ありゃ本当いい男だわ。ほら早く行きな、五時になったら生徒達を追い出さないといけないから」
「はい。ありがとうございます田宮さん」
田宮さんに軽く微笑みながら校舎へと入ると、五十人分はあろうか靴が玄関に散らばっていた
「……凄いな」
散らばっている靴を軽く並べ、僕も靴を脱いでスリッパに掃き変える
耳を澄ますと、沢山聞こえる女の子達の声。盛り上がってるね
薄いブルーの廊下を突き当たりまで左に進み、次に右
一歩、二歩と事務室へ近付くにつれ声はハッキリと聞こえて来た
「そ、それじゃあの……恋人とかはいらっしゃいますか!」
「おっと、それは答えに苦しむ質問だな。可愛い女の子達の前だ、ノーコメントと言いたい所だが、一応イエス」
え〜っと女の子達の落胆の声が、曲がり角の死角で響く
「どれどれ」
角の隅からコッソリとのぞき見て……
「…………わぁ」
事務室の前で数十人の生徒達に囲まれた若い男性
その人は、男である僕から見てもカッコイイ人だった
作り物の様に整った顔には絹のような銀色の髪が飾り付けられていて、抜き身の日本刀に近い鋭さを持つ二つの眼光が、冷たさと非情さを感じさせる
だが、時折見せる薄い唇からの微笑みが、その冷たさと相成って何とも言えない色気を生んでいた
……なるほど、これは女の子が騒ぐ訳だ
だけど僕が気になったのはそんな事じゃない。気になるのは彼の体だ
僕よりも15センチは高いであろう190センチに届きそうなスリムな長身。
ぱっと見には細身なモデル体型に見える。だけど、その体は異様な鍛えられ方をした体だけが放つ、重苦しい迫力を持っていた
あれは僕と同じ様に、筋肉や脂肪をギリギリまで落とし、耐え難い苦痛と痛みを重ねて出来た体だ
これは……ただ者じゃない
頬を流れる一滴の汗を手の甲で拭い、寮へ戻ろうと踵を返し……
「―――っ!?」
視線。強い視線だ
確かに今、僕は見られている。誰に? 決まってる!
「…………」
視線に気付いていないかの様に装い、僕はそのまま玄関に向かって歩き出した