お兄様の暗躍
八階建てのマンションの七階、エレベーターから降りて一番右奥。そこが今日の目的地
黒いドアの横にあるインターホンを押して、やっぱり数十秒待つ
《…………かつら》
「さんし」
《ふふ。よし、入って来い》
「ええ」
了解を得て、ドアを開ける。一足も置いて無い靴置場に靴を置いて、相変わらず物で一杯な廊下を真っ直ぐに歩いて行く
「失礼します」
廊下の先にあるドアを開けると、黒いカーテンで窓を締め切った薄暗い20畳のリビングに出る。冷房が効いているので涼しいけれど、何となく息苦しい
「今日は男なんだな、美里」
「僕はいつでも男ですよ」
僕がそう言うと、リビングの隅でパソコンのモニターを睨んでいた長身痩躯の男が、くるりと椅子を回転させてニヤリと笑う。彼は僕が知る限り、世界最高のハッカー
「それは残念だ。俺はお前に惚れてるんだがな」
魔術師、美砂方 光洋さんだ
「で、何の用だ」
最近は切っていなのか、ボサボサの髪を掻き上げて光洋さんは言う
「僕が持つ会社のIDカードのレベルを上げて欲しいのです」
今現在、僕のレベルは2
会社内では一般社員が行ける範囲でしかドアのセキュリティ解除が出来ないし、会社のコンピュータにも上辺の所までしか侵入出来ない
「お前の? ……ま、俺ん所に来るんだから、そんな話だよな。理由は聞かないよ。で、どうするんだ? レベルを上げるだけで良いのか? それとも使用記録を残さないウイルス付きの物を用意するか?」
「出来れば記録は残したく無いです。ウイルスを付けてもらうのは幾らぐらいしますか?」
「レベルアップは、1レベルに付き十万。ウイルス付きは一千万って所だな」
「い、一千万円!?」
家が買えるよ! ……買えないか
「安いだろ。サービス価格だ」
「あ、ありがとうございます……。あ、あの……もう少し安くは」
「あ〜? 安くって言われてもな、ウイルスは一度使ったら解析されちまうから、二度は使えなくなるんだよ。だから安売りはな……偽造にしとくか?」
「ぎ、偽造ですか?」
なんだか本当に犯罪じみた話に……
「全部含めで三十万で良いよ。そのかわり、三日の時間とカードは貸してもらうけどな」
「カードを……」
カードは大切な社員証。これを人に貸すのは、少なからず躊躇いがある
「悪用はしないよ、約束する。暇つぶしみたいなもんだ」
多分光洋さんは本当にそう思っている。光洋さんは自分の言葉に決して嘘を付かない。だから人に誤解され、疎まれてしまう
「じゃあ……」
光洋さんは、やってくれると言った。僕も覚悟を決めよう
「お願いします、光洋さん」
「ああ。美女の頼みは断れないからな」
「…………」
ここは怒っても良い所かも