ピンチなお兄様
「さて……と」
着る服とベルトを買い、後は着替えれば良いのだけれど、何処で着替えよう?
デパートのトイレが無難と言えば無難。だけど!
……どっちに?
僕はトイレの前に行き立ち往生する
いや、悩む必要なんて無い。入るならもちろん男性用だ
ただ、タイミングが問題で、入る時は誰にも見られない様にしなくてはならないし、何よりトイレの中に誰にも居ない事を確認しなくてはいけない
『美里、潜入のコツは消す事だ』
僕の脳裏に訓練時代の教官だったリードマンの言葉が蘇る
『気配を消す』
潜入すべき部屋に明かりが灯っていた、或は物音がした。
それらは人の気配。その気配を消す為に、様々な工作や努力をしなくてはならない
ちなみに今回は、耳を澄ませて音を探っているだけ。気配は感じない
『違和感を消す』
例えば、朝必ずコーヒーを飲む会社の上司が飲まなかった。
そんな些細な事ですら人間は無意識に違和感を持ち、記憶に残ってしまう
落ち葉は落ち葉の中に、人は人の中に。溶け込む事が大切なのだ
『感情を消す』
時に感情は身体の機敏や判断力を鈍らせる。冷静に大胆に迷い無く目的を達成する事が大切だって事。
……まぁ、こうしてトイレ前で悩んでいる時点で冷静では無いし、違和感も有りすぎるのだけどね
「……よし!」
時間が経てば起つほどに状況は悪くなるだろう。此処は一思いに!
そう思って入ったトイレ内には、人が居て……なんて事は無く、無人だった
僕は素早く個室へと入り鍵を閉める
「…………………」
ようやく……ようやく男に戻れる!
いそいそとワンピースを脱ぎ、パットを外す。そして袋から服を取り出す
ジーンズを履いて、Tシャツを着て……
「……やっぱり」
普通の服は最高!