お姉様の休日 5
「それでは、ごきげんよう」
座り込んだまま固まってしまった拓也さんへ別れの言葉を掛け、僕は駅を目指して歩き出す
変な所で時間を取られてしまったな。向こうに着いたらまず男物の服を買おう
そう思いつつ早足で歩いていると、思ったより早く駅へと着いた
一日に十回程度しか電車が来ない無人駅に入り、時刻表と腕時計を見比べる
次の電車が来るまで後、32分。持って来た文庫本でも読もっと
十五少年漂流期。昔も読んだけど、今読んでも面白い
ブルーのプラスチックベンチへ座って、手提げバックから文庫本を取り出す。
ついでに紅茶が入った水筒も取り出して、ちょっとはしたないけどティータイムだ
コポコポとまだ熱い紅茶を紙コップに入れ、フーフーと息で冷ましながら一口
「うん」
思わず一人で頷いてしまうぐらい、美味しい紅茶
今日の紅茶は封を切ったばかり。いつも買っている葉とは別の物を買ったのだけど、こっちの方が口に合うかも
そんな風にお茶と本楽しんでいたら、あっという間に電車が来る。
三車両しかない小さくて真新しい電車には、人が二人程しか居なく、降りる人もいなかった
「おはようございます」
発車までまだ時間がある為か、降りてきた初老の運転手さんに挨拶
「ああ、おはよう」
運転手さんは穏やかな笑顔で返事をしてくれた
「ブッチャー学院の子かい?」
「はい、そうです。よくお分かりになりますね?」
「この駅には人が少ないからねぇ。あなたの様に若くて綺麗な女の子は学院の子ぐらい……おや、どうしたんだい? 誕生日に同じ物を貰った時の様な、複雑な顔をして」
「い、いえ。あまり綺麗だと言われた事が無かったので」
可愛いとはよく言われるけどね……。不本意だけどっ!
「後、二、三年経てば誰もがそう言う筈だよ」
二、三年後までには必ず髪を切ろう
苦笑いを微笑みに変え、ありがとうとお礼を言うと、運転手はどういたしましてと微笑み、喫煙所へ向かった
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
電車内に乗り、向かいに座っているグレーの髪が上品なおばあちゃんに声を掛け、椅子に座る
これから僕が向かう町に着くまでは約一時間半ある
文庫本を取り出して膝に置く。
読むのが遅い僕には、この一冊があれば退屈する事は無い
僕は栞を挟んでいるページを開いた――
「それでは発車しま~す」
本を読んでいると、運転手さんの声が車内に響き、ゴトゴトと電車が動き出す
心地よい揺れに身を任せ僕は目を閉じ……
「美里~! 美里~!! アイラブユー! イッツフォーエバー!!」
電車を黒いポルシェが追い掛けて来る
「何処までも行こう! 愛の逃避行!!」そう叫ぶ拓也さんの後から、サイレンを鳴らし、猛スピードで迫るパトカー
どうやら彼は一人で逃避行をする事になりそうだ
「……………はぁ」
佐久間さんといい、僕に近寄る男の人はあんな人達ばかりなのだろうか?
「あの子、お嬢さんのお知り合い?」
ため息をつく僕に、拓也さんにびっくりしてしまったらしい向かいのおばあさんが声を掛けて来る
「いいえ、全然」
今の僕は多分、凄く良い笑顔だと思う
おばあちゃんは「そうよねぇ」と言って、おっとりと微笑んだ