お姉様の休日 4
学院から町までの四十分の道を抜け、降り切った先には、よく整備された町並が広がる
お金持ち達の別荘や家が建つ、リゾート地でもあるこの町は、同じ様にリゾート地である軽井沢に比べ人が少なく、騒音も殆ど無い。
僕はその静かな町を、駅に向かって歩く
「…………」
僕以外誰も歩いて居ない歩道。綺麗で立派な家々
独りでぽつんと赤になったり緑になったりしている信号に、耳を澄ましても聞こえない鳥の声……
居心地悪い町。始めて来た時もそう思ったけど、時間を置いて来た今、尚更そう思う
僕は、いつの間にか早足になった自分の足を緩めず、ただ町を横切る
早く電車に乗って、人が一杯いる町に行こう
こんな風に人を恋しがっている所を見られたら、夕凪に何て言われるかな
からかう様な夕凪の顔を思い浮かべ、口許を緩めると、後からエンジンの音が聞こえた。
振り返ると、大分先に車の気配がある
珍しいな。何処かの富豪さんかな?
何と無く車を気にしながら歩いていると、エンジン音はどんどん近付き、遂には僕の直ぐ後で鳴った
「ねぇ、君!」
呼び掛けに振り返ると、黒色の丸くてキュートな顔をした車、ポルシェ356ロードスターだ
「うわぁ」
生で見たのは初めてだけど、やっぱり良いなぁ
「君、もしかしてブッチャー学院の子?」
車に見取れていた僕に、僕と同い年ぐらいの男の人が車の中から声を掛けてきた
「はい、そうです」
「やっぱり! レッベル高いもんねぇ!!」
「はい?」
レッベル?
「乗りなよ!」
「はい?」
「親とかに紹介したいからさ~」
「ええと……」
これってもしかして……
「ナンパ……ですか?」
「違うよ?」
そうだよね、僕が男の人にナンパされる筈が……
「プロポーズだよ?」
「いきなりですね!?」
い、いや、そう言う問題じゃ無いよ!
「すみません、僕、行く所がありまして」
「一緒に行く?」
「行きません!」
「俺の名は拓也。四井 拓也。あの四井商事の次男坊さ」四井商事。重工、建築、銀行、電気と幅広く事業を展開する会社だ。
特に自動車生産が活発で、自動車工場数は日本で三番目の規模を誇る
「僕は新城 美里です」
名前を聞いた以上、僕も答えなくてはいけない
「美里! 可愛い名前だな!! 君にピッタリだよ」
むっ!
「僕はそう思いませんけど。すみませんが、失礼します」
頭を下げ振り返り、再び駅を目指して歩く。
そんな僕を拓也さんは車から降りて、慌てて追い掛けて来た
「ま、待ちなよ美里。何処に行くか知らないけど送って行くから」僕の前に回り込んだ拓也さん。僕より大分高い身長だけど、威圧感は余り無い。
それは拓也さんの意外と地味な格好によるものだと思う
何処にでも売っていそうなジーンズとTシャツに身を包み、唯一高そうなのは首に掛かるシルバーアクセサリーと言った感じ。
髪は短く切り揃えていて、清潔だ
ただ、お金持ちだからかどうか知らないけれど、彼の爽やかな目元に、何処と無く傲慢さを感じる
「結構です」
僕は冷たいとも言える声で、拓也さんを拒絶する
「愛しているんだよ、美里!!」
傲慢。そう思ったのは間違いだった。この人……
「馬鹿ですか貴方!?」
会って間もない女……いや男だけれど! に対して何を言っているんだこの人
「一目惚れ……いや、運命の恋人よ。俺は君の為ならば幻想の竜に挑む愚かなドンキホーテとなろう」
拓也さんは身振り手ぶりを交え、歌う様に独白する
「ああ、美里。美しい俺の里よ。俺をその胸で優しく受け止めてくれ」
僕に抱き着こうとする拓也さん。その抱擁をするりとかわして代わりに足を引っ掛ける
「うわっ!?」
転んで四つん這いになった拓也さんを出来るだけ冷たく見下ろして
「すみません、足が当たってしまいました。でもまさか転ぶなんて……僕ひ弱な人は嫌いです」
と、突き放した
拓也さんは四つん這いのまま暫くア然とし、はっと僕を見上げる
「…………み、美里~」
流石に怒らせてしまっただろうか? でも怒っているのはこっちだって同じだ
「そのゴミを見るような冷ややかな目、良い!」
「はい?」
「俺の家は結構家族円満でさ、勿論キツイ教育は受けているけど、基本親に愛されてるんだ」
「はぁ、そうですか」
「金はあるし能力はあるし気軽な次男だし良い男だし……」
「…………」
「俺はパーフェクトボーイなんだよ! 判るだろう!?」
いいえ全く
思わず滑らしそうになった口を抑え、呆然と拓也さんを見つめる
「苦労無く、苦難なく王道を進んで来た俺。そんな俺を皆が尊敬し、愛してきた……」
「良かったですね、これからも頑張って下さい。それじゃ僕は行きます」
そう言って拓也さんの横を通り過ぎ……
「待てよ、美里!」
僕のワンピースを拓也さんは下からめくろうとした。
まずい! 今日はトランクス
ガシッ!
僕は拓也さんの後頭部を右手で強く抑え
「はへ?」
右膝をかち上げ、頭部へ僅かに掠らせる!
「ひぇ!?」
僕の膝は拓也さんの前髪を何本か奪い、何事も無かった様に元の位置へ戻る
「悪戯は駄目ですよ、拓也さん」
そして、僕が出来うる最上級の笑顔を拓也さんにあげた