文化祭の準備
「これはこっちで良いのですか?」
僕は木で出来た立派な看板を持って、華怜さんに尋ねる
「宜しくってよ。……それより美里さん、そんな重い物は後で業者に運ばせれば済む事ですわ」
月曜日。いよいよ来週に迫った文化祭に向け、準備が始まった
僕らのクラスは、教室でラーメン店をやる事に決定。ラーメンは今、僕のクラスで大ブレイクしているのだ
でも素人がやるにはラーメンは難し過ぎる。そこで、夕凪の鶴の一声
『カップラーメンよ!』
その声を聞き、三条院家と豪苑寺家が動いた!
三条院と豪苑寺。その二家が動くと言う事は、日本が動くと言う事。
カップラーメンを用意せよとの通達は瞬くまに広がり、僕らの文化祭用にあらゆるメーカーがカップラーメンの新開発をしているのだ!!
…………これからは、なるべく動かないで欲しい
……と、それは置いといて、今は放課後。
飾り付けをする為に、僕らは教室に残って仕事をしていたのだけど、みんな放課後にある習い事が忙しく、二時間後には僕と華怜さんだけになってしまった
「大丈夫ですよ、華怜さん。そんなに重くありませんし、僕、結構力ありますから」
この看板、五キロぐらいしか無いもんね
「それなら宜しいのですけれど……美里さんは逞しいですわね」
嫌味……じゃない。何処か羨ましそうな言い方だ
「それくらいですよ、僕の取り柄は」
そう言いながら、窓の外を見る
茜色に染まる空は、もうすぐ夜の闇を呼ぶだろう
「そろそろ終わりにして帰りましょうか?」
「あ、お、お待ちになって下さい。これを仕上げてしまいたいのです」
そう言って華怜さんは、筆を動かす
大きな紙に書いているのは、ラーメンの絵だ
看板の文字も、このラーメンの絵も華怜さんが書いている
その絵や文字は才能、そんな単語で片付けるのは失礼な程に洗練されていて、努力の後が目に見えるようだ
「お上手ですね」
違和感無く言ったその言葉は、華怜さんに僅かな強張りを生んでしまう
「…………私にはこれしか取り柄がありませんもの」
そう寂しげに言って、筆を動かす華怜さんの背中が、なんだか急に小さく見えた
「……華怜さん」
僕は華怜さんに近付き、横に並んで座る
「本当にお上手です。素晴らしい取り柄ですね」
「いっ!? も、もう止めにしましょうか!?」
華怜さんは何故か慌て、筆を片付けて立ち上がる
「あっ!」
その時に、よろけてしまった
「おっと。……大丈夫ですか?」
急いで僕も立ち上がり、華怜さんの両肩を支えながら尋ねると、華怜さんは僕の顔をア然と見つめた
……な、何だろう。何か変な事をしてしまったかな?
「どうかしましたか、華怜さん?」
内心の動揺を隠し、何とか微笑む事に成功。ごまかせたかな?
「あ……っ!? な、なんでもありませんわ!!」
そう言って華怜さんは、僕から顔を逸らす
「か、か、か、帰りますわよ!!」
振り返り、廊下の方へズンズンと歩いてゆく華怜さんの耳は、夕焼けのせいか、赤く染まって見えた