告白の大義
「ダークエネルギーって知ってるよね?この宇宙を押し広げているっていう謎の力。
あ、ちょっと急ぎすぎたかな。
まずビッグバンから始めた方がいいかな。宇宙が始まった原因になった大爆発。本当は揶揄する意味で使ったらしいけど、ビッグバンって言葉。シュレーディンガーの猫みたいだよね。でも、ホントは宇宙の始まりはビッグバンじゃなくて、その前に虚数空間からトンネル効果で転がり出た量子がインフレーションを起こして、それからビッグバンが起こったらしいんだけど、ダークエネルギーには関係ないからそれはとりあえず今日は置いておくね。
ビッグバンが起こったのが138億年前。
それから宇宙はずっと広がり続けてる。今じゃあ、400億光年の広がりがあるんじゃないかって言われてる。138億年で400億光年。なんかおかしくない?光年って光が1年間に進める距離のはずなのになんでこの宇宙が広さが400億光年もあるのか。それはね、空間そのものが広がっているからなんだ。地球から138億光年先を見ると、宇宙の初期状態が見える。でもそれは、138億年前の光が地球に届いたってだけで、138億光年離れた場所から放たれた光が138億年かかって地球に届いた訳じゃないんだよ。だから判り難い。400億光年の広がりがあるって説も、本当かどうか判らない。ただ確かなのは、138億光年より先は、宇宙の広がる速度が光速を越えてるから、ボクたちからは絶対に観測できないってことなんだ。
だから138億光年から先、そこからこの宇宙がどれぐらい広がっているか、本当にはボクたちには知り様がない。すごいよね。宇宙の果てに絶対に越えられない光速の壁があるってことだね。
で、ダークエネルギーだけど、ちょっと前までは宇宙の広がるスピードはだんだん遅くなるって言われてたんだ。最初にバーンッて大爆発して始まったんだから、いずれは爆発の勢いが弱くなるだろうって。でも観測精度が上がって改めて観測してみると、宇宙が広がる速度は遅くなるどころか加速しているってことが判ったんだ。
そんな馬鹿なだよね。
放り上げたボールが速度を落とすんじゃなくて、何の力も加えられることもなくさらに上昇していくようなものなんだから。最初は信じられなかったのも無理はないよね。でもどうやら本当らしいってなって、宇宙の膨張を加速させてる力を、ダークエネルギーって呼ぶようになったんだ。
ところでダークエネルギーって名前だけど、どうしてダークエネルギーなんて名前が付けられたんだと思う?実はね、その方がかっこいいからって理由らしいんだよ。かっこいい名前の方が世間の注目を集めやすいからって。
いや、これはダークマターの方の話だったかな……。
あ、話が逸れたね。
閑話休題。
とにかく、ダークエネルギーってそういうもんなんだ。正体は真空のエネルギーじゃないかって説もあるけど確かじゃない。アインシュタインが導入した宇宙項がダークエネルギーの正体じゃないかとも言われてるけど、そうなると、アインシュタインの生涯で最大の過ちが、実は過ちじゃなかったってことだね。さすがはアインシュタインってとこだよね。
でもボクはちょっと違うんじゃないかと思う。
ダークエネルギーの正体はもっと別の物だって思う。
パラレルワールド。
それがダークエネルギーの正体じゃないかって、ボクは考えてる。
シュレーディンガーの猫って知ってる?
あ、さっきも話したっけ。シュレーディンガーの猫はむしろ量子力学を否定的に表現した話だって。
まあともかく、シュレーディンガーの猫の話からエヴェレットの多世界解釈が生まれたんだ。観測することによって世界が分岐し、分岐した世界は独立して存在し、それぞれの世界は互いが観測ができないって。つまり、パラレルワールドだよね。
ん?観測できない?
それってこの宇宙の果て、光速の壁と似てるよね。
ところで、世界が分岐するってどういうことだろう。アインシュタインはエネルギーと質量は等価だって言ってる。だとすると、世界が分岐するってことはその度に宇宙一個分のエネルギーが生まれることになる。
どこからともなくエネルギーが生まれるんだ。
あれ?それってなんだかダークエネルギーに似てない?
エヴェレットの多世界解釈って、観測することによって世界が分岐し、分岐した世界は独立して存在し、それぞれの世界は互いが観測ができないってことだったよね。
互いに観測できない。
光速の壁を越えた世界も。
もしかすると、観測による分岐は起こっているんじゃないだろうか?
でもそれは異次元が生まれるってことじゃなくて、ボクたちのこの宇宙で起こっているんじゃないだろうか。
ボクはそう閃いたんだ。
ボクたちが観測すると世界は分岐し、光速の壁を越えた向こう、決して観測できない宇宙の果てで別の世界が生まれる。
逆に宇宙の果ての向こうにいる誰かが観測すると、同じように世界は分岐するけれど、今度はボクたちがいるこちら側で別の世界が生まれる。宇宙が押し広げられる。
ボクたちはそれをダークエネルギーと呼んでいるだけじゃないのか。
ボクはそう思ったんだ。
なぜそんなことが必要なのかっていうと、この宇宙を維持するためなんだよ。
さっきも言ったけど、もしダークエネルギーがなければ、いずれはビッグバンのエネルギーが尽きて宇宙の膨張は止まってしまう。膨張が止まって今度は重力による収縮に転じて宇宙が潰れてしまう。
そうならないためにはどこかから膨張を続けるためのエネルギーを調達しなくちゃいけない。
それがボクたちの観測なんだ。
観測と言って判り難ければ、選択と言い換えてもいい。
ボクたちが何かを選択する度に宇宙は分岐し、ダークエネルギーが増えていく。宇宙の膨張が加速していく。つまり結果がどうあれ、何かを選択するということは、この宇宙が続いていくために必要なことなんだよ。
だから、君がどういう選択をしてもそれはこの宇宙に必要なことなんだ。
だから、だから、その……」
「タカサキくん」
ボクの前に立った彼女が、いつもの柔らかな声で、口ごもるボクに話しかける。
「タカサキくんの言うことはいつも難しくてあたしには判らないけど、今日はいつもよりもっと難しいわ。
ちょっとでいいから、もう少し簡単に話してくれればうれしいな」
彼女がボクを見つめている。軽やかな笑みを浮かべて。
ボクの頭が爆発する。ビッグバンだ。いや、違う。愛だ。宇宙項は愛だ。地には平和を。この宇宙に愛を。あー!思考が乱れる。世界が回る。
思考せよ!タカサキ!
昨夜、何百回と練習したセリフはきれいさっぱり飛んだ。
校庭のど真ん中、級友たちの見守る中。ボクは腰を勢いよく90度に曲げて叫んだ。
「好きです!つき合ってください!」
と。