星と月はまだ遠い7
無事に帰国して大して寝ないまま学校に行くことになってしまった。休むことも考えたけれど、叶月が登校しているかもしれないと考えると、寝ている場合ではなかった。1秒でも長く姿を見たかった。
「セイちゃん、今日も学校頑張ってね。私の分まで」
「わかってるよ。帰ってきて早々行きたくないけどね。…叶月が来てるかもしれないし」
「そうだね。もし昨日のパーティにノエちゃんがいたのなら、ノエちゃんは一般人ではなさそうね」
昨夜のパーティで叶月らしき人物を見たことは伝えていた。間違えるわけがない、と思っていてもやはりどこか不安に思ったからだ。理央の言う通り、信じたくないが叶月は一般人ではない可能性が大きくなってきた。
「まぁ、それは私も調べてみるね。そうじゃなくて!セイちゃんは、学校に通う年齢なんだから純粋に楽しんでおいでよ」
「ッ!……わかった。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
理央は学校には行かせて貰えなかった。そういう星望も今回の任務がなければ学校には通えていなかっただろう。
2人共幼少期に組織へと連れてこられ今まで過ごしている。一般の学校にはどう頑張っても通うことは不可能だった。しかし、任務を遂行する上で知識がなければ問題が起きる場合がある。そのため、組織の中でそれぞれが知識を蓄えるのだ。それが顕著に現れているのが理央である。理央はコンピュータ関連の知識が豊富である。これは、自分には表立った行動が不向きであると考えたためだった。その中で組織でどう生き残るのかを考えた結果、諜報などの任務につくようになった。そして、諜報の任務では理央の右に出る者はいないほどに成長を遂げた。
理央の言葉が星望には重く感じた。たまたま学校に通っている年齢だったからこの任務に選ばれたと考えている。勿論、圧倒的な実力も関係していると思うが。任務であっても本来ならば通えなかった学校に通えていることに感謝しようと思った。どんな雰囲気なのかを理央に1つでも多く伝えたかった。
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「(叶月今日休みか…)」
星望のテンションが急速に下降して行った。学校に興味はあったから楽しくない訳では無い。しかし、愛しい弟を見つけてしまったからには叶月を見ることが1番の目的となってしまう。それが叶わないとなるとただ時間が過ぎていくのを待つしかなくなってしまった。黒板に書かれた数字も先生の言葉も何も入ってこない。
「(休みってことはやっぱり昨日のは叶月だよなー…何しているんだろ)」
窓側の席からは、校門やグラウンドが眺められる。そこを退屈しのぎで見ていると、叶月が登校してくるのが見えた。我ながら現金なヤツだとは思うけれど、さっきまで沈んでいた気分が跳ね上がるようだった。アメリカから帰ってきて休む間もなく学校に来た甲斐があった。
「(頑張って来て良かったかな)」
口角が上がってしまうのを感じ、慌てて表情を引き締める。現在数学の授業が行われているため、1人でニヤニヤするわけにはいかないのだ。それでも、窓の外を見るのをやめられなかった。視界から弟がいなくなっても授業に集中することはできなかった。いつ教室に入ってくるのかが楽しみで仕方なかった。しかし、気が付くと授業終了のチャイムが鳴っていた。
あれ?と思うのは、自分の隣の席であるはずの弟が未だ来ていないからだ。大体30分前にはグラウンドを抜けているはず。どこで何してるんだろうと首を傾げながら不思議に思っていると、教室の扉が開き今考えていた人物が雑に椅子を引いて座った。
「お、おはよう」
「………おはよう」
なんだコイツ的な目を向けられたけど、可愛い弟から挨拶を返してもらえた。それだけで星望は幸せを感じていた。
この時の星望は…
「(よっしゃあああああああ!!!!)」
と見えないように小さく力強いガッツポーズをきめていた。
「(やっぱり今日頑張って来て良かった!!)」
そんなことを知らない叶月は来て早々机に突っ伏してしまった。
「おいノエル!また女の所かよ。これで何人目だよ」
……………………え。
星望の時が止まった瞬間だった。普段は回転の速い彼女の脳が完全に動きを止めてしまった。
「違うから。ただ寝過ごしただけ」
「本当かよ~お前この間も告られてただろ?」
「いや、全部断ってるから。俺、姉さんしか興味ないし」
「出た~強烈なシスコン!お前将来どうすんだよー」
「どうもしない。星望を見つけて一生一緒にいる。ていうかお前も昨日のこと知っているだろ」
「そう怒るなよ、ちょっとふざけただけだって」
思考の停止した星望には、二人の会話は全く聞こえていなかった。パーティに叶月がいたという決定的な会話と叶月が今でも姉のことを忘れていないということを聴き逃したのだ。