星と月はまだ遠い6
「(あー、疲れた。表情筋死にそう。絶対に明日筋肉痛になる)」
おっさんにベタベタ触られる苦痛に耐え、何とか無事に任務を終えた。結局孝臣の横でニコニコしているだけの任務だったため、何の面白味もなかった。非合法なパーティにも参加した。それに参加する人だけが知っている合図が存在し、それを期に部屋の奥へと進んでいく。すると薄暗い部屋が現れる。そこでは身分や名前、顔を隠して取引が行われていた。それぞれ仮面で顔を隠しているため誰が誰だかわからないが、表のパーティの参加者を考えると著名人ばかりだったのだろう。そのパーティでは薬も出回っていた。そんなものを飲んでは何をされるか分からないと、星望は何とか理由を付けて回避した。最後の方はトイレに逃げた。そんな苦痛から解放され、今はホテルのベッドにドレスのまま寝転がっている。ドレスを脱ぐことさえ億劫になるほど疲弊した。ただでさえあの男の相手をするのも嫌なのに薬も回避しなければならないとなってかなり神経をすり減らした。
そんな時に思い浮かぶのは今日見た弟の姿。それだけで疲れも忘れられそうだった。
昨日の制服姿ももちろん格好いいと思ったけれど、いつの間にかスーツも似合う男になっていた。10年は長いな…と改めて感じる。あんなに格好いいなら彼女もいるんだろうなと思う。しかしそれと同時に嫌だという気持ちも湧き上がる。自分の知らない叶月を知っている人がいることが嫌なのだ。
「自分で逃がしたのにね」
自嘲気味にそう言う。逃がしたことは後悔していない。姉として、弟を守るのは当然だと思った。あの時はそれしか考えておらず、自分がどうなるのかなんて考えたこともなかった。その結果がこれなのかもしれない。
「叶月今何してるのかな…会いたいなぁ…」
目を閉じてもさっき見た姿が焼き付いて離れない。遠くからだったけれど確かにそれは叶月(弟)だった。
「姉さんはここにいるよ…」
そう呟くと同時に一筋の涙が落ちた。それと共に星望の意識は深い眠りに落ちて行った。
カーテンを閉め忘れた窓から太陽の光がさしている。
「…朝…か…」
ドレス姿を見て、自分が寝落ちしたのだと思った。シワが目立つようになったドレスを見てやってしまったと思う。
「早く帰らないと」
重い体を動かし日本に帰る準備を始めた。長い睡眠を取ったからか、昨日よりも随分体が軽くなっていた。帰国準備も、元々荷物は少なかったためすぐに終わることとなった。
よし、と気合を入れて空港へと向かう。その道中に思うのは弟のこと。一晩経ち冷静になって、昨日考えていなかったことを思い出す。まさか、彼があんなところにいるとは。昨夜のパーティは著名な人物を多く集めたものだったため一般人が入れるものでは無い。ましてや非合法な取引も行われているようなものだ。星望のように参加者からの招待が無ければ入ることが出来ないのだ。それ以前に、そのようなパーティかあることを知っていること自体が不思議だった。それでも、確かに彼はあの場にいた。自分が弟を見間違えるはずがない。彼は自分なのだ。
「(叶月は何のためにあんな場所に…)」
弟がなぜあんな場所にいたのか検討もつかないまま、飛行機は日本に向かって飛び立った。