星と月はまだ遠い2
今日隣に座った少女のことを思い出す。苗字と名前、1文字ずつ愛しい人の名前が含まれていた。普段であれば他人のことなど全く気にならないが、彼女の名前が1文字でも入っているだけでこんなにも違う気持ちになる。
「(星望、君は何してるんだろうな…)」
辛い思いをしていないと良いけど、と心の中で呟く。
バタッと勢いよくベッドに倒れ込む。目を閉じると浮かんでくる愛しい人との楽しかった日々。隣に居るのが当たり前だと思っていたあの頃。思い出す度にもう一度あの笑顔が見たいと強く思う。最後に見たのは少し悲しそうな笑顔。
何も出来なかったあの頃の自分を恨む。何にもならないけど、そうしていないとどうにかなってしまいそうだった。でも、今はあの頃の自分とは違う。彼女を守るだけの力を手に入れた。
プルル…
微かに聞こえた携帯の音で、自分の世界から帰ってきた。
「…何?」
邪魔されたことを不服に思い、つい低い声を出してしまう。
「何じゃねぇよ。お前、今日はちゃんと来いよ。主力のお前がいねぇとしまんねぇんだよ」
「知らない、そんなこと。星望に関することじゃないんだろ?」
「ま、まぁそうなんだけどさ」
「じゃあ、俺は興味無い」
そう言って通話を終わらせようとする。
「ちょ、待てって!無関係とは言えないんだよ!」
焦ったような声でそう言う。その言葉が叶月の動きを止めた。震えそうになる指を画面から離した。
「…どういうこと」
「あいつが、新しい動きを見せた」
あいつ、そう聞いて腹立たしさが募る。思い浮かぶのは黒ずくめの男。嘘くさい笑みを浮かべた忌まわしい奴。
「…どうやら俺らを潰そうとしてるらしい」
「は?何で今更」
「それがわかんねぇからお前に相談してるんだろ」
あいつが何を考えているのかはあの頃からわからなかった。常にあの気持ち悪い笑みを浮かべていて心が全く読めない。ただ、1つ言えることは笑顔に騙されてはいけないということ。その笑みの下にはおよそ人間とは思えないことを考えている。それで、何人も死んでいったのを何度も見ている。
「…おい、ノエル?」
「あ、ああ、ごめん。で、何だっけ」
「おいおい頼むぞーとりあえず、今日0時にいつものとこな。絶対来いよ」
「はいはい、わかった」
釘を刺してくる友人に苦笑いしながら電話を切ってスマホをベッドに投げて天を見る。
10年前、命からがら逃げ帰った叶月は組織を創った。0からではなく、両親が元々やっていたものを再建した。当時7歳だった自分には圧倒的に力が足りていなかった。叶月は力を手に入れるために創った。たった1人を助けるために。表向きは自衛団のような活動しているが、その組織が在るのは叶月が星望を助けるためだ。あの時、彼女が何故自分だけを逃がしたのか、まだ理由を聞いてない。多分、弟が大切だから、と言うのだろうけど。自分に似てる、でも自分よりも強い輝きを持つ彼女は自分を犠牲にしてでも弟を守る。たった7年間しか一緒に過ごしていないけれど、確かな絆がそう確信させている。だからこそ、今度は自分が彼女を助けたい。彼女のためなら自分を犠牲にできる。今なら彼女の力になれる。彼女を自分の力で守ることが出来る。そのためだけに、この10年を過ごしてきたのだから。