星と月はまだ遠い1
バサり、と落ちるミルクティー。同時に流れる漆黒。
一息ついて今日会った少年のことを思い出す。たまたま編入したクラスにいた大事な人。
まさか会えるとは。未だに実感が湧かなかった。記憶の中の笑顔は幼いままだったが、その面影を残しながらも美しく成長していたことを思い出す。
本当は自分が何者であるかを言ってしまいたかった。しかし、それが出来ない自分の立場にもどかしさでいっぱいになる。もしかしたら彼は自分を覚えていないのでは、と不安に感じることあった。今日の様子を見てもその不安は払拭されなかったが、彼が生きてる、それだけで十分だった。
「セイちゃん、おかえりなさい」
「あ、リオ。来てたんだ」
声の方を見ると肩くらいのこげ茶色の髪の女性立っていた。両手に提げたスーパーの袋をテーブルに置いていく。
―――リオ改め石峰理央。こげ茶色の緩く巻いた髪に優しそうな少し垂れた目が印象的なごく普通の女性。年齢は星望の3歳上の20歳。星望の同居人だ。
「沢山買ってきたよ~これで、セイちゃんの美味しい料理が食べれる~」
「やっぱり作るの私なの?リオも手伝ってよね」
「もちろん!お手伝いはしますよ~」
ドサッと置いたスーパーの袋から冷蔵庫に入れ替えていく。
先程の会話からわかるように、理央は料理が全くと言っていいほど出来ない。ここに来てから少しして理央が作ったがあれは食べ物とは言えなかった。ただの炭だ。それ以来、食事は星望の担当になっている。
『そーだ、学校どうだった?可愛い子とかいなかったの?』
「んーそうね、リオ好きそうだなーって子はいたかな」
『いいな~私も学校行きたかった!』
「リオは…壊滅的に潜入が向いてないからね…」
そう。これは潜入なのだ。
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『セイラ。次の任務だ』
そう言って渡された封筒。目で確認を取って封を切る。中に入れられた紙に目を通しそっと閉じた。
『重要な任務だ。お前に任せる。…失敗は許されない』
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星望の言う通り壊滅的な潜入に向いてない理央は後方支援という立場で今回の任務にあたっている。
リオの得意分野はコンピュータ関連。それによって、侵入先のハッキングなどを行っている。
「リオのコンピュータ技術には沢山助けられてるし、今回も信頼してるよ」
『セイちゃんにそう言って貰えるなら、頑張っちゃおうかな』
語尾にハートが付きそうな勢いで星望にウインクをするリオ。リオは可愛い女子と綺麗な女子に目がないのだ。恋愛対象というよりも愛でたい、らしい。見た目も可愛らしくモテそうなのにどこか残念だ。
「―で、セイちゃん、学校どうだったの?」
「え?リオが好きそうな子はいたよ?」
『そうじゃなくて!セイちゃん、なんか帰ってきた時からすごく嬉しそうな顔してる。そんな顔最近見たことないよ?』
よく見てる、星望はそう思った。理央はコンピュータの他にもこういうところが優れている。人の表情や雰囲気を読むのが上手いのだ。
そんなにわかりやすい顔してたかな、とさっきまでの自分を振り返る。
覗くように顔を近づけるリオ。その目力に負けて目を逸らす。
「…叶月に会えた」
ぼそっと呟くように言った。それでも、理央はそれを聞き逃さなかった。
『そっか…ノエちゃんいたんだ』
息を吐き出すような小さな声で呟いた。
星望がリオの顔を見ると理央の目から静かな涙が流れていた。涙を流しながら理央は星望に微笑んだ。
何で、と言いかけた星望の言葉は理央の言葉に消された。
『良かった…ずっと捜してたもんね、セイちゃん』
自分のことのように涙を流す理央を見て、自然と星望の目からも涙が溢れた。自分を妹のように思ってくれるリオの涙が嬉しかった。だからこそ、愛する弟に正体を明かせないもどかしさと苛立ちが募るのだ。
『私は、何があってもセイちゃんの味方だから。2人が笑ってる姿、また見たいな』
「うん、ありがとう」
『さて、湿っぽいのは終わりにして、シェフお願いしますよ~』
はいはい、と軽い返事をしてキッチンに入る。本人には言ったことがないけれど、理央の明るさが今の自分の支えになっている。