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鉄道団欒+うそだよ  作者: きいまき
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9・回想(8)




 10歳を過ぎても、学んでいる間は園にいられる。

 だから戦場の医療班に入れられるであろう、エノンに相応しい医療技術を、どんどん僕はエノンに進めた。


 それは、周りの大人の思惑とも一致したから、エノンは医療知識と技術をどんどん詰め込まれていった。

 エノンの借金を莫大に膨らませながら。



 10歳を過ぎ、更に12・3歳になると、園の雰囲気は一気に変わっていく。


 園では筆記・実技の試験を行っているのだが、それが貴族達の子弟が社会で勤める際の、人物参考とされている。

 それによって、配属される先が決まる事もあるのだ。


 そんな貴族の子弟と関係を持つ為に、商家や貴族に雇ってもらいたい子供達が、園に集まって来る。

 当然、軍に憧れを持つなり、逆に仕方ないと諦めて、最低5年間の入隊を目標にしている子供達もいた。


 園は社会の縮図とはよく言ったもので、年齢を重ねれば重ねるほど、身分の上下関係が園内でかなり目に付くようになる。


 貴族社会における家の立場を上下で表すなら、間違いなく上。

 おかげで通りすがりに気付けば、会釈をされ、その時々に僕はご機嫌伺いなるものを、される様になっていた。



 そしていつも戸惑いを覚えてしまうのが、社交辞令も含まれているだろうけれど、外での両親に対する評価の高さだ。


 父は腕の立つ魔術師であると同時に、外交官としても知られているらしい。

 国内外の膠着・泥沼化した遺産・領地問題を、双方とも不満は残るがまぁそれならば的に、落ち着かせた事例もあるという。


 母はより効率よく魔術を発動させ、魔力を回復させる為の研究者らしい。

 調べるだけに留まらず、その成果を発表し、大勢に広める為に地方に飛んでは、講演会を開いて指導も行うのだそうな。


 にこやかで穏やか、しかし肝心な所は緩めず締めて決行する。

 道理で両親とも、あまり家に帰って来なかったわけだ。


 外で充実していたからこそ、余計に僕という存在が煩わしかったのだろうと想像が付く。

 もし僕に何かしらの才能があれば、教え甲斐もあって、また違っていたかも知れないけれど……。



 入園は早過ぎたという、僕に対する同情票もある様だった。

 同情票といえば、僕個人の立ち位置について。


 父は優秀な子供を作る事が諦められないらしく、詳しい数は分からないがあちらこちらに、母とは別の女の人がいるらしい。

 今のところ、現在5歳となる男の子に目を掛けているという噂だ。


 これは当然、母の耳にも届いているだろうが、今のところ両親は離婚していない。

 きっと母ならば、離婚しても大丈夫だろう生活力があるだろうに。


 なぜ離婚しないのか?

 そうなっていないという事は、父と母の間に、子供には分からない愛情があるという事だろうか?


 とにかく、僕が婿を取って家を継ぐという可能性は、現時点でかなり低い。

 長子だというのにお可哀想……と、なるらしい。



 負け惜しみするならば、正直、家の権力を当てにして近付いて来る園生は、お陰でかなり少なくなっているだろうし、その点とても助かる。


 だがエノンと一緒にいる時の、ご機嫌伺いは正直なところ止めてほしい。

 もしかするとエノンを側で見ようと思って、僕に近づいて来ている園生もいるのかも知れない。


 それは、あまり有効な手ではない。

 なぜなら僕をダシにすると、エノンは遠慮して、すぐ僕から離れて行ってしまうからだ。



 僕は10年以上、変わらずエノンを見つめ続けているけれど、エノンは確実に変わっていった。


 園の雰囲気が変化したせいなのか、それとも年齢を重ねたせいなのか、いやそれ以上に、エノンに対する欲望を、完全には押さえ込めなかった事が原因に違いない。


 ご機嫌伺いをして来る子弟達は、僕にとって友人と呼べる存在ではないが、昔のエノンなら友人の友人は自分にとっても友人だと、一緒に会話に加わっていたはず。

 なかなか人馴れしなくなったのだ。


 しかも。


「ちょっとの時間だけでも、人の間から離れてたいんだ」


 ここ数年エノンは、そう言って、ずっと使われていない温室で1人、昼休みや放課後を過ごしている。

 サウナ状態になる季節は、その温室の側にある大きな木の下だ。



 それでも始めの頃に1度、エノンは僕だけ温室への誘いを掛けてくれた。

 たぶん子弟から両親に、僕の様子が伝わる事を警戒して、緊張している僕を心配してくれたのだろう。


 エノンが僕の事を考えてくれた事自体は、とても嬉しかったのだが、僕は断った。

 なぜなら居眠りをしていたエノンに、危うく手を出しそうになった前科があるから。


 エノンが僕を、家族の様にしか好きではないと知っているのに、全く厄介な恋心だ。


 望む望まざるに関わらず、エノンの名前は園内でかなり知られている。

 どういう態度を取ろうとも、背が伸びたとしても、エノンが人の保護欲を刺激するのは相変わらず。


 だから温室で少しでも安らげる様にと、運び込んだソファーベットも、エノンの為ならという事で、その日のうちに譲ってもいいと、申し出が来た物である。


 過干渉にならない様に、決して自由を妨げない様に、僕は自分の、そして周囲のエノンに向けられる全ての欲を、押し潰し続けている。



 たぶんワコさんは、僕のエノンへの想いをとうに気付いているだろう。

 でも、何も言われていない。


 それは認めるというより、僕の想いがエノンには届かないと知っている風だ。


 ねぇ、エノン。

 僕だけのものになってくれないのなら、僕と一緒にずっと家に縛られてくれる?

 僕は心の中で、そうエノンに問い掛ける。


 僕は温室へ行けない。

 当然、誰にもエノンの聖域に近づけさせたくなかった。





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