6・回想(5)
僕は両親に愛されている、お手軽なペットの様な感じで。
僕は飼い主が構いに来てくれた犬の様に笑顔で迎え、土産に感激し、愚痴を神妙に聞いて心配し、一緒に出掛けようと誘われたら大歓迎する。
お叱りや説教も反論せずに受け続け、ボールや枝を投げられた犬の様に、両親の指示には即座に従った。
それでも獣に育てられた子供が、自分も獣だと思い込んでいた様に、自分を人間だと認知している僕は、両親から人間になる様に育てられたらしい。
両親は思い出した様に、たまに園へやって来た。
良い親を演じたくなった時、それから僕の入園を対外的に修行としているからには、園にも足を運ばなければならないという考えからだろう。
そんな時、僕が園にいないと大変だった。
応接室に案内した寮母が去ると、両親は浮かべていた笑顔を一転させる。
「遅かったな。園で視野を広めてみればいいとは言ったが、一体何をしていたのだ。寂しいだろうと、いちいち来てやっているというのに」
「そうよ。せっかく来たのに、意味がないでしょう。次からはもっと早くいらっしゃいと前にも言ったじゃない、分かったわね?」
肘掛を苛々と叩く父上と、扇をピシャリと閉じては開きを繰り返す母上。
「申し訳ありません、父上母上」
頷き、僕はひたすら謝る。
ほんの小さい頃から、両親は絶対の存在だと、僕の潜在意識には刷り込まれていた。
この場合は、頭を下げる事が唯一取れる手段で、時にはそれさえも封じられた。
「いつも簡単に謝るが、お前は本当に理解しているのか?」
発する事の出来る言葉を奪われ、僕はうつむくしかない。
「まるで馬鹿の1つ覚えじゃないの。黙っていないで、文句があるのなら言いなさい」
肘掛や扇が発する、耳障りな音は聞こえないふりをして、僕はやっとの思いで小さく首を横へと振る。
「自由を満喫しているのだろうが、稼ぎのないうちは限度というものがある」
「かと言って、平民の子供の様にお小遣い稼ぎに出ては駄目よ」
……本当に自由なら、園で何をしていようとも自由なのではないか?
ここで問われるまま正直に答えた場合、両親の機嫌は悪化すると、僕は経験から学習していた。
僕自身がなるべく痛い思いをしたくない様に、両親は自分達の好意を無駄にされるのを嫌う。
同時に2人は思う通りに答えず、動かない僕をとても嫌った。
「エノンという平民の子供と、仲が良いと聞いたぞ。能力に劣るとはいえ、貴族のお前が平民と馴れ合うなど」
「まさか常識のない平民の子と付き合って、お金を溝に捨てる様な使い方をしているのではないでしょうね?」
エノンの名前が出てきて、僕の心にヒヤリとしたものが走り抜ける。
たぶん僕が来るまでの間、にこやかな笑顔で寮母から聞き出したのだろう。
入園する前に、僕は銀行の口座を作らされた。
両親は園に、多額の寄付金と日々の生活費等支払い、更に僕の口座にもお金を振り込んでくれている。
金銭面で何の心配もしなくていい事に、感謝している。
実際ろくに出来ていない僕だから、僕自身に対して言われるのはいいのだ。
ただ、でもどうかお願いです。
エノンの事は悪く言わないで下さい。
「……エノン、ですね。アレの能力はお聞きになりましたか? 他所に取り込まれていない今の内から、アレを当家に囲っておくべきだと思います。
アレは愚直ですから、今から手懐けておけば後々きっと、当家の名声を高めるのに役立ってくれるでしょう」
こんな風に僕が言っていると知ったら、エノンはどう思うだろう?
こんなの嘘だよ、エノン。
……でも本当に?
僕は自問自答する。
こんな言葉が出てくる自体、その算段が僕の頭の中にあるという事に違いないから。
エノンが知れば、今までの様に、僕の名を呼んではくれなくなるはずだ。
怒るだけならいい、ただエノンには傷付いてほしくない。
そう分かっているのに、両親に対してこんな言い方しかしない事を、許してほしいと思う僕は本当に勝手だ。
その上、僕の勝手な思惑のせいで、きっとエノンは未来を歪められる。
例え目の前にいなくても、ずっと両親の事が頭に引っ掛かっている。
僕は実に我が儘な生き物で、構われ過ぎると煩く感じ、逆に放って置かれると愛を求める。
自分の心を打ち消してまで、両親の言葉に逆らわず忠実に守ろうとする僕がいる。
両親を心から喜ばせ、褒められたい。
そんな日は来ないと分かっているのに、僕は懲りもせず、その事で頭が一杯になる日もあった。
そして両親に飼われている僕が、いつまでエノンを守っていられるか不安になる。
もしエノンに関わる事を両親が禁止したら、一体僕はどうするのだろう?
園にいる今でさえ、僕はエノンの事を絶えずこの目で見ているわけではない。
能力差があり、男女差もある。
大きくなればなるほど、きっと僕はエノンと一緒にはいられなくなる。
人には睡眠が必要だから僕だけではない、誰もがそう。
エノンの為だけに存在する人外が、ひっそりと守護についてくれればいいのに……。
そんな都合の良い事を、僕は願わずにはいられない。
不安を覚えるたびに、それを少しでも溶かそうと僕は空に向かって歌い出した。