5・回想(4)
誰よりもエノンを愛していると僕は自負している……でも、こんな想いは抱きたくなかった。
小さかった頃の癖で、エノンが嬉しい時なんかに僕の額へするキスに、喜びだけではなく、苦しい動揺を覚え始めたのはいつの頃からだろう?
「エノン、好きだよ」
「うん、オレもリティが好きだッ」
アッサリと返された言葉に胸が詰まった。
円らな雛のような瞳、エノンは家族の様に、僕を好きなだけだと思い知らされる。
僕が望む意味はない。
それでも僕はそれを言い続けずにはいられなかった、キスの代わりに好きという言葉を……。
英才教育を受けて育った僕は、学習面についてなら、教師の補佐的な役割に当たる事が多かった。
逆に生活面では入園した当初、年下の子らが普通に行っている事を、僕は指示されなければ動けず、その分どうしても行動が遅れてしまい、手伝ってもらってばかりだった。
恥ずかしくて、情けなかった。
家では両親の期待に応えられず、園でも自分には出来ない事が多々ある。
その事に内心、不貞腐れそうだった。
ただ家から追い出されても園があったが、園からそうなった場合の居場所がない。
生活面で僕の面倒を見るエノンが、
「リティにも出来ない事があるんだ、良かった!」
当然の事をそんな風に、安心交じりで嬉しそうに言って来るから、凹み過ぎずに済んだ。
まずは自分の身の回りの事から、掃除、それに食前食後のお手伝い、お金を預かっての買い物、そして調理。
園での日々の流れを覚え、次第に段取りも、自分で付けられる様になり、少しずつ少しずつ熟していく。
動きながら、覚えた歌も口ずさむ。
初日にエノンと歌っていたせいで、歌う事が好きだと思われたらしく、生活面の事ついでに、色々と歌も教えてくれたのだ。
実際、歌う事が僕はすっかり好きになっていた。
どろっどろの、病み闇。
一体どこで覚えたのやら、本当に歌詞の意味が分かって教えてくれているのかな、と思う様な歌も中にはある。
悲哀や空虚な気持ちをこっそりそんな歌に混ぜて、吐き出す事も出来るという理由も含めて好きだ。
園で暮らして行く中で、助けたり助けられたり、僕が関わるのはもちろんエノン1人ではなかった。
それでもエノンが側にいない時の雑談も、エノンの事が主だった。
「エノンの奴、マジ可愛いよな」
「ホントホント、ずっと見ていたい~」
好かれているのはエノンであって、決して僕に対してではないし、それは常日頃から思っている当然の話だ。
なのだが、何度その話題を振られても、いつも凄く嬉しくなって、僕はうんうんと頷いてしまう。
興奮して力説するせいか、顔を赤らめる者までいたけど、そうなるのも容易に理解出来る。
エノンを愛しく思う同志というわけだ。
「……見てると言えばさ、リティ。気付いてるか?」
エノンに対して、好意を抱くのも、保護欲や庇護欲を掻き立てられるのも、少年性愛や嗜虐心を向けたくなってしまうのも、僕は分かる。
なぜならエノンへの欲望を、僕自身が持っているからこそ。
でもエノンの同意があるならまだしも、一方的な押し付けは絶対に許せない。
ただの正義からではない。
僕だけのエノンになってくれないのなら、僕を含めた皆の、癒しの存在であって欲しいという、浅ましい本心が覗いていた。
僕以外からの欲は、あらゆる手段を使ってでも押し退けてやる。
僕の両親が修行として、僕を幼児期から入園させたとする対外的な理由は、その為にとても都合が良かった。