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鉄道団欒+うそだよ  作者: きいまき
3/100

3・回想(2)




「大丈夫?」

 大丈夫じゃなさそうね、と僕の荷物と手を引っ張って行ったのが、ワコさんだった。


 普段の僕なら、絶対に見知らぬ人に引っ張られるままだなんて、あり得ない。

 きっとそれだけ弱っていたか、もしくは、もうどうなってもいい……という自暴自棄だったか、だ。


 更に気付けば、近くのカフェに連れ込まれ、目の前に飲み物まで置かれていた。


「私はワコで、息子のエノン。お名前を聞いてもいいかしら? ごめんなさい、駅で話しているのが聞こえて来たの。これから園へ行くので間違いはない?」


 それにワコさんと一緒にいた、エノンの存在が大きかった。


 初めて会った日のエノンは悲壮感を漂わせ、とてもしょぼくれていた。

 一瞬ちらりと名乗る僕の方を窺っては来たものの、固い表情で俯いたまま。


 そんな負の表情をしていても、夜明けの空色の瞳をした愛くるしい顔立ちと、ほわほわな羽毛の様に柔らかそうな金の髪が尚更、鳥の雛を想像させた。


「うちのエノンも園に入るのよ。だけどお父さんはまだ仕事が残っているから、今日はエノンだけ先にスエートに連れて来たの」

「……やっぱりオレ、父さんと母さんと一緒がいい」


「オレじゃないでしょ、僕でしょ。もう何度も話し合ったじゃない、エノン。私達夫婦では魔法は教えられないし、でも何かあってからじゃ遅いって」

「……」


 意識を向けていなければ聞こえないくらいの、小さな小さなエノンの声。

 しかし、か弱い訴えはワコさんに棄却された。


「エノンの往生際が悪くて、ごめんなさいね? とにかく、こちらで住む場所や仕事も見つけなくてはならないし、その間エノンを園の寮に入れようと思っているの」


 なぜ、そんな事を話して来るのだろうと思いつつ、ともかく黙って聞いている僕に、ワコさんは続けた。


「私も帰らなくてはならないのよね。エノンと仲良くしてやってくれないかしら……?」


 ワコさんにとって、きっと話の流れのついでに、という感じだったのだろう。

 せいぜい園という集団に入る前に、個人的な繋がりを我が子に持たせておきたいと願う親心から、僕を引っ張って来たに違いない。


 ……捻くれた考えは、ここまでにしよう。

 たぶんワコさんは、息子と同じくらいの年齢の子供が弱っているのを、見て見ぬふり出来ない優しい性格なのだ。


 それにワコさんの言葉は、これからどうすればいいのかを悩んでいた僕にとって、天啓に等しく聞こえた。


「もちろん。僕で良ければ、喜んで」

「あぁ、良かった。しっかりしているのねぇ。リティちゃんみたいな子が、エノンの側にいてくれれば安心だわ」


 僕が一息入れ、飲み物を飲み終わったのを見計らい、ワコさんはエノンを押して園へと歩き出し、その後ろを僕は付いて行った。


 僕はもちろんの事、ワコさんも前もって入寮の手続きは済ませていたらしい。

 寮父母との顔合わせと、部屋の片付けが終わると、ワコさんはすぐに立ち上がった。


「なるべく早く、仕事と住む場所を見つけたいと思ってる。それまでいい子にしてるのよ」

 そして一度も振り返らず、ワコさんは駅へと歩いて行った。




 そんなワコさんの姿が見えなくなると、エノンは今まで我慢していたのを、一気に爆発させる様にわんわん泣き出した。

 慰めようとする寮父母の手も跳ね除けて、部屋の隅へ隅へと逃げて行く。


 そして僕はそんなエノンを追い掛けたものの、うずくまり号泣する後ろ姿に、どうしたものかと立ち尽くしてしまった。

 ワコさんにエノンと仲良くする事を請け負ったものの、子供を泣き止ませる方法など僕は知らない。


 ただこうしているだけなのは、歯痒い。

 何より、エノンに僕を見てほしい。


 そんな気持ちから、僕は囁く様に歌い出した。

 歌う他に、どうすればエノンの気を引けるかが、分からなかったからだ。



 知っている唯一の歌を、何度繰り返した事だろう。


「……その、歌って」

 大泣きが啜り泣きに変わり、そしてしゃくり上げるだけになった時、ようやくエノンが反応してくれた。


 あぁ、エノンが僕を見てくれた。

 僕に声を発してくれた。

 僕という存在が拒絶され続けなかった事に、嬉しさが込み上げて来る。


「お葬式の、時に、歌うんだよな? なんで、その歌、なんだよ。オレ、死んでない」

「うん、そうだね。でも僕はこの歌しか知らない。エノンが好きな歌を教えて?」


「……分かった。仕方ない、な」


 たまに何かを思い出すのか、ふいに涙ぐむ事もあったが、エノンの声は歌っているうちに段々大きくなっていった。

 どちらがより大きな声を出せるのかを競い始め、いつの間にかエノンと僕はふざけて笑い合ったりしていた。





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